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リリアナ達は、一旦領主館に戻る事になった。


昼食を用意されていたからというのもあるが、領政の本業もある文官達を拘束する時間は、通常業務に差し障りが無いように午前中だけと始めから決まっていた事で、続きは明日に予定されており、午後の時間は領内を見て回って、その領の商店などを巡って特に小麦や塩や香辛料などの値段が、領民にとって適正価格かどうかの査定も行っていた。


♢♦♢

公爵夫人であるローレンシアが、来客用ダイニングに既にセットされたテーブルに査察官達を招き、新鮮な野菜のテリーヌや、川魚のマリネなど前菜が運ばせてから、「お口に合わない場合は、給仕のものに言ってくださいませ。他のものもに変えさせますので」とにっこりと微笑みながら大変贅沢な事を言ってから、ダイニングを後にした。


「これだけ贅を凝らしたおもてなしを受けては、厳しい事は言いづらいですねー」


珍しくゼファーが困った顔を見せた。


「昨夜からこうなのだから、もういい加減慣れれば良いのに。ゼファーらしくもない」


リリアナがそう言うと、マチルダとルイスから、「流石に今回は全面的にゼファー殿の意見に賛同します」と言われてしまった。


リリアナは「とにかくローゼ公爵夫人のご厚意は受け取って美味しく頂きましょう」とよく磨かれた銀のカトラリーに手を伸ばした。


皆も王都では食べられない新鮮さと繊細な技巧を凝らした料理に「美味しいぃ」と呻き、マチルダは「こんな生活してたら、確実に服が入らなくなる」とウエストの辺りをさすった。


確かにあのコルセットで締め付けられる事を考えると太れないとリリアナも思うが、カリフラワーのポタージュと鴨のローストが運ばれて来たのを残す気になど更々なれずに完食してしまい、女性陣はデザートは流石に断った。ルイスとゼファーは、ラム酒につけられたチェリーが入ったチョコレートケーキを綺麗な所作で口に入れてから、ルイスが「頬っぺたが落ちそうです」と目を閉じてほ~とため息を付いた。


リリアナは紅茶をいただきながら、いくら美味しくてもこれ以上は無理だとデザートを断った事を少しだけ後悔した。


ゼファーも「リリアナ様達がお断りになったから、このケーキになったんでしょうね。かなりビターな男性向きなケーキです」と感心しきりだった。



♢♦♢

食後に動かなくてはと、皆で馬車を断って散策に出ることになった。護衛は離れてついて来ているが、半数は待機にした。旅の道中は危険もあるので十人も連れて来たが、ローゼ領はとても治安が良く、ぞろぞろと護衛を連れて歩くと、それだけで領民に警戒されてしまう。リリアナを見れば警戒どころか、皆が歓声をあげて迎えてくれるので逆の意味で査察に適さない為、リリアナは染め粉を使って髪を茶色に染めた。


他の皆も貴族がお忍びで旅行に来ているというシンプルな恰好に着替えた。


どうしても高位貴族だと見て取れるメンバーが平民を装うと、違和感が半端ない。色々な領に行く際も大体がこの形に落ち着いた。ローゼ領は風光明媚なリゾート地としても有名なので、貴族のお忍び姿は余所者だとはばれてしまうが、警戒対象には成らない。


貴族だと主張もしていないと領民にも分かるので、上客が来てくれたとどこも歓迎して特産品などを気軽く試食を勧めてくれたりした。


領都で一番賑わいを見せる商店街を回ると、リリアナ以外の三人の目が鋭く細められて、物価の調査をし始めた。


大体のところを見終わってから、適当に買ったものの品質を後から見る事にして、貼られた値札をそのままにして何件かランダムに購入していくと、花屋に行き着いた。ゼファーが目を輝かせて花束を三つ程作らせた。ピンクとオレンジと紫をベースとした物をと注文してから、値段を払う段になって財布から出した金額の何十分の一の金額を言われて、慌てて財布にお金を戻すと店主から「王都からの方ですか?王都住まいの方は必ず驚かれますから」と微笑まれた。


ゼファーも人の好い顔で肯定しながら「それにしても安いですね~」と話しかけた。


店主は「ローゼ領の者は、このくらいの値段でないと薔薇は買わんのです。観光用に薔薇の栽培をしているところがありますので、一年中色々な品種が咲き誇っておりますので、家に飾りたいと思うのは、何かの記念日くらいでして、うちも領主様のお屋敷で買い取って下さる分で何とか商売が成り立っているくらいで」と苦笑した。


皆はここで、花屋がこの大きな商店街を歩いて来て、ここ一軒だけな事に気が付いた。


ゼファーがリリアナに「ここは領主様が保護されておられる店なのでしょうか」と囁いた。


リリアナは「花屋が無いと領主館も困るから、保護というよりもお互い様といった感じね」と店主に聞こえない様にゼファーの耳元で囁くと、店主がリリアナの瞳に気が付いてしまい「紫の花束はリリアナ様のものだと最初から言って頂ければ、もう少し好みに合うものを用意出来ましたのに残念です」と深く頭を下げた。


