47 メルヴィナ2
メルヴィナは、母の狂気じみた微笑に背中から冷たい汗が流れた。声をあげる気力が出ずに呆然としていると、テレサが母の手をメルヴィナから離して、自らの手をつないで部屋から出て、ナディア付きの侍女に落ち着かせるように頼んで任せた。
テレサはメルヴィナの元に戻って来て言った。
「お姉さまの事を皆大事に思ってはいても、もう引き返せないところまで来てしまったのです」
と真剣な表情になった。
「今のお姉さまの道は二択しかございません。お母さまは、後妻や修道院にとお姉さまにまだ甘いままですが、ルドゥーテ侯爵家の長女と生を受けたのですから、ジュリアン殿下のお側に上がらないとなると、病死に見せかけた服毒死しかございません。ローゼ公を怒らせてしまったのですから、家の為に死んで頂くのが全て丸く収まる方法です」
「て、テレサ……貴女はわたくしが死んでも良いっていうのね!?酷い妹ね!!」
「酷いと言われても結構です。でもお母さまは生きて頂かなくては、王家に何と思われるか分かりません。ローゼ公爵家がうちを庇って下さる保障もございませんわ」
もう涙も消えて、静かに淡々という妹がメルヴィナは恐ろしくて
「側室に上がればいいんでしょう!?わたくしが我慢するしかないんでしょう!!」
と叫んだ。
「寵を得る自信はお有りになるのですか?後から入られる側妃様もいらっしゃるかもしれません」
「私よりも身分の高い側室なんていないのだから、殿下も尊重して下さるはずよ」
「後宮では、正妃様以外は、寵の深さで立場が入れ替わると家庭教師に習いました。お姉さまは教わってらっしゃらないのですか?」
もしかすると次女のテレサだけが対象だったのかもしれないと思って聞いてみると、メルヴィナも一応は習ったが、正妃としての話しか覚えていないらしく、テレサは姉らしいと苦笑を禁じ得なかった。
「嫌々上がった側妃を、見初めたという訳でもないのに、可愛がって頂ける確率ってどのくらいのものか……それにローゼ家の支援で行く以上、王子を御産みにならなければ恩をお返しできません」
「私が王子を産んでも、正妃のミリアリア様が産んだらどうせ無駄でしょう?」
不貞腐れたように言うメルヴィナに、テレサが
「いいえ。無駄ではありません!お姉さまはローゼ家の支援があるのです。そもそもクロフォード家はこの後、一気に衰退するでしょうから、お世継ぎがローゼ派閥から出る可能性は高いのです!」
と訴えた。メルヴィナは何故テレサにクロフォード侯爵家が衰退することが分かるのか、不思議でたまらなかった。不可解な表情をすると、テレサはなおも言い募った。
「コンラッド様が言っておいででした。クロフォード家は塩の利権の半分を国にミリアリア様の持参金代わりにするだけでも痛手なところ、先のライトンとエベルネージュとの戦の功績で、ローゼ家とリクソール家が塩が売れる程の海辺の領地を拝領して、それにパーシヴァル家とマクドウェル家が、自領の使用分の権利を得たので、クロフォード家は弱り目に祟り目だとおっしゃっていました」
「おうちの収入が相当減ってしまうという事ね……それは良いニュースね」
「そうですが、しきたりで正妃様に関わる費用は国費ですから、それほど落ちぶれた事にはなりません。側妃様は、ご実家か支援して下さる家からになるので、お姉さまの支援をローゼ公爵家が名乗り出て下さった以上、ご寵愛を得なければうちの立場が危ういのです。お姉さまだって実家が没落してしまえば、ミリアリア様や他のご側妃や後宮女官にすら蔑まれて暮らすより他無いのですよ」
「そんなはず……だってローゼ公爵家がついていて下さるんでしょう?」
少しだけ光明が見えて来たメルヴィナを突き落とすテレサに、そんなこと分かる筈が無いとメルヴィナは思った。
