「このご時世にも自然にヒーローが現れるのか」
ショッピングモールをぐるりと歩き回りながらウィンドウショッピング。
流行りものの映画を観に行く。
オシャレなレストランでランチ。
展望台で夕陽に照らされた町を見下ろす。
そんなデートが小学生の身分でできるわけがないので、ぼくたちはどこへともなく町を歩き回ることにした。
学校の近くだと同級生に出くわす危険性があるため、学校方面を避けて北側を目指す。
観光スポットでもないぼくたちの町は決して見ていて映えるものはないけれど、ゆかりちゃんと手を繋いでのんびり歩いていると新鮮な気持ちになる。
というか、誰かと長い時間手を繋いだことがないので、手汗とか大丈夫かな、とか少し焦る。
ただ、こうして繋いでみて、ゆかりちゃんの手は華奢で柔らかく、ああ、女の子なのだな、と思う。
秋から冬に移ろうとしているこの時期、今のような陽気ならば暖かいけれど、日が沈む前には帰った方が良いかもしれない。ゆかりちゃんが風邪を引くといけないから。
北側を進むと、道路や建物の先に山が見える。ぼくがここで生まれた時から町を見下ろす大きな山。もちろん富士山ほど標高の高い山ではないけれど、ぼくの視界の中で相対的に大きかったことから、大きいというイメージは崩れない。
道なりに進んで北から西側へ歩を進めると、側で車のエンジン音が多くなる。車線も多い広い道だ。歩道も広いので要らない心配だとは思うけれど、ぼくはさり気なく車道側に回り込んだ。
ゆかりちゃんはお礼は言わなかったけれど、息を漏らすような笑みをこぼして、繋いだ手をにぎにぎと動かした。やめてくれ、照れるんだけど。
もっと北へ行くとバイパスがあるため、そのまま西へ進むと、マンションが並んでいた。
この辺りはあまり来たことがない。ここまで来ると学区も違って、友だちが住んでいないからだ。
「あ、夕霧くん。公園があるよ」
ゆかりちゃんが繋いでいない方の手で指差す方向には、マンションを越えた先に木々に囲まれた公園があった。
遊具はなく、ベンチしかないけれど、ぼくの家の近所にある小さい公園の倍以上の広さがあった。
「少し休憩しようか」
「うん!」
公園の前にあった自販機でぼくはペットボトルのお茶、夕霧ちゃんは缶のりんごジュースを買って、公園のベンチに座る。
「ぷはーっ!」と、ゆかりちゃんは気持ちよくジュースを飲みながら、
「結構歩いたね。わたし、この辺は初めて来たよ」
「うん、ぼくも。車でも通らないから」
ぼくが両親の車に乗って出かける時は、このあたりだと少し先の方にある広い道を通るから、視界には入っていたかもしれないけれど、感覚として完全に初めてだ。
「ゆかりちゃん、あんまりデートらしくないかもしれないけど、楽しい?」
「うん」
ゆかりちゃんはにっこりと笑いながら大きく頷く。
「こんなところまで来るの初めてで面白いし、何より隣に夕霧くんが居てくれるでしょう。楽しくないわけないじゃない」
心の中で感涙にむせぶ。
ああ、もうなんで今までのぼくはこの娘を好きにならずに平然としていられたんだろうな。
ゆかりちゃんともっと色んなところへ出かけてみたい。
早く大人になりたいな。具体的には行動範囲を増やすための背丈と経済力が欲しい。
幸福感に満たされていると、公園の入り口の方からガヤガヤと複数人の声と足音が聞こえてきた。
ボールを持った男子小学生たちだ。多分、小学生だと思う。身体が大きいので上級生であることには間違いない。
思わず身構えてしまったけれど、上級生たちはこちらを見向きもせずにスニーカーでラインを引き始める。そして、じゃんけんをして二手に分かれた。どうやら、ドッジボールを始めるつもりらしい。
二人きりでならのんびりしていられたけれど、これでは居心地が悪い。
「ゆかりちゃん、そろそろ行こうか」
「うん、そうだね」
ベンチから立ち上がって入り口へと歩き始めようとした、その時。
あらぬ方向からボールが飛んできた。上級生の誰かが暴投したらしい。コントロールが悪いのに球威とスピードだけはあって、こちらに襲いかかってくる。
避けよう。そう思った刹那、ゆかりちゃんの方を見る。彼女は驚きのあまり身を固めてしまった。ぼくが避けられたとしても彼女に当たってしまう。かと言って、ぼくが受け止められそうな威力じゃない。
せめてはとばかりに、ぼくはゆかりちゃんの前に回り込み、彼女の身体を庇う形で包み込んだ。
当たったら痛そうだな。でも、ゆかりちゃんが痛くなければ良いか。
そう思って、ぐっと目を閉じる。
が、しかし、ぼくの背中にボールが当たることはなかった。痛いどころかぶつかった感触もない。