「いいえ。イオの用意してくれた花に間違いなんて無いから大丈夫よ」と店主のイオのセンスの良さを褒め称えた。リリアナは「それにしても観光客の貴族だとわかって居ながら、持ち歩くのに重くならない様に小さく作ってくれるあたり、相変わらずの商売っ気の無さで驚いたわ!」とおどけた。


「ローゼ領に来て下さった方々に、ここの良さを伝えて頂きたいですから…。それに暮らすのに困らないくらいに領主様からご注文を頂いておりますので」


店主が頭をもう一度下げると、リリアナは「いつもありがとう」と微笑んだ。


イオもリリアナに微笑んだ後、少しお待ちをと言って、リリアナの名が付いた薔薇を奥から数本束ねて手早くブーケを作って、どうかお持ちになって下さいと掲げたので、リリアナは持っていたレースのハンカチを奥様にお土産にと渡した。イオがとても恐縮して返そうとする中、「偶にはプレゼントの一つもしないと逃げられちゃうわ。お花を贈る訳にいかないんだから」と笑って押し返した。


そうして店を後にすると、色々な意味で皆が驚いた様だった。ルイスは「随分と親しい間柄なのですね」

といい、ゼファーは「値段も驚きましたが、種類の豊富さは流石本場といったところです。花束も公爵夫人とリリアナ様とマチルダ様の分と思ったのですが、きちんと高貴な方に贈るポイントを押さえた上品で華やかな出来上がりです」と目を瞠った。


マチルダは「差し上げたハンカチは平民には高価過ぎなのでは?」とリリアナが大盤振る舞いし過ぎではと少し眉を顰めた。


リリアナは、実は、他の花束に比べて、自分が貰った品種だけが特別に高価な物だったことを告白した。


「恥ずかしいのだけど、この薔薇はリリアナという名付きのもので、名付きのものは限られた数量しか作ってなくて、温室で手間暇かけて育てられているから普段は置いていないのよ。公爵夫人がおそらく館に注文したから、お店にも偶々置いてあったのでしょうね。頂き物にお金を払えないから、気持ちで使っていないハンカチを渡したのだけど、価値は同等くらいだから本当はもう少しお返ししたいところだけど、あちらの気持ちを無碍にも出来ないから…。それからローレンシア夫人が嫁いでいらした当時は、私の母と三人でよく店主夫妻に館まで出張して貰っていたから、奥様とも顔見知りなのよ」


ローレンシアが婚約中に慣れないローゼ領で過ごすにあたって、姑との仲を友人であるリリアナが取り持つ目的で、母がローレンシアにいろいろと指導するのを一緒にリリアナも付き合った。やり方は違っても、リリアナも結婚したばかりでリクソールの義母がいなかったので、実家のやり方で女主人の教えを一緒に受けた。それゆえイオとも知り合う事になったのだった。


リリアナが骨を折った甲斐もあって、母とローレンシアとの仲も良好だし(ローレンシアの実母が早世してしまっていて、母を実母の様に思ってくれたというのも大きいが)今回の査察では、こちらが引くほどの見事な歓待ぶりを見る限り、あの当時の事が順調に花ひらいて実になったのだなと、紫の薔薇のリリアナを見ながら思った。


これを今度はレティシアがこなさなければならない。リリアナは、基本的にはレティシアの心配は実はしていない。レティシアがローゼ家に既に慣れているし、ローレンシアも賢く常識人である為だ。


ローゼ家の為に産まれて来たレティシアを粗略に扱える人は常識と教養のあるローゼ家の人間にはいないと思っている。


アンディが一時期拗ねて、レティシアとうまくいって居なかったのは、周りの大人がレティシアを可愛がり過ぎな反面、アンディには次期当主として厳しく接していたからだろうと思う。レティシアが三つくらい歳が下であったならば許せた事も、数か月しか生まれ月が違わない婚約者にばかり甘い顔をすれば、すこしは拗ねようというものだろうと思う。


今はエミールが取り持ってくれてうまく行きだした様だが、いかんせん二人ともまだ若い。


それに、魔王様がいろいろと難癖をつけ始めて、うさを晴らそうとするのが一番困る。


リリアナ達がここにいる原因が、魔王もといセフィールの嫌がらせによるものなのだから、本当に笑えない話である。魔王のしもべのゼファーは、ローレンシアのお陰で随分と思っていたよりも態度は軟化しているが、アンディとライナスに困らせる事を言っているのは、ほぼ間違いないので、アンディとライナスには明日以降も頑張って貰わなくてはならない。


リリアナは査察官として、街で売られているものの値段が適正か、品質などの不正がないか、領政にもついでに手を伸ばす気もあるし、癒着などの汚職も無いか折角の機会なので確認したい。


だいぶ越権行為ではあるが、リュークから苦情が入らないと分かっているので、リリアナも初めは気が乗らない辛い立場の仕事だとげんなりしていたのだが、やり始めたら俄然やる気が満ち満ちて来た。


これから帰って皆で今日の戦利品の評価と、帳簿などの確認など、やることは目白押しなので、魔王のしもべも巻き込んで忙しくさせてやろうと、リリアナは少し悪い顔になった。


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