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ローゼ領の小麦を何店舗かで購入して、値段を見ながら品質をチェックした。篩にかけたりして混ぜ物が無いか見たりしたが、王都などのよくある粗悪品などは一切なく、香りのいい良品だった。


マチルダが、「ここでは、もう少し小麦が安く売られていると思ってましたが、質が良いとはいえ高いですね。リリアナ様がローゼ家にいらした頃から変わりないのですか?」と聞いてきた。パーシヴァル伯爵領では品質は劣るものの、値段が半分くらいらしい。


「ローゼ領では、昔から食べ物の値段は割合高いと思うわ。領主の小麦の買い取り値段がそもそも高いから」


主要な作物は領主の元に買い取られてから、小売り業者に卸されるので、最初の段階が高いと売られる額が高くなるのは当然のことだった。


「ですが、この飴などはかなりお安いですね。砂糖はどこでも貴重品では無いのですか?」


ルイスがそう聞いてくるのも尤もだとリリアナも頷く。


「ここでは、出来るだけ小麦農家が優遇されるようにされているのよ。領で消費出来ない分は王都や、隣国に輸出することで捌いているけど。買取費と輸送費を考えたら、隣国はともかく王都で売るのは完璧にボランティアよ。明日、それについての帳簿を見たら、よく王都に卸してるって感心すること請け合いよ。それに対して砂糖は地産地消なの。よその値段なんて知ったら領民もびっくりすると思うわ」


「そうなのですか!リリアナ様が今回いらっしゃるだけで、とても勉強になります」とルイスがローゼ領の独自ルールに目を丸くした。


「裏事情が分かりやすいという点では、私が来て良かったかもしれないけど、査察としては向かないわよね。ここのルールが間違っているかどうかが、私には当たり前のことばかりで、目につくのはうちのリクソール領との違いくらいだもの」


リリアナがそういうと、ゼファーがうっとりとした口調でセフィールの領を誉めそやした。


「リクソール領は、自領と隣りあわせの関係で、以前室長のお招きで伺わせて頂きましたが、街道の整備が素晴らしかったです。あと領都は王都にも負けない賑わいでしたね~。流石室長の領だと思いました」


皆が生温い目をゼファーに向けるが、ゼファーの室長崇拝は全く歪みがない。


ルイスが「ローゼ領とリクソール領では、何が一番違うとリリアナ様は感じられるのですか?」と聞いて来た。


リリアナは、「王都と近いから、リクソール領は便利だわ」と笑った。もちろんルイスが聞きたいのは政策面での話だと思うが、政策面でもやはりかなり便利なのだから、それに尽きると思う。


「あとは、川魚では無くて、海の魚が新鮮なものが手に入るわね。ここでは干物が隣国から輸入されるくらいだから。スモークされたものとかも美味しいけど、新鮮なものは食べられないものね」


此処にいる王都に住まいの者は簡単にクロフォード領から運ばれたものを食しているが、領ではクロフォード領と隣接しているマクドウェル領出身のゼファー以外はローゼ領と状況が重なるので、マチルダも「確かに王都と近いと便利ですね。それこそ小麦の運送費もかかりませんし…」と自領の事は夫のセドリックに任せているが、リクソール領に本気で価格競争など始められたら領政が立ち行かなくなってしまう事を危惧した。


マチルダの目に心配する気配が宿るのをリリアナが見てとると、「リクソールはパーシヴァル伯爵家が困ることはしないわ」という。しかしリリアナの実家であり、レティシアが嫁ぐ家でもあるローゼ公爵家を困らせているセフィールが、従弟の婿入り先をそれほど優遇してくれるものなのだろうかとマチルダは思ってしまう。しかしそれを口に出せないので曖昧な微笑みをリリアナに返すと、リリアナは「セドリック様のご出身のエインズワース伯爵家は、完全なリクソール家の唯一の分家だから、セフィールはパーシヴァル伯爵家にも、それに準じる家と認識しているから、分家は主家が守るものと思っているわ」


