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ローゼ領に残っていたリリアナに戦況が伝えられた。
「アンディ達が頑張ってくれたみたいね。民にも兵にも被害が出なかったのは、奇跡的な事ね。アンディやローゼ軍は、国から手放しで褒め称えられる事になるわね」
期待以上のアンディの働きにリリアナは感嘆の声を上げた。
横には王都の宰相から遣わされた使者という肩書のセフィールがいる。
「嫡子殿自ら前線を率いたと成れば、殆どの手柄はローゼ領のものになるな」
だいぶ悪い顔でニヤリとするセフィールは、もう既に戦後処理の方に考えが行ってしまっている様だった。
リリアナは封鎖された国境の入り口に立つ領主館の離れを借り、リクソール軍が来たら、そこに迎え入れられる準備をしていた。そこにライナスに案内されたセフィール達が来たのは、ゼファーがローゼ領を立ってから、六日後のことだった。
軍を連れて来るには驚異的な速さであったので、リリアナでさえセフィールとリクソール軍の精鋭部隊を見た時は、目を丸くしてしまったが、どうやら軍の者達や、装備品やローゼ領に差し入れた物などは、元々準備していて、マチルダの領でもある、パーシヴァル領のセドリックに預かって貰っていたという。
リリアナがセフィールに、初めから戦争するつもりだったのかと問うと、「備えるだけ備えていただけだ」と涼しい顔で答えられた。
「ゼファーから詳しい話を聞くまでは、確証が無かったし、状況も分からないのだから、むやみに軍など動かせない。ゼファーは三日弱で俺のところまで、いつもの飄々とした様子で来て、二人きりになった途端に、これ以上ない早口でローゼ領とエベルネージュとライトンの状況を細かく説明してきた」
ゼファーの話を聞いて、どれ程急いで王都に知らせに帰ってくれたのだろうと思うと、リリアナも胸が詰まった。
「ゼファーを行かせたのは正解だった。書き物などに残さず、あれ程きちんと記憶して報告して来るのだから、大したものだ。リリアナは、おそらく戦うつもりだろうとも言っていた」
「貴方のお気に入りだもの。それぐらいの事は、ゼファーの能力からして当たり前なのでしょ。こちらはアンディの説得に難航したわ。こちらの方が侵略者だろうと言われたら、否定出来なかったわ」
リリアナは甥っ子とやり合って、かえって此方を説得してこようとするアンディに、結局セフィールの威光を振りかざしてしまった。戦争に被害が出なかったから良かったが、守りに徹するのは兵のリスクも格段に上がるので、リリアナは、もう少し迎え撃ちだけでは無く、ライトンに兵を潜ませたりしても良いのではないかと思ったが、結局アンディの考えが尊重される戦いになった。それについては、ローゼ領の軍が、リリアナよりもアンディの命令に従うのが当然のことなので、総指揮官とはいえ、それはアンディが居ないからこその仮の立場でもあるので、リリアナの意見するところでは無かった。
「次期殿は、性善説を信じておられたようだが、今回の事で考えも変わっただろう。だが、こちらが侵略したという誹りを受ける事が無いのは、かなり得策だったな。国内の貴族からは、ローゼ領が国王からの勅命でも無いのに戦ったのだから、あちらから攻められたから防衛線を張ったというのは、やむを得ないという見解になるだろうからな」
好戦的な性格であるセフィールには思いつかない行動だったが、被害が出なかった結果だけを重視するならば、アンディの策は功を奏した。まして自ら前線に出て戦って自領の民を守ったのだから、誰からも文句の付けようが無かった。
「リューク兄様はなんて仰ってたの?宰相に報告はしたんでしょう?」
「戦況の結果で、どういう処理にするか決めると言われていた。どういう結果になっても頭が痛いとも言われておられた」
そうリュークの事を話すセフィールの顔は、満面の笑みに満ちていて、リリアナもリュークと同じく頭痛がして来てしまった。
「恐らくは、ライトンの王族、貴族は一族郎党処刑されるだろうから、リクソールの軍を残していこうと思う。ローゼ領は平和が長かったから、うちの兵と同じ事は出来ないだろう」
攻めて来なければ撃たないと言ったアンディの軍が、リクソール軍の様に悪逆非道な事が出来るとは、セフィールは思っていなかった。リクソール軍は、セフィールが代替わりした時に、殺し合うようなお家争いが領内で勃発したので、それぞれの陣営についた者達での戦いがリリアナが嫁いで来るまで数年続いたので、ローゼ領の軍よりは色々な事に割り切れる者が多かった。
