46 メルヴィナ1
短く纏めて5連投行きます。
ルドゥーテ侯爵は、ローゼ公爵からメルヴィナへの厳重注意を受けて、おとなしくしていると思っていたメルヴィナが、友人たちに手紙で王家に上がる愚痴を言っているという事にとても衝撃を受けた。
同じ侯爵位のクロフォード家が正妃で上がるのは、国が塩の供給の安定を図りたいのだと分かるので、側室として娘をやるのは忍びない気持ちも存在しているが、領主夫人として失格の烙印を押されてしまったメルヴィナの将来としては最良にも思えるもので、ローゼ公爵がこれほどルドゥーテ家の事を考えてくれていたのかと、改めてローゼ家に忠誠を誓ったほどだった。
それなのに、またしてもメルヴィナの不始末。親として娘をおもう気持ちはあるが、それ以上に今回の王家とローゼ家への非礼に対して、侯爵はメルヴィナに対して腹を立てていた。
そのことでルドゥーテ侯爵は屋敷に戻り、直ぐに娘を呼び、メルヴィナの頬を打った。
今まで割合メルヴィナに甘かった父の激怒ぶりに、流石のメルヴィナも事の重大さを感じて、素直に謝罪した。
「ごめんなさい。わたくしの手紙ごときが、それ程の大事になるとは思わず、侯爵家の長女が側室などとお気の毒だと同情されたのを、肯定してしまう文を友人たちと交わしてしまいました」
「ローゼ公に、はっきりと、別の家の娘を支援しても構わないとお叱りを受けた。ローゼ公は懐の深い方でめったに怒りをあらわにはなさらない。そのローゼ公が既に決まった話を取り消そうとなさるくらい、怒りが大きいという事の重大性をお前は理解しているのか!?」
「外に本音を漏らした事は申し訳なく迂闊な事をしたと思っております。しかしながら、家格が同じミリアリア様がご正妃様で私が側室だなんて、酷いお話をお父様が平然とお受けしたことの方が不可解なのです」
お前は……と言ってからルドゥーテ侯爵は開きかけた口を閉じた。
メルヴィナの教育が間違っていた事は分かっていたが、側妃に上げて大丈夫なものかという考えが頭をよぎる。ここで対応を間違えるとルドゥーテ侯爵家自体が処断されかねない。
「メルヴィナ……私も可愛い娘を修道院になど送りたくなかったが、その方が良いようだな」
「わ、わたくしが修道院など、側室以上にお父様が正気なのか……脅しなどでは無く、本当に本気で言ってらっしゃるのでしょうか!?」
わなわなと震えながら叫ぶように言うメルヴィナの傍に寄り侯爵は「本気だ」と静かに告げた。
「エミール殿との話が流れたのは、私の所為でもあったので、お前には悪いことをしたと思ったが、しかしコンラッド殿との縁談が来た時に、お前には領主夫人としての資質が無いと気づかされた。オルグレン伯爵も始めからテレサを欲しがっておられた。オルグレン家を伯爵家で格下だとお前には映ったようだが、現公爵夫人のローレンシア夫人のご実家で、ローゼ家の派閥内での発言力はアーデン侯爵家に次ぐ家だ。それを無碍にしたお前に、寛大にも王宮にとローゼ公が取り計らって下さったというのに、側妃が嫌ならば、もう嫡男がきちんと成人しておいでになる家の後妻か、修道院かのどちらかだ」
メルヴィナは今度こそ顔色を無くして「もう死んでしまいたい!!」と泣いて嘆いたが、侯爵は眉を顰めて「そうしたいのなら、致しかたない」と沈痛な面持ちで棚を開けてワインと薬瓶をメルヴィナの前に置いた。
「もし、死ぬほど嫌ならば無理強いはしない。親としてお前にしてやれる最後のことだ。出来るだけ苦しまずに逝けるようにしてやりたいが、ジュリアン王子のお側に上がる事が決まっているのだから、病死あつかいにせざるを得ない。体に見える傷をつけられない故、許してほしい」
そう言って涙ぐむ侯爵である父を見て初めて、メルヴィナも置かれている状況の深刻さを感じ取った。
今迄ならば、メルヴィナが自害しようというような事があれば、父はメルヴィナを決して死なせはしなかっただろう。
しかし、泣きながら苦しまずに死なせてやれないと謝る父の姿に、メルヴィナは自分の願いが通じないばかりか、死んでもいいと言われた事に衝撃を受けた。死にたいとは思っても本当に死ぬ勇気がある訳も無く、置かれた薬とワインに触れるのも恐ろしくその場に崩れ落ち気を失ってしまった。
♢♦♢
ベッドに寝かされていたメルヴィナに付き添っていたのは、母のナディアと妹のテレサで、二人とも目が真っ赤に腫れていて、そして今もなお泣いていた。