だから心配しないでいいと、マチルダに告げた。普段からセフィールの職場での悪逆非道さが自分にだけ向けられない理由が、マチルダも十年以上経ってはじめてわかって驚いた。分家扱いだったのかと…思ってもみない衝撃な真相だった。


確かに主家が分家を守り、分家は主家に忠誠を誓い盛り立てていくものだが、パーシヴァル家の主家は、紛れもなくローゼ公爵家である。


それを踏まえてマチルダにまで、準分家として優遇されるだけでは申し訳ない。マチルダは今迄、リリアナが自分を取り立ててくれているお陰で、リクソール侯爵に優遇されていると思っていたのだが、とても信じられない理由に、これから主家と仰ぐ事は出来ないので、後日夫であるセドリックに相談しようと真剣に思った。


♢♦♢

後日社交の為に王都に来たセドリックに、真剣にリクソール家の分家には成れないと相談すると、セドリックに大笑いされた。元々、セフィールから領主稼業の指導を受けているセドリックからすれば、パーシヴァル家とその分家、そしてその領民を守護する責任だけを考えて動く様にさんざん最初に言われて来たので、リクソール家を盛り立てる為に何かしてほしいとセフィールが考えていないとはっきりと断言出来た。


パーシヴァル家を親族家扱いしてくれるのも、セドリックがきちんと領政を合格基準でこなしている事が最低条件として根底にあるだろうし、セドリックの父がエインズワース伯爵位に就いたときに、ようやく血で血を洗う後継争いが終わった事に気を良くしたセフィールが、ユアンとセドリックにも破格な待遇改善をしてくれた。その良い余波がきまぐれにマチルダにも自然に行っただけだろう。


そして、娘がもう少しで婚約者を決めても良い年頃になってきた今、きっとパーシヴァル家だけでなく、リクソール家ゆかりの姫として、リクソール家にも役に立つところに嫁がせるつもりだろう。それについては、娘のエステルの価値をローゼ派閥の中堅伯爵家の娘から、リクソール家ゆかりの姫という底上げをして良い条件のところと縁を結ぶ事で、両家及びリクソール家の為になるのなら、セドリックとしても願ったりであるので異論は無い。ただセフィールの親切は、何にしてもセフィールに認められる事を達成させている事が最低条件だとセドリックは認識しているので、マチルダがセフィールのお眼鏡に適ったので発動された現象なので、マチルダ自身がそこまで感謝する事も無い。いろんな条件とマチルダの実力が重なった偶発的なものなので、主家扱いなどしたら馬鹿なのかとセドリックを罵ってくるに違いない。ローゼ家の庇護を受ける家で、尚且つローゼ領とも近い領地にあるこの家がそんな馬鹿な事を仕出かしたら、ローゼ派閥から総スカン状態になってしまう。


なによりも、自領が富ませ、治安維持に努めろと教えを受けた事を忘れたのか!?とあの青い瞳が怒りで燃えるようになるのを想像しただけで寒気がして来てしまった。


とにかくセフィールは、見返りは間接的なもので自ら手に入れる主義なので、こちらには特別なにも望んでいない事を懇々と説明してマチルダを落ち着かせた。


元々悪魔なセフィールに、悪意を向けられなかったからと感謝するのもおかしなことなのだとセドリックは思うが、マチルダは完璧に監査室の悪習に毒されているか、洗脳されてしまっているようで、自分の従兄の性格をよく知っている立場から、かえって血の繋がる者として申し訳ない気持ちになった。


♢♦♢

このマチルダの悩みは後日こうして解消されることになるのだが、この査察で、主家であるローゼ家に対して少しでも不利にならない様にとばかり思ってしまっていたマチルダに、官吏として忠実であるべきだという気持ちが戻って来た。他の領と同じくらい真剣に仕事をしなくてはならないと思った。


