侯爵令嬢アリアレインの密談(2)
「お国では、昨今のマレス近海の状況を危険と見ておられる?」
「我らは商人の国ですから。安全に交易ができることこそを重視します。いかにマレスがよい条件で我々の商人を受け入れてくださろうとも、往来が安全でなければ商人は商売に専念できません。苦労して運んだ荷を奪われたり、船を壊されたりでは商売どころではないのですから」
尋ねたアーヴェイルに、気を悪くした様子もなく、ルハームが答える。
「承知いたしました、殿下。まずは条件の骨子を書き出していただけませんか? わたしたちは、それを拝見して検討したく存じます」
「無論です、次期女侯爵閣下」
「ありがとうございます、殿下。お返事には、申し訳ありませんが、少々お時間をいただくことになろうかと。ご滞在はいつ頃まで?」
「あまり長逗留させていただくこともできますまい。もともと、修理と補給のために緊急で立ち寄らせていただいたものです。修理もほぼ終わったと聞いておりますので、一両日中には」
もとより数日で答えられるような話でもない。ルハームも、出航までの間に結論が出るという期待をしている風でもなかった。
「ですから、閣下、次はわが王都で、ということに」
「いつまでもお待ちいただける、というお話ではありませんね?」
「申し訳ありませんが。三月、というところかと」
タリム・マガンの側も、条件を出してひたすら待ち続ける、というわけにはいかない。3か月というのは妥当な期間ではあった。
「では」
ルハームがふたたび駒に手を伸ばす。
「ええ。こちらはこちらで検討しておかなければ」
「仰る通りですね。ファルハン、骨子を書いておいてくれ。あとで閣下にお渡しする」
「はい」
ルハームが気安い調子で側近のひとりに声をかけ、側近も頷いてペンを走らせ始めた。やや重苦しい空気が流れていたテーブルにも、それを気に和やかな雰囲気が戻ってくる。菓子と軽食が尽きるまで、6人は、ルハームとアリアレインを中心にあれこれと棋譜の検討を続けたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「あの方はいかがでしたか、お父様?」
その日の夜、夕食を終えたあとの談話室。アリアレインは父侯爵に話しかけた。手許には、ルハームから受け取った骨子の、祐筆に作らせた写しがある。
「やはりお目付役というところだな。寄港そのものをよく思っていないらしい」
話題は、まずは密談から外した側近のこと。
「あちらの王陛下の方針との間に齟齬がある?」
「いや。これはあちらと取引がある商人を呼んで確認せねばならないが、王陛下とどうこうではなさそうだ。国そのものの方針と異なることをしようとしているのならば、もう少々はっきりと止めるだろう」
まあそれはよい、とランドルフが話題を切り替える。
「アリア、そなたたちの首尾は?」
「こちらに」
アリアレインが、手にした写しをランドルフに手渡す。一読したランドルフが、面倒だな、と呟いた。
「まさに、お父様」
「具体の条件はあの、商部省から来た――オルディア書記官か。あの書記官に見てもらえばよいとして」
「はい。もう一方の問題も」
「海賊か……正直なところ、この、あちらの兵を当てにしなければならない、という条項は外しておきたいところだな」
他国の兵を乗せた船を港に入れ、その派遣と駐留のための費用を賄い、便宜を図るということは、言うまでもなく重い負担をもたらす。風習も、そして信じるものさえも違うのだから、軋轢が生じるであろうことは想像に難くない。功罪を差し引けば、かろうじて功が勝るとはいえ、積極的に取りたい選択肢ではなかった。
「ええ、わたしたちの兵を育てるにも良くはないかと。しかし」
「現に海賊がいる以上、この条項を入れねば彼らは納得すまい。外すならば――」
「はい。わたしたち自身の手で、海賊の問題に決着をつけなければ」
やはりそうなるか、と、大きな息とともにランドルフが吐き出す。
「次はあちらで、か。期限は?」
「殿下は三月、と」
「航海におおよそひと月と考えれば――」
「ふた月以内に」
それはつまり、跳梁する海賊を排除する、その期限が定まったということに等しい。
「……可能か?」
「わかりません。ですが、それ以外に道がないことも確かです、お父様」
アリアレインの返答に、ランドルフはもう一次長い息を吐き出した。
「タリム・マガンとの条約の案、それに海賊への対処。いずれもアリア、そなたに任せる。アーヴェイル、そなたもだ。アリアを支えてやれ。祐筆と書記官は自由に使ってよい。儂から話を通しておく」
「はい、閣下」
「はい、お父様」
「兵と影を動かすのであれば事前に言え。可能な限りの数を使えるように計らう」
アリアレインとアーヴェイルが視線を交わして一礼する。立ち上がったアーヴェイルが、アリアレインの手を取って立たせた。
「経過は都度お知らせします、お父様」
「そうしてくれ。――ひとりで走るなよ、アリア。そなたの父も夫も、ここにおるのだ」
どこか心配している父侯爵の言葉に、アリアレインは笑顔で頷き、夫とともに部屋を出て行った。




