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侯爵令嬢アリアレインの追放  作者: しろうるり
第2章:侯爵令嬢アリアレインの帰還

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侯爵令嬢アリアレインの妙手(2)

 ランドルフは贈られた品々から、チェスの駒をひとつ手に取って眺める。


「これはとりわけ素晴らしい。アリア、見てみなさい、この繊細な彫刻と宝石。実に美しい」

「ええ、父上。まさしく南洋の美の精華」


 隣に座るアリアレインがにこりと笑って頷いた。


「まったくありがたいお褒めのお言葉。閣下、もしよろしければ、早速使ってご覧になられては?」


 ルハームの言葉に、傍に控える従士と、そしてルハームの側近たちの間に緊張が走る。それは「一局どうか」という誘いに他ならない。このような場での座興として、適当なものとは到底言えなかった。勝っても負けても厄介なことになるのだから。だが、断ることもまた難しい。


「アリア、どうかな?」

「わたしでよろしければ、殿下、是非」


 ランドルフは断らずに受け流した。己の娘を代役に立てる、という形で。


「次期女侯爵閣下にお相手いただけるとは、またとない光栄」


 そのことをどう受け止めたのか、ルハームは優雅に一礼した。

 では、とアリアレインが駒を並べ始める。迷わず黒を握ったアリアレインを見て口許を緩め、自陣に白の駒を並べ終えたルハームは、全ての駒が並んだあとでチェス盤をくるりと回した。


「――殿下、よろしいのですか?」

「ええ、無論です。私も騎士の礼に倣ってみようかと」


 言うまでもなく、技量に差がないのであれば、先手となる白が有利。侮られているのか、と思いはしても、常に女性を立てる騎士の礼法を持ち出されれば、アリアレインとしても頷かないわけにはいかなかった。

 では、とアリアレインが最初の一手を指すと、ルハームもほとんど時を置かずに一手を返す。アーヴェイルは、ふたりの手を、そして手が動かす駒を見つめていた。その手筋は、かつてともに憶えた序盤の定跡のひとつ。ルハームも正確に、定跡に沿った手を打っている。

 十数手目、わずかに考えたルハームが駒を動かす。アーヴェイルの記憶する限り、これまで辿ってきた定跡ではなく、アリアレインとともに検討したことのある変化でもない。先の手をいくつか検討しても、ルハームにとって良い方向に転がりそうには見えなかった。同じようにほんのわずか考えたアリアレインが次の手を指す。ルハームの指し手を咎める一手。今はまだ、直接の駒得には繋がらない。だが、数手先で、双方の駒の自由度が変わってくる。そのような手だった。ルハームの口角がわずかに上がる。同時に、アリアレインの切れ長の目が、かすかな険しさを纏った。

 アーヴェイルが読んだとおり、幾手かのやり取りのあと、アリアレインは明確に優位に立った。駒の自由度は、盤上での戦況を大きく変える要素のひとつ。敵味方の駒に邪魔されて十全に力を発揮できないルハームの駒と、味方の駒と連携しながら主戦場を制圧してゆくアリアレインの駒。明らかな優位にも関わらず、アリアレインは険しい表情で、一手ずつを考えながら指してゆく。ルハームは対照的に、敗勢にありながら愉しげな表情だった。表情だけを見れば、どちらが優勢なのかを誤認してしまえるほどに。

 アリアレインは時折チェックをかけながらルハームの駒を減らし、着実に優位を積み重ねてゆく。そのように見えた。ルハームに残されたのは、キングとクイーンの2駒だけ。キングの行き先も制約され、自由に動くことはもはやできない。アリアレインがビショップを動かし、大きく息をつく。チェックでこそないが、キングの動ける先をまたひとつ減らす一手。その手を見たルハームの笑みが大きくなる。