そう考えが纏まると、政務の疑問点をいくつか、与えられた客室で書き連ねた。今日は帳簿を王都への申請と税額が一致しているかを重点的に確認した。


流石に副領主アーデン候が指揮をとっていて目を光らせている為、不正なども無く誤魔化しようもなく査察官としては指摘の入れどころも無いものだったが、それは領収に対してきちんと国税が支払われているという確認なので、国の視点から民の暮らしぶりなども含めて明日からは、今まで入った他領との差も含めて見ていかなければならないと思う。


リリアナが答えてくれるローゼ領の事柄は、監査室に十年以上いながら、初めて知る事ばかりで、自領の事に携わっていないマチルダにとっては驚くことばかりで、他領と比べてもローゼ領の政策は奇抜で興味深かった。





♢♦♢

一方王都では、メルヴィナを側妃にするべく、リュークとセフィールで調整して、ようやくひと段落着いた。セフィールが協力してくれる謂れは無いのだが、リュークは協力してくれたお礼にローゼ家の晩餐に招待することにした。


「いまは妻もローゼ領に行っているので、普段の晩餐にいつもよりも良い酒を持って来させることくらいしか出来ないが、家に寄っていってくれ。ついでに良かったら泊まっていって欲しい。レティシアに会いたいから手伝ってくれたのだろう?」


「ええ。リューク殿ならそう言ってくださると思ってました。お言葉に甘えて今日はお邪魔させて頂きます」


と余程レティシアに会えるのが嬉しいらしく、リュークに普段見せないほど素直に頬を緩めた。


「メルヴィナ嬢が先に城に上がれるようにしたのは、上策でしたね。クロフォードが正妃でという注文をつけたのを逆手にとって、早々に城に入れる算段をつけてしまわれたのは流石ですね」


セフィールがリュークに「貴方も結構、やる事がなかなか悪どい」と、くくっと喉を鳴らして笑った。


「メルヴィナにはあまり期待出来ないが、側妃とはいえ、王家にローゼ派閥の侯爵家の長女なのだと、正妃に劣らぬ扱いをさせる為に手をまわした。ジュリアン王子には、政治上も上手く立ち回れる教育は一通り叩き込んでいるから、たとえ気に入らなかったとしてもないがしろにするような事は無いだろう。陛下の教育が失敗しているから、家臣一同でジュリアン王子には、選りすぐりの教育係をつけたからな」


「その割には、あまり聡明な印象は受けませんね。教育失敗していませんか?」


国の王子に対して相当失礼な事を言っているが、資質がアンディやルシアンと比べると、リュークも不敬だとは思いながらも、国王としては十分でないと思う。


「教育係も、王子に厳しい態度を取れるものを選んだつもりだったが、ジュリアン王子は人誑しであらせられて、周りの懐柔が上手い。この辺はランドールの血筋なのだろうな。それはそれで王者の才能といえなくも無いのだが、陛下にも似て甘え上手でいらっしゃる。そしてたった一人の王子だと、周りから大事に甘やかされるのまで、私が止めることは出来ない。セフィール殿からすれば、相当に不足なところがあると思うが、王家が政治的に国民に尽くすべき事が存在意義だと言う事は、私も教師たちも教えて来た。後は、臣下である我々や、次世代達で助けて行くしか無いだろう。あのジークが王でも何とかなって来たのだから、平和であるように力を尽くすしか無いな」


セフィールは、「相変わらずリューク殿は苦労性だ」と言ってまた笑った。


先触れを出していたお陰で、ローゼ家に着くと、美しく着飾ったレティシアが、ローゼ家の女主人として采配を振るってセフィールの好物を用意させて待っており、小さなダイニングでリュークと三人で楽しい晩餐となった。


ミゲルや前ローゼ公夫妻には、レティシアが父と久しぶりにゆっくりと話したいと、遠慮して貰った為に三人だけだったのだが、セフィールがとても機嫌を良くして、横にいるレティシアに「ローゼ家での生活はどうか?」と少しだけリュークに申し訳無さそうな顔をしながら聞いた顔は、仕事の時には見せない父親の顔だった。


