表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/50

38

※残酷な描写あり設定タグを付けました。


苦手な方は回避して下さい。

ゼファーは、護衛に出立の準備をさせ、おそらくこの様な緊急時用にだと思うが、リリアナが帰りの荷を乗せるからと、二頭の駿馬を連れて来ていたうちの、自分と相性が合いそうな栗毛の一頭に、旅の荷物を括り付けた。


護衛は十人で来ているのに、半数を寄越すと言う事に多少の戸惑いはあれど、リリアナはゼファーの上司で緊急指令なのだから、とやかく詮索しない方がいいだろう。


暇乞いの挨拶はせずに、門番にのみ挨拶をして領主館を護衛と馬で走り抜けた。

馬でなら三日で着くと思うが、護衛はともかく、ゼファーにとってはかなりの強行軍になりそうだった。ゼファーは一刻も早く、とにかくローゼ領をでることにした。


そして入ったアーデン領では、少し迂回して領都に入らないように道を進めて、領で二番目に大きな街で、行きよりも良い宿をとり、そして一番良い部屋に泊まった。護衛達にも続き間に泊まらせ、緊張感漂う帰路となった。



♢♦♢


リリアナは、アンディとライナスと対峙していた。


「ゼファー殿は、リリアナ様にもう泣き付かれたのですか?意外と肝が小さい」


「アンディ。ゼファーを侮辱しないで。貴方だって部下を馬鹿にされて良い気がしないのは分るでしょう?」


「それはそうですが、ゼファー・ミュールズはリクソール侯爵の子飼いでしょう?叔母上に忠誠心を持っているようには見受けられませんでした」


アンディもリリアナが自分を呼び捨てた事で、他に人もいないので、茶番のようなやり取りは無しだという合図だと分かり、呼び方をこちらも変えた。


「ゼファーは中立派の人間だし、今回は他がローゼ派閥の者達ばかりだったから、査察団の中で私の指揮系統から外されていた所為もあってそう見えたかもしれないけど、きちんと国に忠誠を誓っている官吏よ」


アンディは心の中で、やはりリリアナに忠誠を誓っているルイスやマチルダとは別だと思ったが、リリアナの機嫌が著しく悪い為、ゼファーについての非礼を詫びた。


「査察官に対する暴言はお詫びいたしますが、エベルネージュの話を聞いてここにいらしたのですよね?」


「ゼファーが、責任者の私に事態を重く見て判断を仰いで来たのは間違っていないわ。私はそれを踏まえてローゼ領に査察官として勧告を言い渡しに来ました。エベルネージュへの小麦の輸出を停止なさい!これは国からの命令よ」


「叔母上!それは、どうなるのか分かって仰っておられるのですか!?」


アンディは、リリアナが何か考えがあって言っていたとしても、本気なのかと疑ってしまう。


「本気で言っているのよ。戦争になるって事も承知の上よ。貿易の停止の時期は、もう少し後でいいわ。その前にエベルネージュと話し合いの場を作るべきでしょう」


「エベルネージュに属国になれと脅すおつもりですか!?」


アンディはリリアナの言葉に対して、ライナスと共に、自分たちだけで決められる話ではないのではないかと反論した。宰相であるリュークと、監査室室長であるセフィールには、少なくとも意見を求めるべきだろう。アンディとリリアナで決められる話ではない。


「エベルネージュを属国にするかどうかは、確かに私達で決められる話では無いわ。だけど小麦を分けるのは得策じゃないのよ。ゼファーは書き留めたりはしていなかったけど、エベルネージュの財政状態とライトンの状態を細かく記憶していたわ。セフィールが重宝がって使っているのだから、相当優秀な人なのは想像できるでしょう?報告を受けたことから、エベルネージュの財政を逼迫させているのは、ローゼ領じゃなくて、エベルネージュの王族達だわ。ローゼ領の小麦をライトンにそのまま流せば、ライトンが高い小麦を買う事になるのだから、ライトンの国力を削げるのに、美味しい物は自分たちで食べてしまって困ったと言うのは、相当頭がおかしな人たちね。ライトンは小麦が高値でも物が良ければ買った筈よ」