「お姉さま、死ぬだなんて……やめてください!」
「メルヴィナ、お願いだから家族の皆が悲しむ選択をしないで欲しいの」
「……でも修道院に行くか、私よりも歳上のご嫡男のいる方の後妻に入れとお父様に言われて、わたしどうしたら良いのか分からなくなってしまったの」
メルヴィナが虚ろな目で言うと、テレサはメルヴィナの手を握って「では、側妃様になる努力をいたしましょう」と、とても強い視線をメルヴィナに向けた。
「お姉さまがエミール様をとても慕っていらしたのに、それが叶わなかった事は悲しい事ですが、もうすっぱりとお忘れ下さい。高位貴族の娘が、好きな方の奥方になれるなんて夢物語ですわ。アーデン家は、うちよりもモーヴァン家を選んだのです。エミール様がセレーネ様を選んだ訳ではないのですよ。お姉さまは長女で私よりも大事に育てられた為に、ご自分の願いがほとんど叶うと錯覚なさっているところが有ると以前から思っておりましたが、次女の私がお姉さまに意見することなど出来ませんでした。でも私たち姉妹なのだから、お姉さまの為に苦言を申し上げるべきでした」
「でもセレーネ様だって、エミール様を慕ってらしたのに、セレーネ様ばかりずるいわ」
「それは偶々です。セレーネ様は、茶会でお姉さまの取り巻きに嫌味を言われまくりで、とても苦労されておられます。侯爵家の長女であるセレーネ様に、格下の取り巻きの者たちが、お姉さまの威を借りて無礼を働いておりますのよ。私なんて恥ずかしくて身の縮こまる思いですわ」
「で、でもあちらは傍流の出ではないの!私やテレサとは格が違うわ!」
「傍流の御当主がお継ぎになっても、モーヴァン侯爵家はルドゥーテ侯爵家よりも上だと思われている以上、現段階ではセレーネ様は、お姉さまや、まして私よりも格下だなんて事はございません。それに弟君が嫡流の令嬢とご婚約されましたから、お姉さまの言い分も通りません」
「モーヴァンなんて、前侯爵夫人がローゼ家からお輿入れされたからってだけで、うちよりも実力がある訳でもないのに大きな顔をして来て、お父様だってどれほど悔しい思いをされて来たことか……」
「主家を敬う家の中では、それがとても大きな事だとお姉さまは何故ご理解して下さいませんの?御当主様の御容姿だけで、ローゼ家に忠実な家ならば傍流の出などと蔑みません。うちは近々(きんきん)では、ローゼ家からの降嫁はございません。その違いで家格に差があっても、当たり前の事です。お姉さまが仰る考えを持つ方々は、長男が継がなければ秩序が乱れると懸念されてはいらっしゃいますが、モーヴァン家の御当主様の前では何も言えない方ばかり。うちと反目するモーヴァン家の事を悪し様に言う事で、うちの機嫌がとれると思って、ルドゥーテの前だけで声が大きくなるのを鵜吞みにされて来たのですか?」
「うっ……鵜吞みには……していないけど、でも真実だから……」
メルヴィナのあまり反省していない様子を見て、母のナディアは、「メルヴィナ、伯爵家から嫁いだ私では、あなたの教育が行き届かなかったのかもしれません」と涙声で言い、「あなたは、母のことも格下の伯爵家の出だと蔑むような娘なのですか?」と悲しげに問いかけた。
「いいえ!お母さまは、違いますわ!」
「違いません。あなたは、オルグレン家からの縁組が、ローゼ公爵家がルドゥーテ侯爵家の為に頼み込んで下さったものだと分かっていなかったのでしょう?格下の伯爵家では嫌だと断ったでしょう?」
「こ、公爵家が伯爵家に頼み込むなんて……命じられたのではないのですか?オルグレン伯爵家だって侯爵家のうちと誼を持ちたいはずですし」
ナディアは爵位ばかりしか意味を見出さない娘に何と言っていいか分からなかった。やはり修道院に行き、性格が矯正されれば出来るだけメルヴィナにとって良いところに嫁がせられるだろうか?
しかし、側妃として上がる事が決まっている以上、本当に死を賜るしか道がないのかと、思いつめた気持ちで自分も共にと、自害用にと懐に忍ばせているナイフを掴んで、反対の手でメルヴィナの手を取った。
「お母さま、いけません!お姉さまの体には傷をつけてはなりません!」
テレサが叫ぶと、メルヴィナも母が自分にナイフを向けた事で、叫び声をあげた。
ナディアはナイフを落とすと、「やはり私が悪かったのだわ。母と一緒にいきましょうメルヴィナ」と悲壮な微笑みをメルヴィナに向けた。