レティシアは「勿論何の不足もありませんが、お父様がお顔を見せて下さって大変嬉しいです」とセフィールの機嫌を取ろうというのではなく本音がこぼれた。


レティシアも慣れた家から離れて、多少はホームシックに陥っていたみたいだと、父の顔を見て気づいた。


♢♦♢

リュークとセフィールが祝杯をあげて、今日までの成果を祝っていると、レティシアにも話が大体呑み込めて来た。メルヴィナが側妃として上がる事になり、ミリアリアよりも先に王子の宮に入る様に二人が図ったのだと理解出来た。


「それで、メルヴィナ様は、側妃で納得出来るお人柄では無いと思いますが、ルドゥーテ侯爵の反応は鈍くはないのですか?」


レティシアが尋ねると、セフィールが「ローゼ公爵に逆らったら、今度こそあの家も終わりだろうから、首に縄を付けてでも入宮させるだろう。娘も何も年上の禿げあがった男に輿入れするわけでもないのだから、それ程嫌がりはしないだろう。リューク殿はあまり期待されておられないようだが、ローゼ家の助けの手を払う様な娘だから、私も王子の歓心を得られるとは思えんが、王子が生まれれば国母の可能性もあるし、次期王太子の母は、出来ればクロフォード家の娘よりも他の娘の方が良いというのは否めない」と言った。


要は否応なしな話だし、メルヴィナも修道院に行くか、格下の伯爵家のしっかりとした後継が既にいる後妻辺りしか望めない立場なのだから、ジュリアン王子の側妃というのは、悪くはない話だろうとセフィールとリュークが思っているらしい。


レティシアがエミールの嫁への道を阻まなければ、側妃になんて成らなくてもよかったのかもと、同情しかけたが、やはり大事なエミールの伴侶は、エミールと助け合えて更にレティシアの助けにも成って貰う必要があるので、譲れないところだったかと同情とは別として考えたら、レティシアの中でも仕方がないという結論になった。コンラッドとの縁談を断った以上は、ローゼ家としてはメルヴィナに対して精一杯の温情措置といったところだろうか…。


「ミリアリア様とメルヴィナ様が二人妃に立たれるとしたら、私はどういう立ち位置を取りましょうか?」


レティシアは丁度父と舅となる伯父もいるので、リュークには悪いが、両家に良いように動きたいという思いも働き、二人に同時に聞けるチャンスを逃さない事にした。


リュークに「レティシアはローゼ家とリクソール家の娘なのだから、これからも私に遠慮する必要はない。セフィール殿に聞きたい事が有れば、父上なのだから、気軽に相談するといい」と優しく言葉をかけられた。リュークには当然リュークの意向に沿うのは当然なのに、セフィールの意見も取り入れられる可能性がある機会にレティシアが罪悪感を持ちつつ、踏み込んだ発言を思い切ってしたという事がバレバレの様だった。


お酒が入っている所為(せい)か、少し楽しそうにセフィールの出方を伺うリュークに、セフィールは少し嫌な表情(かお)をした。


「ローゼ家次期公爵夫人のお前は、リューク殿かアンディ殿の意向に沿えば良い」


「セフィール殿の意見も是非お聞きしてみたい。レティシアもそう思っているようだし…」


『流石リューク伯父様!』と思うレティシアは目をキラキラさせてリュークを見ると、セフィールが「兄上信者どもめ!」と小さな声で悪態を吐いた。


レティシアは、セフィールに「私はローゼ家の為に動きますが、更にお父様のお役に立つ一挙両得な方法を、お父様なら思いつくと思うのです」と真剣に言った。リュークも笑ってそれに乗って来た。


「私の考えとセフィール殿の考えは、それほど大きく違わないと思うよ。レティシアが心を痛めるのは可哀想だし、此処でお互いの意見をレティシアに言って置いて、レティシアがやり易い方を選ぶって言う事にしてはどうだろうか」


セフィールはリュークが自分と同じ事を言う事が分かっているのに、レティシアにリクソールの意向に沿ったと認識させるのが嫌で黙っていたのに、リュークも結構趣味が悪いと、少しばかりきつくリュークを睨んだ。