「殿下の手番です」

「ならば」


 かん、と音を立てて、ルハームが己のクイーンを動かした。チェック。だが、そこにはアリアレインのクイーンが利いている。


「はい」


 アリアレインが、ルハームのクイーンを己のクイーンで取った。チェックではない。だが、ただひとつ残ったルハームのキングは、もはやどこへも動けない。


「……ステイルメイト」

「父上、申し訳ありません。勝てませんでした」


 呟くように口にしたルハームに黙って一礼し、アリアレインは父侯爵にも小さく頭を下げる。


「いや、殿下、娘は実は家中で一番の上手でございまして。だが、まだ詰めが甘いようです。よき対局でした」

「道理でお強いと。わが兄弟姉妹でも、お抱えの棋士たちでも、お嬢様に敵うものがいるかどうか」

「過分なお言葉をありがとうございます、殿下。わたしもここまで考えさせられたのは久々でした」


 ルハームの言葉に、笑みを浮かべたアリアレインが一礼する。


「さて、殿下、ご挨拶のつもりがいささか長くなりました。そろそろお部屋の支度も整っておりましょう。ご案内いたします」


 そう言ってランドルフが立ち上がる。


「こちらこそ、お付き合いいただき、ありがたく」

「ああ、殿下、しばらくお部屋でお休みいただいたのち、晩餐をご用意いたします。お付き合いくださいますな?」

「無論です、閣下。喜んでお招きにあずかります」


 儀礼的な言葉のやり取りののちに、ルハームたち一行は家宰に案内されて談話室から退出した。


「アリア」

「はい」

「難しかったろうが、よくやってくれた」

「――はい」


 お互いの体面のためにもっとも良い結果。勝たず、かつ、負けないという。それを成し遂げた娘を、ランドルフは労った。


「もうひとつ、お父様」

「どうした?」

「白のキングだけ、音と感触が――」

「……?」


 訝しげに首を傾げたランドルフが、白のキングを手に取り、仔細に観察する。


「これは――」


 手にした駒の、盤に接する脚のあたりを捻ると、脚が外れた。中には、細く巻かれた紙片が入っている。


「お父様、なんと?」


 ランドルフは、黙って紙片を広げて一読し、無言のままアリアレインにそれを手渡す。同じように一瞥したアリアレインは、手の中の紙片をアーヴェイルに見せた。そこには、ただ一行が記されている。


『会談を望む』


「アリア、どう読む?」

「なにがしか、話したいことが――それも、込み入った話があるのでしょう。そして、話を聞かせられない相手がいる。あの中に」


 アリアレインの返答に、だろうな、とランドルフが頷いた。


「そうでなければ、このように手の込んだことをする必要はない。内通者かお目付役か……まあ、いずれにしても、そのような相手があの中にいた。その者を外して話したい、と」

「試されているのかもしれません。密談するに相応しい相手であるのかどうか」


 ふむ、と頷いたランドルフが僅かな時間だけ考え込み、そして顔を上げた。


「密談の相手はそなただ、アリア」

「……閣下?」

「アーヴェイル、慌てるな。密談と言っても密室でふたりになる必要はないのだ。お目付役から切り離せさえすればよい。むしろ密室でない方がよいだろう」


 半ば訝しげな、半ばは抗議するような声を上げたアーヴェイルに、ランドルフが諭すように言う。


「――ではお父様、お茶会の支度を。明日にでも」

「内々の会、ということだな。明日の午後、そのようにしよう。そなたが密談の相手になるのなら、儂が密談の場を作らねばならんな」


 アリアレインがしばし考えて案を出し、ランドルフはそれを受け入れた。


「テーブルの分け方を考える必要がありますね」

「切り離したいのは、おそらく、あの、こちらでの投宿を止めようとした側近だろう。なんと言ったかな」

「サダールと呼ばれておりました。ナウマン卿です、閣下。年嵩の」


 そう補ったアーヴェイルに、ランドルフはうむ、と頷く。


「では――そうだな、『両国の次代を担う者で歓談を』ということにしようか。ナウマン殿は儂に付き合ってもらえばよかろう」

「よろしいのですか?」

「その建前を使うのなら、アーヴェイル、そなたがアリアとともに席に着かねば」

「は」

「それにだな、アーヴェイル、そなたはもうアリアの夫なのだ。そなたが支えろ」

「はい、閣下」

「アリアもそれを望んでいるのだろう?」

「御明察です、お父様」


 柔らかい笑顔を浮かべたアリアレインが、さらりと応じた。アーヴェイルが大きく息をつく。


「よろしい。では、その前提で諸々支度を整えよう。あちらへの繋ぎは、アリア、そなたに任せる」

「晩餐の席で、ということですね。承知しました、お父様」

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更新ありがとうございます 手に汗を握っています (,,•﹏•,,)ドキドキ
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