侯爵令嬢アリアレインの懸案(7)
スタインは太い息をついて答えた。アーヴェイルが目顔で、もう少し説明を、と促す。
「ご承知のとおり、交易商人というのは単独で事業を営み、続けている、というわけではありません。遠い海の先との交易には、どうしても様々なものが必要になります。船、船乗りたち、積荷、航海において必要な品々」
「そのために先立つものが必要、ということよね」
「はい。しかし、それらを単独で揃えようとすると、途方もない金額になります。そうなると、借金をしたり、あるいは利益の分配を前提に出資を募ったり。そういうことにせざるを得ません」
「その借金の金利が――上がる、ということ?」
少し考えたアリアレインが、確かめるように疑問を口にする。スタインがはい、と頷いた。
「たとえば、船が沈んでしまえば、貸した金は回収できなくなります。無論、借金を返済するに足るような資産を、商人の側が持っていれば別ですが、なかなかそうもいかない。そうすると、金を出す側、貸す側としては、取り分を増やさなければ割に合わない、という話に。つまり金利が上がります。出資の場合は金利とは言いませんが、まあ、同じ話ですね。取り分を増やさなければ、という部分は」
商人たちは利に敏い。そうでなければ務まらない。そうであるからこそ、降って湧いた『海賊』という危険に、敏感に反応する。
「……それ、交易商人に限った話なのかしら?」
スタインの言葉を咀嚼し、飲み込んで、もう少々考えたあと、アリアレインは尋ねた。
「現状、商船を使った交易に関する資金の金利が、という状況ではあります。ただ、これが続けば、おそらく国内のやり取りへも影響が出てくるかと」
「どのような影響が?」
「私はそのあたりについては門外漢ですから、それを前提にお聞きいただきたいのですが」
「ええ」
話して、とアリアレインが手振りで促す。
「金を貸す側の立場で考えるならば、なるべく高利で貸したい」
「道理よね」
「はい。そして、金を貸す側も無限に金が湧き出てくる泉を持っている、というわけではありません」
「どこかにないかしら、そんな泉。是非欲しいわ」
冗談めかしてたとえ話を持ち出したスタインに、アリアレインが肩をすくめる。
「残念ながら、いまだ発見されておりません。まあ、つまり、貸す側としても動かせる資金に限りがあるところ、あちこちから金を貸してくれと頼まれる、ということです。そうなれば――」
「儲けられる方に貸す、ということね」
「はい。条件に差があるので、一概には言えませんが、限りある資金が金利の高い交易関係に流れる。すると、直接関係のない商人たちも、これまでと同じ条件では融資を受けられなくなります。結果、資金繰りが悪くなり、商売を大きくできなくなってゆく。取引先が苦境に陥れば、そことの商売が難しくなるわけですから、売り上げが落ちこんでしまう商人もおりましょう」
商売はひとりではできない。商人は単独では存在できない。金と商品を介して、他者と繋がっている。それはつまり、影響を受ける、ということだ――良くも悪くも。
商売、金の流れというのは、精緻なからくりのようなものだ。大まかにどのように動くかは予測できても、組み上げられたからくりの中で何がどう動いているのか、確かめられる者はいない。大まかな予測さえ、外れることはままある。重要なのは、そのような危険があることなのだ。
「最悪の場合は?」
「マレス全体に波及する大不況」
普段の諧謔を含んだ口調でもなければ、手振りをつけた説明でもない。居住まいを正し、アリアレインの目を正面から見返して、スタインは答えた。
マレスをマレスたらしめる力の源泉はマレスの経済的繁栄にかかっている。それが危うくなりうる、ということなのだ。目の前の海を荒らす、海賊によって。
「お父様はどのように?」
「同じことを言上しております。閣下は、まずはお嬢様に対応を委ねる、と」
捕虜たちの扱い、サンサール王国との関係、東からの脅威、マレス全体を取り仕切る政庁の立ち上げ。手を付けなければいけないことは山積している。そのうちのひとつを、アリアレインに委ねる、と父侯爵は判断した。
「わかりました。ありがとう、オルディア書記官。お父様にもお伝えしておいて。まずはわたしが対応を考えます、と」
承りました、と応じて、スタインは退出した。
アリアレインは立ち上がり、窓の外へ目をやった。日はもう大きく傾き、空が茜に染まり始めている。窓を通して眺めるマレスの夕景から室内へ、己の夫へと視線を戻し、アリアレインは柔らかく呼びかけた。
「旦那様」
「はい」
「夕食のあと、少し付き合って。整理したいことがあるの。いろいろと」
アーヴェイルが、はい、と応じて一礼する。常と変わらない態度だった。