「義兄上はどうせ私と同じ事を言うから、私が代弁するが、どちらの取り巻きにも成らなくて良い。お前がローゼ公爵夫人として第三の勢力の頂点に立て」


「ランドール派閥はどちらにも付かないだろうから、四つ以上になるだろうがね。ローゼもランドールも付かないとなると、妃たちに付くのは下位貴族の取り巻き達になるだろうが、王位争いなどにも発展しないくらいの家ばかりになるのが理想的だな」とリュークが付け足した。


「しかしながら、メルヴィナ様はローゼ家の命令で嫁がせるのに、よろしいのでしょうか」


レティシアは気になった事を聞くと、リュークがふぅーと息を吐いて


「ローゼ家自体は正妃に負けないくらいの後ろ盾にはなるけど、女性の世界の(ことわり)まで面倒を見るというのは、メルヴィナ嬢自身にその価値が有れば、レティシアを下に付けてもいいけれど、メルヴィナ嬢に今現在レティシアが(かしず)くような事をさせたら、レティシアの価値が下がってしまう。元々メルヴィナ嬢に付いていた者達と、華やかな側妃の地位に寄っていくローゼ派閥のルドゥーテ寄りの者達が我先にと寄って行くだろうから、レティシアが彼女の事を気にしなくてもいい。まして正妃のミリアリア嬢とは元々友人同士なのだろう?そちらに味方出来ない事の方がよっぽど辛い事になるだろうが、それはあちらもローゼ派閥の側妃に付かないというだけで、友情は繋がっていると内心考えるだろうから、正妃やクロフォード家や中立派も敵に回さないで済む。それがこちらに好都合だというのは理解出来るだろう?」


ローゼ家の命令は絶対で行かせるのに、命綱が細すぎるのではないかという考えがレティシアを苦しめる。あえて家の利益のための悪者にリュークだけがなろうとしているが、本来はローゼ家の後押しで後宮に入るなら人選も良くないし、レティシアが面倒をみてしかるべきと考えるのは違うのだろうか。中立派のミリアリアには、ルシアンの嫁が中心になって囲むことで、本来の取り巻きの形が形成されるのでは無いかと思うのは、レティシアだけなのか…ここにリリアナやローレンシアがいないので、リュークやセフィールが間違っているのではないかと、口に出せない。なんと言っていいのかわからないレティシアは黙り込んだ。


セフィールが、レティシアのリリアナ譲りの正義感がレティシアを苦しめている事を察して口を開いた。


「側妃はセレーネ嬢を推すつもりで義兄上は考えておられた。セレーネ嬢ならばミリアリア嬢よりも殿下の寵愛を奪えると確信していたからだ。レティシアも分かっていると思うが、後宮内での地位は、正妃や側妃ということ以上に殿下の寵がどちらに傾くかで決まる。セレーネ嬢を送り込むのなら、レティシアを全面的に味方にしただろう。セレーネ嬢も賢い立ち回りで、ローゼ公爵家を下には置かない立場をとった筈だ。だが、メルヴィナ嬢に同じ事をしたら、ローゼ公爵家を臣下扱いして来るのだぞ!そこまで愚かで無かったら、コンラッド殿の婚約者となっていたはずだ。側妃にするのは、身分が丁度いいというのもあるが、義兄上なりに、侯爵令嬢としての資質に問題あると烙印を押されて、行き場のないメルヴィナ嬢に対しての最大限の情けだ。メルヴィナ嬢に同格のミリアリア嬢と戦う機会とローゼ家の後押しまでつけているのが、破格の扱いだとお前だって分かっているはずだ。私が義兄上の立場なら、あんな馬鹿娘、駒として使おうとも思わん!門下家の令嬢の中から、とびきり美しく忠誠心に篤い家の娘を選び出す。そうして全力で後押しする方が本当はローゼ家にとって良いと何故気が付かない?同情心で目が曇ったか!お前が本来すべきは、メルヴィナ嬢は修道院に送り、リューク殿の良心が痛まぬようにジュリアン殿下を慕う、条件に合う令嬢を見つけて来ることだろう?あまり私を失望させないでくれ。リューク殿に、いや、義兄上にこの程度の娘がリクソール家の娘だと思われるのは…」