リリアナは、自国で穀物を作る努力をしないライトンにも怒りを覚えたが、自分たちで財政難に陥っていて対面を保とうとするエベルネージュの上層部にも怒っていた。


怒りで手を握り締めていたら、爪が皮膚にくいこんでしまった。元々爪を短めにしているリリアナは軽傷で済んだが、少し冷静さを欠いているのを自覚して息を深く吸い込んだ。


「私は、戦争を始めようとはしていないわ。結果としてそうなるかもしれないから、ローゼ領とリクソール領で準備しましょうと言っているだけ。ただ、私の中で、小麦を略奪しようとしてくるライトンの者達には死を。エベルネージュの王族達には、海の向こうのライトンに移り住んで貰いたいとは思っているわ」


「仮に、その過激な案を採用するとして、エベルネージュは誰が統治するのです?レンビィア国王家に献上するおつもりですか?」


アンディ達は、周囲はローゼ派閥に囲まれており、エベルネージュの王室とも関係は上手く行っている。その現状で、王家の直轄地がすぐ横に来るなどという事態は、常に緊張を強いられるという認識で、リリアナが言う事のほうが現実性が伴わなかった。


「お仲間ばかりで周囲を固めていないと不安なのはわかるけど、ライトンがエベルネージュを併合したら、そんな甘い事は言っていられないわ。ライトンがまだ対応可能な時期に芽を摘むべきだと思うわ。むしろ造船など出来る様な国に成る迄、放置したのは完全な失敗だったわ。お父様が教えてくれていたら、セフィールに大砲百発撃ち込ませてさっさと黙らせたのに。何を呑気な事をしてくれたのかしら…」


だいぶ不穏な事を言い始めた叔母に、アンディは多少の誇張があると思って聞いていたが、リリアナは本気らしいと分かったのは、ライナスが、「以前攻めてこようとしたランドールに、同じ事をリクソール侯爵にさせようとなさりました」とアンディに耳打ちした事で、今まで当主達の話し合いではないので、そこまで大きな決定はなされないだろうと、どこか遠い話だったものが、急に緊迫した現実味を帯びた。


アンディは今、領政の決定権を持っているし、リリアナはリクソール家当主夫人だが、ローゼ領の前領主の娘で、現当主の義妹でもある。そして娘のレティシアが嫁ぐ領に対して、無関心ではいられないと言う事も良くわかるし、実績からいっても発言権が大きい。


元々、ローゼ領の今の平和は、リリアナの結婚によって齎されたものであり、それが無かったら、リリアナの祖父でありアンディの曽祖父の失策で、弱っていた軍備をランドールに付け込まれて攻められていたところだった。リリアナがリクソール侯爵家に入った事で、ランドールは風向きが変わった事で、数年かかりで練り上げて来たローゼ領侵攻の計画を白紙に戻した。


ジュリアン王子の母のシャルロット妃が王に嫁いで来たのも、前ランドール公爵が、ローゼ領を攻める大義が自分たちの方に有ると周りに認識させる為だったのだが、計画が頓挫したので、世代交代した現ランドール公爵が、それをうまく利用して異母弟を送り込んで国政に食い込んで来て、ランドール派閥の安定の為に王家と持ちつ持たれつの関係をうまく維持していた。


こうして国中が戦火に巻き込まれることを防いだリリアナが、リクソール家とローゼ家の橋渡し役としての立場から、両方の家に対して、影響力と発言力が当主とほぼ同等に有り、監査室の主査菅としての強制力も合わせ持っている為、ある意味では当主以上の調整者としての役割を担って来た。


アンディもここに来て、リリアナが次期当主である自分に対して、相応の覚悟と決定を迫って来ていることをひしひしと感じた。今までリュークやレイモンドの決定を見て来ただけの自分が、この大きな決定に責任を持つという事が、肩に大きくのしかかって来た。


