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アンディとライナスは、ゼファーと共に別室で隣国との輸出入管理の帳簿を見ていた。
普段はレイモンドがほとんどの事を取り決めているが、嫡子であるアンディは、軍部にもよく演習に混じって参加する傍らで、事務部門にも口出しはしないが、レイモンドの横に置かれて色々な事に関わったので、最終的な結論を任せられるくらい領政に携わっていた。
ゼファーが隣国への輸出の値段について聞いてくるのに対して、セフィールが裏で手を引いてなければ、答える価値もないと追い払ってしまっただろうと思うと、身内以外の人間に対して傲慢である自分を少し省みながら深くため息をついた。
「ですから、ゼファー殿が仰ることは、完全に内政干渉にあたります。幾らで他国に薔薇を売ろうが、王都の監査室に関係がありますか!?」
アンディが少し怒りを込めてゼファーに抗議をすると、ゼファーは「無関係ではありません」ときっぱりと言った。
「輸出の金額が増えれば、国に治める税金の額も変化します。他国に輸出されているのは、他国の王族や貴族向けの筈です。このように安く売っている理由をお尋ねしているのです。王都までは輸送費がかかるのは理解致しますが、それを引いても納得がいく金額ではありません。あと、隣国も自給自足出来る石高の多いところだと認識していますが、ローゼ領から買った小麦をどうしてらっしゃるのでしょう?最悪、戦の為に備えられているのかも知れないというお考えは、1%もお持ちで無いのですか?」
アンディはため息をこらえつつ「何事も可能性はゼロでは無いというのは分かります。戦は国内でも起こらないとは言い切れませんから…。隣国に小麦を卸すのは、隣国に売るのが一番輸送コストが掛からずに利益率が高いという点があります」
と薔薇については置いておいて、まずは小麦の方の説明に入った。こちらの方が領の収入の比率が格段に高い為だ。
アンディは、ライナスに機密事項の記載された調査書を持って来させた。
「これは、監査室だけで留めて頂く必要がある事です。ゼファー殿に誓約のサインを頂きたいのですが、よろしいですか?」
「監査室に居れば、守秘義務自体が存在しますので、上司以外に話しません。法に触れていないのが前提条件ですが」
アンディは「ではサインしても問題ないですね」と早くと急かして、ゼファーに誓約書に強引にサインさせた。
「では、これから説明することは、基本ここだけの話にして下さい。上司には、リクソール候には何といっても構いませんが、それ以外でお話が漏れた場合は、マクドウェル領に損害賠償請求を致しますのでそのおつもりで行動なさって下さい」
「私は分家です!それに、監査室の人間がおいそれと機密を漏らすようなへまはしませんので、ご存分に何でもお話になって結構です」
ゼファーも成人したばかりのアンディに脅される様な事を言われてカチンと来たので、いつもの優雅さはかなぐり捨てて嫌味たらしく言うと、それに対してアンディは大家の跡取りに相応しく悠然と微笑んで見せた。
ゼファーもサインをもぎ取られたり、余裕がある顔を見せられたりと、少々ここまでで、してやられている感があるので、相手の弱味を握って形勢を逆転するために目を皿の様にして機密書類に目を通した。
「これは、他国の財政状況ではありませんか!?どうやってお調べになったのですか!?」
驚くゼファーに、アンディは事も無げに「直接聞きました」とさらりと答えた。
「まさか王族にですか?」
「ええ。答えてくれたのは宰相殿でしたが、こちら側の事情も話したら、ローゼ領にならと開示してくださいました」
スパイなど送り込む手もあるが信頼関係が崩れるので、真正面から聞く選択をローゼ領主がした事に、最初こそ隣国も酷く驚いたが、レンビィア国が攻めてこない理由が、ローゼ領がそう仕向けている事を長い時間と手間暇を十二分にかけて理解してもらった。
理解することができた隣国エベルネージュは、ローゼ領主に縋って来た。ローゼ領主もレンビィア国の一領主に過ぎない存在の為、全面的に協力は出来ないが、たとえ戦争になったとしてもエベルネージュの民の命は守ると約束し、その対価としてエベルネージュの情報を得ていた。