「セフィール殿!言い過ぎだ!レティシアとて分かっている。割り切れないのはまだ仕方が無い。それに、私が門下家に甘いのが悪いのに、レティシアを責めないで欲しい。レティシアは今迄もローゼ家を全力で助けてくれた。それでセフィール殿の機嫌を損ねたのだから、セフィール殿とて良くわかっていながら認めてやらないというのは、天の邪鬼も過ぎるぞ」


リュークがセフィールを止めるが、レティシアは、側妃が本当はメルヴィナで無くとも良いというのは、思ってもみなかった。貴族社会は爵位である程度の事が決まってしまう為、同じ侯爵家のメルヴィナが必要なのだと思っていたが、ジュリアン王子の寵愛を得られれば、それは伯爵令嬢でも構わないのだ。


後宮の事については、レティシアは産まれた時、既にアンディの婚約者だったので、妃になる可能性が無いのであまり内情について知らずにいた。それに今上陛下にはご正妃様しかお妃様がおられず、後宮内での争いも起こっていないので失念していた。


それに側妃とはいっても、ローゼ家よりも上の立場になるメルヴィナが、レティシア個人に対してはともかく、公爵家継嗣の夫人としては、侮られる等もっての外である。セフィールがいつもは甘いレティシアをしかるのも仕方がない。しかもリュークの目の前でローゼ派閥に関する事での失態だ。リクソール家で物分かりが悪かったという話とは訳が違う。レティシアは父がいるうちに聞いて、リクソール寄りの動きもできる様に図った事が、そもそも間違いだったと思い始めた。リュークは同盟関係であるリクソール家の事を重く考えてくれていて、レティシアがどう動くかは『セフィール殿の意見も聞きたい』と言ってくれたが、セフィールはリュークとアンディに聞いて動けとレティシアに、はっきりと言った。


セフィールは、元々娘のレティシアには甘いが、甘やかして育てられて来た訳ではなかった。今の様に叱られる事も多かったが、ルシアンと比べるとかなり甘いということがわかる。そのくらい反対にルシアンに厳しすぎた。


レティシアからするとルシアンは三つも歳の離れた弟だが、流石鬼才のご子息と周囲に言わしめる才気が溢れた子供で、少し周りの貴族の子と交流が出来てくると、己の異常さに気づいた様で最近では目立つ動きは表では控えている様だった。何かする時は水面下で人を使ってするようになっている。


レティシアはルシアンと張り合う気など無いが、それでも父であるセフィールを失望させてしまう様では、ルシアンと他家としてうまく付き合って行くのは難しい。


ローゼ家でこうしてアンディの心配をするばかりでなく、これからは宮廷内のパワーバランスや、自分が動く事で生じる利益と不利益と影響を鑑みなければ成らないと強く思った。


「伯父上に教師を派遣して頂いてもよろしいでしょうか?おそれながら、宮廷事情に詳しい方の教えを請いたいと思います」


リュークは、横にセフィールがいても自分に頼んでくれた事が嬉しく、二つ返事で直ぐにでも手配すると約束した。


セフィールは、「偶には家に帰って来て、リリアナにも聞くといい」とリュークに頼った事に少し拗ねた様子を見せた。


それからは、セフィールも機嫌を直して食事を再開して、レティシアが急遽用意させた料理と酒を楽しみ、


「アンディ殿が帰ってくるまで、リリアナも居ないのだし、リクソール家に帰って来てくれないか?」と酔って来たのか本音駄々洩れ状態で、リュークとレティシアを苦笑させた。


奥様も娘もいない屋敷に帰っているので、自業自得とはいえ、お父様はかなり堪えています(笑)息子?居たっけ?という関係です。

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