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侯爵令嬢アリアレインの追放  作者: しろうるり
第2章:侯爵令嬢アリアレインの帰還

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侯爵令嬢アリアレインの懸案(6)

 ややあって部屋に入ってきたのは、でっぷりと肥えた文官だった。スタイン・オルディア、もとサンサール王国の執政府奏任書記官。執政府では商部省に奉職していた。歳の頃はさきのラドミールとさほど変わらないはずだったが、痩せ気味なラドミールとは対照的な体型になっている。


「本日は、お嬢様、ご報告が」


 日頃、肉付きのよい丸顔に笑みを絶やさないスタインだったが、今日はその目も口許も笑っていない。


「ええ、そのために来てもらったのだもの」

「あまりよいものではありません、申し訳ありませんが」


 神妙な表情のままに告げたスタインに、気にしないで、とアリアレインが応じた。


「むしろ悪い報告が来なくなる方が怖いのよ、わたしやお父様にとっては。それに、わたしももうあらましは聞いているわ。だから、あなたには詳しく教えてほしいのよね」


 では、と頷いたスタインが姿勢を正す。その動きに抗議するように、ぎしり、と椅子が音を立てた。


「海賊の被害が頻発しています。春の交易期が本格的に始まったのが3月……今月の上旬ですが、中旬には被害が出始めました。襲われているのは主に、マレスに向かう船です」


 スタインの報告に、アリアレインが頷く。すでに噂として聞いてはいた。だが、アリアレインは、スタインに改めて報告を求めた。単に噂として伝わってくるものから感じられる以上の危機を、アリアレインは、その噂に感じ取っている。


「理由はおそらくふたつあります。まず、マレスから出てゆく船というのは、当然マレスからの荷を積んでいます。羊毛や毛織物、質のいい木材、武具、ワインにオリーブ油。いろいろとありますが、概して、重さや嵩に比した価格は、そう高いわけではありません。対して、マレスに向かう船の積み荷は、これも様々ですが、生糸や絹織物、染料、香辛料や香料、それに茶。マレスから運び出す荷よりも、軽く、高価な荷が多いのです」

「――もうひとつは?」


 なるほど、と頷いたアリアレインが、話の先を促す。海賊の身になってみても、どうせ奪うのであれば運びやすくて高価なものを奪うに越したことはないということなのだろう、。


「マレスに向かう船は、逃げ場がないのです。マレスから出る船は、その気になれば待つことができる。航海の途上であっても、マレスの近海にいるのならば、マレスの港へ逃げ戻ればよい。しかし、マレスに向かう船には、それができません。出発してきた港は遠く離れており、食糧や水にも余裕があるわけではないのですから」

「道理よね」


 ため息とともにアリアレインが吐き出す。


「損害は、どうなのですか?」

「明確に増えています。しかし、何と言いますか……言葉を選ばずに申せば『よく加減されている』という印象ですね」


 妻に代わって問いを投げかけたアーヴェイルに、手振りをつけながらスタインが答える。


「加減、と言いますと?」

「既に複数の船が襲われているのですが、死者はほとんど出ていません。護衛を乗せている船で防戦中に護衛が死傷、というのはあるのですが、抵抗できない商人や船員が殺された、という報告はないのです」


 肥えた体格のスタインがいちいち手振りをつけて説明する姿は、どこか喜劇じみた滑稽さがある。だが当人は真剣そのもので、話題も滑稽からは対極に位置する深刻なものだ。


「それに、船そのものが沈められたり、あるいは奪われたり、ということもありません。舵や索具を壊してしばらく動けないようにし、その間に賊は逃げおおせる、と」

「それは……」


 たしかに『よく加減されている』としか言いようがない。さすがにアーヴェイルには、口に乗せることが憚られる言葉だった。


「言い得て妙ね」


 投げ出すように、アリアレインが頷く。

 いたずらに人を殺さず、船を沈めることもない。索具や舵を壊されればしばらくの間は身動きが取れないが、応急的な修理さえできれば港へは向かえる。財貨は失われるが、人命や、財貨を運ぶことのできる船は失われない。まさしく『よく加減された』襲撃と言える。


 とは言え、海賊がそこにいる、ということ自体が変わるわけではない。襲われれば損害は出る。

 個々の船は、そのような損害を避けうる。より早く気付くことができれば。風や潮の流れが味方すれば。船乗りたちの、あるいは護衛として乗せている傭兵の手腕次第で。

 だが、何隻かに一隻は積荷を奪われている。危険な航海の果てに、マレスを目前にして。命は助かり、船も残るにせよ、船乗りたちの損害が消えるわけではない。損害をどこかで補おうとすれば、それは運賃や載せる品物の値上げによるしかない。


「影響は――?」

「いくらか、船賃を値上げする動きは出ています。それに伴って、港で扱う品々の値上がりも。まあ、こちらは市井に直接響く、という類のものではありませんが」


 アーヴェイルの短い問いかけに、スタインがなにかを持ち上げるような手振りをしながら応じる。


「それよりも、厄介なものが」

「何があるのかしら」

「金利です」

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