しかし、リクソール侯爵は、既にアンディの年の頃は、侯爵位を継いでいて領を更に躍進させた。年若い事を理由にして任せられた任務をリュークに回すという事を、現段階でリリアナは査察官として許さないという姿勢だし、アンディを責任者の立場として話して来ていた。アンディも任された役目を果たすべく、ローゼ領側の言い分を話し始めた。


「ローゼ領は、エベルネージュを良き隣人として長い間接してきました。それに小麦の輸出を止めれば、領の収入がかなり落ちます。ご存じでしょうが、かなり高値で売っていますし、王都に売る分については輸送費がかかり過ぎて商売にならないのです。ここまで叔母上は放って置いたと言われますが、ローゼ領には大事な収入源だったのですから、上手く付き合う方を選んだのです。ローゼ領とて大きな領とはいえ、領収が見込めるところが今のところエベルネージュをおいて他に無いのです。戦争になる事も想定には入れて軍備を拡充させていますが、相手があれ程弱っている以上、分がこちらにありますので、天秤が貿易の方に傾いたのです」


リリアナは男性は利を優先しやすいし、最悪な事はあまり考えないのだろうと、性質の違いだろうというのは長く男社会に身を置いているので、アンディの言う事も理解出来た。何十年と豊かに領民が暮らせて来た事実があるのだから、これまでは間違っていないと思うのは、リリアナと根本の考えが違う為だろう。


「ローゼ領の収入は、エベルベージュとの貿易に頼るべきではないと思います。理由は、凶作の年は備蓄を出せば良いと考えているのだと思いますが、次の年も凶作だったらどうするつもりなのですか?

こちらも食料の備蓄も無い状態で戦争を始めるつもりなのですか?リクソール領が助けるのは、ローゼ領の領民が飢えないくらいには出来るでしょうが、出兵においての食料までは賄えません。

今までのローゼ家の当主が、小麦農家を優遇して来た事については、他の領よりも質の良い小麦が採れて領民が飢えないという点では大変評価すべき政策だと思います。しかし、今はリクソールと同盟を結んで、領民が飢える危機が無くなったのですから、砂糖など高く売れる作物を領主主導で、生育が適合する土地に作付けして、段々と小麦主導から変えていった方が良いと考えます。

リクソール領も小麦を多く作らせていますが、立地の面から、余った分を王都にほとんど売って利益が見込めるからです。ローゼ領の周囲が、自前で領の小麦を賄えるところばかりという点においては、少し考え直さなければ成らないのではないかと思います」

問題が簡単な事ではないのに、代案を既に用意出来るのは、領主夫人として流石だとしか言いようがない。リリアナも自領と同じくらいローゼ領の事を考えてくれているのだろうとアンディも思う。しかし、リューク達とてそれは考えた筈だし、アンディも考えた。リクソールといつまでこの同盟関係が続くのだろうという点だ。


今は、セフィールがリリアナとレティシアを溺愛しているし、かなりの蜜月関係といえるが、だがリクソール家は中立派を保っていて、ローゼ派閥に下った訳ではない。半永久的に続くと言い切れない協力関係よりも、こちらが圧倒的に有利なエベルネージュとの関係を取るのは当然の事だとアンディは思う。


相手は攻めて来たとしても、ローゼ領や、アーデン領、その他の領の兵力で圧倒できる国力の国だ。凶作については、ローゼ領は広域にわたるので、収穫高がゼロという事は無いと考えていて、備蓄もかなりの量をしている。


小麦の輸出が出来ずに、エベルネージュとライトンが襲撃してきたとしても、こちらが負けるような事は万に一つもない。


「リクソール家がローゼ派閥に加わっていれば、そういう考え方もできたでしょうが、先の事を考えた時に、リクソール領をそこまであてにして、長いスパンの政策を変更する事は出来ないと思います」


リリアナもそれは確かにと、リリアナからは考えられなかった事柄だけに、アンディに同意した。ローゼの血を引き、リクソールに嫁いだリリアナからすれば、敵は外国かランドール派閥だけだが、ローゼ家からすれば、主家と忠誠を誓ったわけでもないリクソール家は、ルシアンの代でさえ裏切る可能性を捨てきってはいないのだろう。