いくら国力の差があっても隣国が攻めて来ない保障は無いので、備蓄食料や武具などの備えをさせないようにする為にローゼ領も苦心した。勿論穀物の輸出など考えられなかった。
しかし、エベルネージュの隣の国はライトンという小国で海を隔てているのだが、穀物の生育環境に適しているとはいえず、エベルネージュからの輸入に頼っていた。ライトンの先は海が続くばかりなので、ライトンは海の資源で真珠や牡蠣などの養殖や漁業、更に水産物を加工に力を入れていた。
エベルネージュも肥沃な土地とは言っても、隣国の小麦まで賄えず、ローゼ領に打診して輸入出来る様に交渉して来た。
レンビィア国とライトンは国交が無いので、ライトンの海産加工物や塩などをエベルネージュを通して輸入し、ローゼ領の小麦は良質な事もあってエベルネージュの富裕層向けとし、エベルネージュ産の小麦をライトンに輸出することになった。
ライトンも全く穀物が取れない訳では無いのだが、海で簡単に食べ物が取れるとなると、農業従事者が少ない。まして枯れた土地で苦労するよりも、隣国から輸入する方が楽だと考えた。エベルネージュの方が大きな国だが、船の技術はライトンの方が上の為、戦になれば食料を求めて激しい戦いに成ることは容易に想像が出来た。
エベルネージュは、両方向からの攻撃に防衛する力が無い為、全面的にローゼ領を頼る事にした。
ローゼ領も、小麦の輸出を断った場合、エベルネージュとライトンの両国がローゼ領に攻め込んで来る事を危惧した。この時点で両国と戦って海洋資源を手に入れるか、平和的に貿易するか選択を迫られた訳なのだが、戦争になったらローゼ領の兵士が戦うが、それはレンビィア国の兵士としてになる。
ローゼ領が死ぬ気で戦って手にいれたものは、国のものとなる。褒賞として領地は増えるだろうが、国の直轄地がローゼ領の直ぐ傍に置かれる事は、領としては絶対に避けたい事なので、隣国と上手くやる方が得だと判断することになった。その他、戦に勝っても難民が流れて来たりと領の負担が大きいなど、理由は多岐にわたる。
そして小麦を高く売る事で、エベルネージュが備蓄など出来ない様にしたのだが、ローゼ領から買う小麦が高価で、ライトンに売る小麦が安い為、エベルネージュの財政が厳しくなった。
だが、対外的にレンビィア国にも勿論ライトンにも、内情が苦しいのが知れるのはよろしくない。
ローゼ領もエベルネージュが少し苦しい位の方が、軍事力的に良いのだが、それが国の上層以外に知れ渡ってしまうのは避けたい。そこでローゼの薔薇を安価で提供して、小麦と一緒に運んだ。
宝石のようなローゼの薔薇を、王宮に飾りたてるエベルネージュが困っているとは思われず、国内貴族にも王家の内情は、上層部のみしか把握されていない。ローゼ領からの贈り物の認識なので、イオの花屋とほぼ同額の値段で売られている為、監査対象になった。
しかし、小麦を安く売る事はローゼ領もしたくない。
エベルネージュの財政状況と、エベルネージュが把握しているライトンの状況が書かれた書類をゼファーに見せて、今までの歴史と、ライトンも国として体を成して来たのが近年な事など、アンディは隠さずに説明した。そして最後に「ローゼの薔薇の売価を上げる事は、ローゼ領としては考えておりません」と静かに言った。
ライトンが台頭して来ている状態の今、エベルネージュと関係を悪くするなど出来ない。そうなると、安くするのは小麦の方になるが、それは国の方も反対するだろう。
セフィールはローゼ家と同盟関係にあるが、機密を教えあう事はしない為、輸出額の薔薇の値段に何らかの癒着があると考えて、ゼファーを送り込んだが、ゼファーもセフィールに報告はするが、考えていたよりも壮大な話になってしまって、「この件については、今回の責任者のリリアナ様と相談してから、もう一度アンディ殿と話を詰めさせて頂きたい」と一旦引き下がざる得なかった。
ゼファーは、まるで平和を象徴するように、綺麗な薔薇が咲き誇る長閑なこの地が、国の命運を握っている状態である事にショックを受けた。そして急に明かされた真実の大きさと深刻さを思うと、どう処理する選択が最善なのかと、ぐるぐると回ってしまい、直ぐには考えが纏まらなかった。