身内同士の争いで、セフィール自身が命を狙われてきたので、刺客を始末したりしてきたので、平和が長いローゼ領とは事情がだいぶ違った。
処刑はエベルネージュで行われるだろうから、リクソール軍が国に刑の執行人に任命されれば、エベルネージュに入る事になるだろう。
セフィールやリリアナとて、罪のない血族にまで罪が及ぶのは胸が痛むが、生きていても、死んだ方がましな生活に成る事が見えているので、結局、国の法を曲げてまで助けたいという思いには成らなかった。
アンディ達の無事を聞いた目下の二人の悩みは、エベルネージュの腐った王族と貴族達の処置と、エベルネージュの統治とライトンの統治の事だった。
リリアナは当初、頭に血が昇ってしまっている時には、ライトンに島流しの様に送ってしまえば良いかと思っていたのだが、落ち着いてから考えると、エベルネージュの貴族達がライトンの民を虐げるか、もしくはライトンの民に反対に排除されてしまう可能性が高い事に思い至った。
エベルネージュの城に逃げて来なかった、まともな領主は、そのまま領を治めてくれれば良いとは思っているが、まともな方が少ない状況では、ローゼ領はもちろん、レンビィア国としてどう処理するのかという話になってくる。
今回は、宰相主導で、戦争というよりも侵略からの防衛に成るので、かなりローゼ領だけで決められる事も多い。リクソール領もローゼ領の同盟軍としてリュークの要請で来ている為、ある程度は、ものが言いやすい立場にある。ましてリリアナが査察中に起きた事でもあるので、事情も多く把握している以上、監査室の立場からも政治に介入が可能だった。
♢♦♢
一週間ほどして、この度の防衛戦において、国から決定した指示書が来た。
一つ、ローゼ領の防衛の為であった点から、正当な理由が存在したものと国が認定する。
一つ、ライトンの他国侵略に関わった王族貴族に連なる全ての者を処刑とする。
一つ、エベルネージュの王族に軍事力の点で、国を治めていく力が無い事を鑑み、レンビィア国に併合する。
一つ、併合後のエベルネージュ及びライトンの管理は、ローゼ領に当面任せる。
一つ、ローゼ家、アーデン家、リクソール家、パーシヴァル家、及びゼファー・ミュールズ子爵に褒賞を与える。内容については、精査後になる為、後日決定する。
この文書と一緒に宰相であるリュークと、副宰相であるフィリップが国軍を連れてやって来た。
フィリップ・ランドールは、現公爵の異母弟であり、れっきとしたランドール公爵家の人間であるので、ローゼ家の人間は、異例の珍客に対して警戒心が表に出てしまい、それをリュークが何とか宥め、フィリップは、それは当然の事だろうとわずかに苦笑いしただけだった。リュークが自分だけではローゼ領の良いように事が運んだと誤解を受けぬように、王都でのランドール派閥のまとめ役でもあるフィリップに同行を打診して、それをフィリップも同意してのことらしい。
「今回、ランドール派閥の人間は関わっておりませんが、国の利益の為と、ローゼ家一強となる危機ですので、リューク殿のお誘いを受ける事に致しました」
フィリップは淡々とした口調で言うが、言っている内容は結構すごい。敵陣に一人でよく堂々とローゼ家一強が、ランドール派閥に望ましくないという事をはっきりと言えるものだと皆で感心してしまった。
ローゼ家の領主館では流石に気まずいのではないかとリリアナが気遣い、国境近くのリクソール家が借りている離れに来てはどうかと提案した。一応リクソール家は中立派であるし、ローゼ家の様な因縁も無い。
フィリップは、少し考えた後、リュークを見て、「リクソール家のご夫妻ともお話出来る機会なので、夫人の仰って下さるように、離れにお世話になろうと思います」と持ち主であるリュークに確認を取った。
リュークも、もう少ししたら、リクソールの軍が国境を守る必要度も低くなるので、違う離れでもっと広いところがあるので、時期が来たら移ってはどうかと言い添えた。
セフィールは、二大公爵家の揉め事自体は歓迎しないが、ローゼ家とリクソール家だけで決め事をすると、かえって国の利益に気を使わざる得ないので、マイナス面をたっぷりと見て貰って、その上で権利を主張できる点については、フィリップの存在を歓迎していた。