それはリリアナもアンディの考えは間違っていないと思う。流石次期ローゼ家当主と育てられただけあって、リリアナよりも若くともある意味視野が広い。


「うちをそれ程信用しないという点は、アンディの方が正しいと思うわ。確かに派閥にも加わらないリクソール家に、どれ程の信が置けるかという点は同意します。ですが、いまの時点では百パーセント信用できる貴重な時期です。セフィールはリューク兄様を裏切らないし、私もレティシアが嫁ぐ家を全力で支援します」


真剣な顔でリリアナがアンディに訴えると、「戦の好機とのお考えなのですね」と確認するように言った。


「男性達は、戦は勝てれば良いと思っているのかもしれないけど、女性達からしたら、戦は始まっただけで既に悲劇だわ。食べ物の奪い合いから、女性達や子供たちへの暴力や連れ去りが起きても、こちらの方が強いから、勝って最終的には良かったと考えているのですか!?」


「領には一兵たりとも敵は入れません!」


「では、エベルネージュの人達は蹂躙されてもいいと考えているのね」


「そうは言いませんが、ローゼ領の領民の方が大事なのは確かです。それに攻めて来られたら守る為に戦うのが、人として正しいのではありませんか?叔母上が仰ることこそ侵略に聞こえます」


アンディがそういうと、リリアナは「そんな悠長なこと!」と吐き捨てる様に言ってから、


「これは予言では無く、十年のうちにはライトンがエベルネージュを攻めて来ます。人は平和には過ごせない生き物なの。隣の国で小麦が多く取れるのを羨まないのは無理なのよ。今まで攻めて来なかったのは、勝てる見込みが無かったというだけ。逆にエベルネージュがライトンを攻めなかったのは、攻めるだけの価値をライトンに見出していなかったからね。今は国力が弱って戦費を捻出するのが困難だからというのもあるわね」


「何故、叔母上にライトンの侵略がわかるのです!?百年平和に過ごせる可能性もあるとは思われないのですか?」


「アンディは…リクソール家は疑うのに、ライトンの人達は、見えないから良い人たちだと信じられるの?それともそうあって欲しいと思っているの?」


「…やはり、私達だけで決められないと思います!叔母上も輸出の勧告の件は考え直して頂けませんか?今回矛を収めて頂ければ、父上やリクソール侯爵とも相談出来ます。焦る必要は無いのではありませんか?」


アンディはたいぶ熱くなってしまっているリリアナを落ち着けようと、先送りにする提案をした。これは、アンディも自分でリリアナを説得したかったが、リリアナはどうあってもライトンを攻めるのを諦めてくれそうに無かった。


「焦る理由はあるわ。この査察の結果を出さないと、私達セフィールに見限られるわ」


「「は!?」」


今迄、二人の話し合いを見守りつつ、気配を消していたライナスまでが、素っ頓狂な声をあげてしまった。


「保身で言っているわけでは勿論ないのよ?このままで帰ったら、ローゼ領はひどい目に遭わされるわ。私も、今回の査察メンバーも左遷は勿論だけれど、元々の不審な小麦の輸出に、安すぎる薔薇と、もう大体の目星を付けられていて私達が是正の必要なしと帰ったら、その報復でおそらくローゼ領の全体の税率を上げろと言ってくるでしょう。元々、ローゼ領の税率って、他の領の平均の半分くらいなのよ!?困窮しているなら税率が低いのも仕方が無いけど、これ程豊かな領で平均所得も高いのに、税金が安いのを今迄お目こぼしされて来たのって、今までの室長達が、単にローゼ家が怖くて言えなかったのよね。セフィールは同盟関係にあるからというのと、レティシアが嫁ぐ領だから、親心ってところね。これで問題を先延ばしにして帰ったら、ただでさえ怒っているのに、レティシアが嫁ぐのさえ渋りかねないわ。結婚しても子供を産んだらリューク兄様への義理は果たしたとばかりに、レティシアをリクソール家に戻すという選択肢も、どうやらセフィールの考えには有るみたいなの」