「お姉さまは、お考えが甘いのですわ。ローゼ家が無償の親切だけでお姉さまのお仕度に莫大なお金を出すと思ってらっしゃいますの?いくら門下家とはいえ、こちら側の努力と成果が無ければ、目を掛けて頂けなくなるのは自明の理でございましょう。今のローゼ公爵様は、それでもお優しい方だとお父様だって言っていましたわ。先代でしたら、お姉さまをお許しには成らなかっただろうとも漏らしておられて、側妃様のお話を受けた時は、とても感謝してらしたのに……今回のお姉さまの噂がおそらくは王宮まで届いてしまわれたから、他家の娘を支援しても良いとまで、お父様を呼び出して叱責されたのです」
「それでは、ジュリアン殿下の寵を得られなければ、惨めな生活になるってこと!?我慢して後宮に上がるこの尊い身の私が!?有り得ないわ!」
激昂するメルヴィナをテレサは、姉はどこでここまで間違った傲慢な考えになってしまったのだろうと思った。アーデン家とモーヴァン家に隙が生まれたので、ルドゥーテ侯爵家にすり寄る貴族が多かったし、メルヴィナを祀り上げる令嬢たちもローゼ家に令嬢がいないので多かったが、ここまで自身を過大評価しているのはいただけない。後宮の事もよくわかっていなさそうだし、何よりも殿下自身にメルヴィナが嫌々上がると、もう伝わってしまっている。よくローゼ公が叱責だけで済ませてくれたものだと思うが、マイナススタートだとメルヴィナ自身分かっていない。
「我慢してというのが問題です。そういう心持ちの者が、殿下のお心を掴めるかお考え下さい。それに今のお姉さまの立っておられる場所はもう、とても脆いもので、ローゼ公の慈悲だけでなんとか立てる程の足場です。お願いですから、家族や領民の為にお姉さまが心持ちを変えて、殿下のご寵愛を得るべく動いて頂きたいのです。お姉さまはお美しいですが、ランドール出の王妃様を見て育っている殿下から見れば、それほど魅力的には映らないでしょう。一時期、レティシア様をと望んでいらしたようなので、レティシア様のように賢くご聡明であられる方が理想なのでしょう。レティシア様は傲慢な態度をとったりなさらず、身分やご自分の血筋の良さをひけらかす方ではありません」
「私にレティシア様の真似をしろと?」
「手っ取り早く好かれるための一手ではございますが、中身を伴わされる必要が出てきます。ローゼ公に、これから後宮の処世術や、貴族同士の関係や、ジュリアン殿下の御性質などを教えて頂く機会を願い出てはいかがでしょうか。敵を知らねば作戦も立てられません。お姉さまは兎に角、レティシア様ならどう動くかというお考えで、周りの者に接するようになされば、今回のようにお父様が叱責されるような不名誉な事は起こりませんわ」
メルヴィナは、自分よりも血筋や家の権勢が上だと認めるレティシアには、ミリアリアやセレーネに対するような気持ちにはならず、手本にしろと言われても気分を害する事はなかった。しかし、レティシアといえば鬼才のリクソール侯爵の娘で、参考にしようにも元々の出来が違うとしか思えない。
「鬼才の娘と名高いレティシア様の真似は難しいわ。それに殿下は私がエミール様を慕っていることをご存じなのでしょう?もう無理なのではないかしら?」
「文字通り死ぬ気でやってくださいませ。先ほどお姉さまには二つの道しか残されていないと申し上げたばかりです。私はオルグレン伯爵家に嫁ぎますから、実家がどうなろうともそれ程煽りを受けませんが、お父様やお母さまやフィンリーは、ローゼ派閥を出されては、この国で生きてはいけません」
メルヴィナも可愛がっている弟のフィンリーの名を出されて、テレサの言い分を受け入れる気に成った。自身の状況も見たくなかっただけで、崖っぷちだという事は父と母がメルヴィナを自害させようとした事で本当は分かって来ていた。
そうしてメルヴィナは、先触れを出して父と共にローゼ公爵に謝罪に向かい、これからの教育の支援について願い出て、ローゼ公爵の付けた家庭教師と、ローゼ公爵自らの講義という破格の待遇を得る事になって、メルヴィナも恐れ多さにあまり、深く深くこうべをたれた。