リリアナがフィリップに冗談めかして「前ランドール公の息子さんが、ローゼ家の領主館に泊まる歴史的快挙になりそうでしたけど、逃してしまってよろしかったのですか?」と笑うと、フィリップは、エドワードやアンソニーの様な本妻の子でもない自分では、大した快挙にもならないだろうと肩を竦めた。
♢♦♢
ライトンの王侯貴族の処刑については、やはりセフィールの言っていた通り、リュークが「悪いがリクソール軍に出来れば頼みたい」と言って来た。
リクソール領はとても犯罪行為の罰則が厳しく、王都では懲役刑クラスの犯罪も死刑とされていた。なので領内の犯罪は、それを知らない無知な領の外からの者が多く、そして処刑されていった。
それに対して、ローゼ領に死刑制度は無かった。罰則が緩い様だが、犯罪者は牢に入れて何もさせずに、食事も十分に与えるという刑罰だった。だが、人に故意に危害を加えた者は、絶対に一生外には出さないという終身刑の措置を取っていた。
ローゼ領のような穀倉地帯だからこそ出来る事だが、満腹な状態で生殺しのような状態にされると、余計な事を考える時間が増えてしまい、大抵の者は自害するか狂ってしまうので、牢が一杯になって困るという事は無かった。この方法は、何代か前の領主が慈悲深さをアピールする為に考えたらしいが、結果として自分達の手を汚さずに済む厳罰に成ったので、それが長い時を経ても、ローゼ領ではその刑罰が継続されて来た。
今では、両方とも領の内外で恐れられる厳罰だが、ローゼ領は死刑執行人が存在しないので、慣れないものがすると、刑を執行する側だけでなく、受ける側も長く苦しませる事に成る事を知っているリュークが、悪いと思いつつも、セフィールが先に囁いてくれた提案に乗る事にした。勿論このことは、タダでは無いだろう…。後は、戦後処理のほとんどをローゼ領に任された事で、王都にいる者達や、ランドール派の者達に対して、利益よりも負担が大きい現実をフィリップを通して見せたかった。
フィリップは、ランドールの権利は主張できないので、何処まで国有地にできるだろうかという気持ちでいるのだと思うが、エベルネージュも、造船に無理に力を入れていたライトンも、民の生活も此方が当面は助けなければ成らない状態なので、ローゼ領もすべて譲り受けたとしても割に合わない。
強いていえば、ローゼ領としては海が欲しい。一番は塩を手に入れたい。
国は、クロフォード領から嫁いで来るミリアリアの持参金として手に入るので、それ程魅力的では無いだろうが、ローゼ領にとっては、それさえ手に出来れば土地は然程魅力的では無い。ただ国境付近の土地は、ローゼ領が貰うつもりでいる。その為に、危険があるのにも関わらず、嫡子のアンディが態々前線に立ったのだ。そのくらいの我儘が通るくらいにはローゼ軍の働きが大きく、国への被害が免れたというのは、国の中枢でも共通認識とされていた。
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フィリップは、エドワードと似た、日の光などが無くても輝く金髪に水色の瞳をした、流石美形一族のランドールの血筋を思わせる美しさは有ったが、エドワードとは受ける印象はかなり違う。
本妻の血筋と、こうも違うのかと思わせるくらいに、圧倒的に艶やかさと派手さに欠けるのだ。
そういう意味では、エミールの方がまだ艶やかな華やかさがあった。そう考えると、育ち方も多分に影響しているのかもしれないとも考えられる。
リリアナはそんな事を思いながら、離れの館の女主人気取りでフィリップを客間に案内した。厨房には料理人も連れて来ているので、フィリップを持て成す事は十分に可能だろう。
本来ならば少し休んで貰うところだが、状況が状況だけに、客間に荷物を置いてから直ぐに、エベルネージュに行く準備をして貰った。
リクソールの兵の半分と国軍を連れてエベルネージュに入ると、街道を守るローゼ兵が定期的に配置されていて、リリアナ達一行は馬車でエベルネージュの城に向かった。
馬車を使ったのは、皆が、一応の体裁を整える為に正装している為だ。リリアナも、持って来ていた紫のドレス姿に更にアメジストの装飾品を着けて、ローゼ家の血筋の印象をこれでもかと言うくらい表に打ち出していた。
同乗するセフィールやリュークとフィリップも、皆、名家の出身者らしく、見るからに品が良い。しかも金髪や銀髪に碧眼で顔立ちも整った男性陣に、エベルネージュの貴族達も驚くだろうと、流石に壮観な眺めにリリアナもため息を吐いた。
そうして、レンビィア国の国王からの勅使として、エベルネージュの王族、貴族に引導を渡した。