見限るという意味がアンディやローゼ家およびローゼ領にまで及ぶというのが、リリアナの言い分だった。


確かに今言われた措置をリクソール侯爵に取られたら、ローゼ家には大打撃だ。税率が低いから、領民が定住してくれているのだし、レティシアが嫁いで来てくれなければ、リクソール家とローゼ家との同盟関係にヒビが入ったと見られ、いくらローゼ家といえども、社交界で色々な家の仲人を引き受けて人脈を広げているリクソール家と袂を分けたと認識されるのは、都合が非常に悪い。


「しかし、税率は低いですが、物価が高いので、国に払う税金自体は帳じりが合っていると思います。特にローゼ領が他領よりも税を少なく払っている訳では無いのですから、こちらが権力を笠に着て横暴な事をしている訳では無いと思っていますが、監査室ではその辺は考慮して頂けないのですか?」


「それは、多少は考慮にいれているけど、じゃあ民への税率は他と同じにして、物価を下げてくださいっていう話になるわ」


アンディは無言になった。物価を下げるには小麦の買取価格を下げることになり、収入は減るのに、税金は上がるという具合だ。物価が下がって暮らし向きは悪くは成らないかもしれないが、領民からの印象は最悪なものになるだろう。


アンディにも、ここで悪手を打つと、正当な手段でひどい目に遭うと言う事がよく分かった。皆がリクソール侯爵に睨まれたら終わりだと思う訳が分かった。


リリアナが言う以上、脅しなどではなく、本当に起こる事で、なおかつ百パーセントの親切心からの忠告だった。


有るかも知れない戦争よりも、絶対にあるセフィールの天災もどきの方が、不謹慎だが、百万倍恐ろしい。


兎に角、人災回避の為にリリアナとアンディで、この場でライトンとエベルネージュについての対策を決めなければ成らないとアンディも腹を据えた。


「ライトンが攻めて来ない可能性は無いと叔母上はお考えなのですね」


「ええ。こちらからの供給が止まった時点で攻めてくるわ。供給が止まらなくても、自国が強くなれば、侵略しようと思う者が出てくるわね。既に武器など詰め込める様な船を造っているのだから、猶予はあまり無いと思うわ。アンディはこちら側が侵略する事に抵抗感があるのでしょう?あちらが攻め込んで来たら、当然戦うわよね?」


「それは当然です。私が先頭切って戦いにでます」


「アンディはローゼ家には珍しい武闘派ですものね。頼もしい事だわ。領主嫡子が戦いに出られるのは、外交面的にも理想的だわ。それで私に考えがあるのだけど、アンディも領が大事とはいえ、エベルネージュの民にも被害が出ない様にしたいわよね。勿論ライトンの民も」


「それは勿論ですが、そんなに都合が良く行くものなのでしょうか?」


「いかせるわ。そうは言ってもアンディに頑張って貰わないと成らないけど、本当に防衛戦だったら戦いに出てくれる?」


「はい!」


「では、エベルネージュと連絡を取って、王都からの監査で、国外に小麦を輸出出来なくなったと伝えて。

エベルネージュからライトンには、一時的な国交断絶を宣言させて頂戴。こちらは無償で助ける側なのだから、無理だといっても吞んで貰う事にして。エベルネージュの城を守ると言って、城をローゼ領の兵で囲んで軟禁状態にして大人しくさせておいて。

ライトンの船が国境付近に現れたら、船は大砲で海に沈めちゃっていいわ。略奪者たちをみせしめる事で、諦めてくれれば、こちらも無駄な殺生はしないで済むし。

それでも向かってくる船があれば、こちら側の岸につかせれば、エベルネージュの武器を持たない民が犠牲になってしまうのだから、容赦なく全て沈めなさい。

そして向かってくる船がなくなったら、ライトンに渡って、大きな船は壊して来ていいわ。兵がいっぺんに沢山乗れるような物を残しては、エベルネージュの安寧は守れないもの」


「エベルネージュには、無償でただ助けるのですか?ライトンに行かせるような事を言ってらっしゃいましたが、彼らは簡単に従わないと思いますが…それに急に他国の者が統治者だといって、民は怯えてしまわないでしょうか?」


「ライナスは、エベルネージュのまともな貴族リスト持ってるわよね?レイモンドに調べる様に言われたでしょう?」


「は、はい。真面目に民を想って領地を守っている方々のリストはあります」


「まったく!レイモンドったら、アンディとライナスに押し付けて、アーデン領に逃げてしまったのだから、作戦にはこき使ってやるわよ!」


「叔父上は、アーデン領にも査察が入るから帰られたのでは?」


リリアナはフンと鼻を鳴らして、「エミールを呼んでも良かったし、私達と一緒に移動しても間に合ったのに?」とアンディに向かってわざとらしく肩を竦めて見せた。


「レイモンドも逃げたからには、現状把握はしてるみたいだから、武器を持ってそろそろローゼ軍と合流しているでしょう。私の個人所有の宿にも、定期的に新しい弾薬を置かせて貰ってるから、そこから船を沈める為の砲弾を持って行っていいわ。セフィールにやらせたら、嬉々として打ちまくってくれると思うけど、アンディがやった方が、今後のローゼ領の為に良いと思うわ。辛いと思うけど、相手が侵略者だという事を忘れないで」


「わかりました。泥棒を家に入れない為に戦うのは、私でなくとも、領軍の皆が理解しています」


アンディも、前門の虎後門の狼の状態では、平和的な解決は無理な事だと、民の犠牲を一人も出さないという気持ちに切り替えた。戦いを決めた以上は、自分が総大将である。万が一の事があっても、ミゲルがいてくれる事に感謝した。


「では、ゼファーは王都に速攻で帰らせてセフィールに伝えさせたから、セフィールが、兵と武器を持ってやってくると思うけど、理想としては、セフィールが着く前に片づけておきたいところね。でもリクソールは保険だから、ローゼ領の国境の守りでもしてもらいましょうか」


アンディが勇ましいリリアナに「叔母上が総指揮官のようですね」と苦笑を漏らした。


「リューク兄様がいない以上、私がローゼ家の総領娘として戦うつもりよ。レイモンドもセフィールも私の指示に従ってもらうわ。他国と国境を接した領に生まれたからには、こういう事態を何度も考えたし、備えて来たのよ。セフィールやレティシアとだって、色々な場合を想定して、どう戦うかについて、皆で議論になったわ」


「叔母上は、嫁いでもローゼの姫なのですね」


「うーん…ローゼの姫の母っていう感じかしらね。レティシアを産む前から、そういう風に決まっていたんだもの。離れても、ローゼ領は自領も同じだと思って来たわ」


そう言ってリリアナは、ばつが悪そうな顔をした。


♢♦♢


アーデン領の査察を、ローゼ領から出してもらった護衛を増やして、ルイスとマチルダ二人で行って貰うことにした。普段レイモンドが居ない以上、優秀な領主代理がいるだろうから、アーデン領の心配は要らないだろう。


ルイスとマチルダも、ゼファーが突然王都に帰ったり、リリアナの緊迫した様子から、緊急事態が起きている事を察して、ローゼ領の事はリリアナに任せて、アーデン領の査察を二人でしっかりして来ますと言ってくれた。


二人にはそのまま護衛と共に王都に帰るように言った事で、顔色が二人して急に悪くなったが、何も聞かずにアーデン領に向かってくれた。


♢♦♢


リリアナが正式に(内々でだが)総指揮をとる事になって、作戦はスタートした。


まずは、案の定、ローゼ軍に隠れていたレイモンドを見つけ出して、大量の兵士と共に、エベルネージュの城に、使者として交渉に行って貰った。しばらく城の周りで野営をして過ごして貰う予定なので、日持ちする食料も持たせた。


副領主が直々に来た事で、エベルネージュの国内も騒然となり、自分の身が可愛い貴族たちは一斉に城に身を寄せて、ローゼ領の軍に守って貰う事にした。


ライトンは、小麦が手に入らないと通達があった途端、戦の準備を始めたと、先に潜入させていた間諜から、レイモンド経由でローゼ領にも連絡が来た。


「ライトンからは、入国が禁止されているのに、よくライトン内の情報が入手できましたね」


アンディが不思議な顔をして聞いて来たので、総指揮官(内々)のリリアナは、内容によって色の違う狼煙を用意していて、攻めて来るようなら一番ばれにくい白い焚火でもしているような狼煙を長時間上げる様に決めていたと教えた。


「相手がもしも平和的だったら、赤い狼煙を上げる様に言ったのよ。もしも良い人達だったら、狼煙が上がったのが分かっても、そう酷い事にはならないでしょう?」


流石、戦争時の事を家族で話し合って戦略を立て、常に用意して来ていた事が分かるリリアナの説明に、アンディは成程と深く納得してしまった。


エベルネージュの厄介な貴族は、城に引きこもってしまったので、残った領主に、ローゼ領の軍が通るが、王の許可を得ていて、エベルネージュの民を傷つける様な事は決してしないというアンディからの誓いの書状を渡して、ローゼ軍が通る事を民にも通達してほしいと頼んだ。


狼煙確認直後に、先発隊が大砲と砲弾を運んでいたので、アンディ達もテントや寝袋や食料などの物資を持ってライトンとの国境に向かった。


二日野営して様子を見て、夜に来襲して来る心配もして見張りも立てていたが、朝日が昇って漁にでも出るような時間に、エベルネージュに向かって船団が向かって来た。


「暗い内なら、こちらも難儀しただろうな」


とアンディが呆れて言うのに、腹心のトールたちが頷いて、次々と砲弾を浴びせかけた。


船は横並びで十隻以上の軍団だったので、どこを狙っても面白いほど当たった。船というのは脆いもので、一撃でも食らってしまうと、途端にバランスを崩して海の藻屑と成ってしまう。


全部の船を沈めるまで砲弾を打ち続け、泳ぎ着く者がいるはずと警戒しながら銃を構えたり、剣を手に敵が来るのを待つと、やはり泳ぎの上手い者が多いのか、随分遠いところで沈めたのに、岸に辿り着いた者が数十人いて、即座に銃撃が行われた。


ローゼ領の兵は、皆、実戦は初めての者ばかりで、人を殺すことに忌避感は強くあったが、自分たちは軍人であるという誇りで、ただの人殺しとは違うという矜持を強く持ち、向かってくる相手を撃ち抜いた。


ライトン兵は崩れ落ちながらも、海の中に潜って、逃れようとするのを砲弾で爆撃し、アンディ達は敵を殲滅した。


暫くは、皆は口も利けなかったが、トールを始めとする部隊長クラスの者たちが、「警戒をまだ解かない様に!」と喝を入れ、その後は交代で見張りをして、翌日の夜まで敵の攻撃が来ない事を確認して、小舟に乗り込んでライトンに潜入した。


そしてライトンの港に残る船を爆薬で吹き飛ばして、人が来る前にまた小舟でエベルネージュに戻った。


そこからは兵を三部隊に分け、交代で、一番近くの領主の家を借りて、海水や汚れを流し、リクソール軍がローゼ領に着いたらしく、領軍のものではない柔らかいタオルや着替えなどが届けられていた。馬を面倒見る者も遣わされた様で、餌や新鮮な水を与えられて、ブラッシングまでされた軍馬達は、人間よりも余程ピカピカにされていたので、有り難いが、リクソール軍の徹底したケアに、「怖すぎる…」と兵の一人がポツリと漏らした。


ゼファーは多少ですが、ローゼとアーデンに命を狙われるかもしれないという危機感がありました。色々な思惑の人達がいるので、リリアナも用心させました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