恐る恐る目を開けると、ぼくたちの前に立ち塞がるようにして男の人が立っていて、ボールを片手で受け止めていた。
「この公園はボール遊びをするのにちょうど良い広さだけど、他の人が居る時はコントロールに気をつけな」
優しげな声でそう言うと、男の人はボールを上級生たちの方へ放って返す。彼らは慌てたようにペコペコと頭を下げる。
男の人はぼくたちの方へと振り返り、
「大丈夫? ケガはない?」
少しだけ身を屈めて、ぼくたちを気遣うように声をかけてきた。……アレ、この人は。
見覚えのある人だ。高校の制服ではなくてラフな私服だけど、この人は七海さんの屋敷で会った……。
「おや、君は確か、雲居夕霧くん?」
彼も同時に気がついたらしい。
「晴輝さん、ですよね。この前はどうも。あと、助けていただきありがとうございます。ぼくは大丈夫です。ゆかりちゃんは?」
「わ、わたしも大丈夫」
ゆかりちゃんは混乱しているようだった。ぼくも似たようなものだけど。
「良いんだよ、たまたま見かけて駆けつけただけだから。間に合って良かった」
このご時世にも自然にヒーローが現れるのか。
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、待ってください!」
ぼくはつい彼を引き止めてしまった。
寺井晴輝さん。彼については思うところがあった。
長話をできるような雰囲気や状況ではない。が、どうしても訊いておきたいことがある。
「晴輝さんって、姉さんの知り合いですよね?」
晴輝さんはぼくの苗字に反応していた。加えて、ぼくの姉を気遣うようなことを言っていた。
これだけあれば、確信は持てる。
晴輝さんは一瞬表情を失ったけれど、再び優しげな笑みを作る。
「ああ、そうだよ。君のお姉さんは僕の後輩だ。それがどうかしたのかな?」
「ぼくは姉さんのことが知りたいんです。姉さんを寂しがらせているものの正体が知りたい。でも、姉さんは教えてくれない。晴輝さんは何か知っていませんか⁉︎」
ほとんど初対面みたいな人にここまで踏み入った質問をするのは失礼だと思う。でも、ぼくは抑えられなかった。この機会を逃してはいけないという、そんな予感があったからだ。
晴輝さんはしばらく考え込むような沈黙の後、眉尻を下げる。
「ごめんよ、僕からそれを話すことはできない。でも、どうしても知りたければ、君のご両親に話を聞いてみると良い。君のお姉さんを想う気持ちが本物ならば、覚悟できると思うよ」
ぼくの……両親。
晴輝さんの言葉は、ぼくの内側にいつのまにかかかっていた霧を払うようだった。
本当はわかっていた。遠回りをしなくても、本当はぼくの近くに……。
「あ、そうだ。この近くには駄菓子屋があるんだ。目的地がないのなら、そこに行ってみると良いよ。それじゃあね」
晴輝さんはそう言うと、颯爽と立ち去って行った。気取ったところがないのにカッコいいと。そう思えるような背中だった。
ぼくは振り返って、改めてゆかりちゃんが大丈夫か確かめようとしたら、ゆかりちゃんから飛び込むようにして抱きしめられた。
え、抱きしめられた⁉︎
「ちょ、ゆかりちゃん⁉︎」
「夕霧くん、庇ってくれてありがとう! わたし怖かった……」
「い、いや、助けたのはぼくじゃなくて晴輝さんが、」
いい匂いと柔らかさで混乱する。
「でも、真っ先に庇ってくれたのは夕霧くんでしょ。だから怖かったのに、それ以上にすっごく嬉しいのっ!」
ぼくは太陽にでも抱きしめられているのだろうか。眩しくて、熱くてしょうがない。
「無事なら本当に良かったよ。晴輝さんも言ってたことだし、これから駄菓子屋に行ってみない?」
「うん! 行くっ!」
ぼくとゆかりちゃんは再び手を繋ぐーーただ繋ぐだけじゃない。ゆかりちゃんは指を絡めてきて、さっきよりも固く繋いでくる。
これって世に言う恋人繋ぎというものでは?
……もう下手にアレコレ考えない方が良いような気がしてきた。
それから、ぼくたちは本当に公園の近くにあった駄菓子屋さんを訪れた。近所にある駄菓子屋さんよりも少し広く、売っているものも多い。
迷った結果、ぼくたちはいつものように当たり付きのガムを買うことにした。
ぼくはハズレだったけれど、ゆかりちゃんはアタリで金券を貰えた。さらにその金券でガムと他のお菓子を買って、またガムで金券が当たった。
ゆかりちゃんは買ってはアタリを繰り返し、十円しか払っていないにも関わらず、三百円近くのお菓子をご馳走になったのだった。あまりに多いので、二人で分け合ったけれど、それでもそこそこお腹が膨れた。
ただ、駄菓子屋のおばさんの向けてくる視線が怖い。インチキはしていないけれど、もうこの駄菓子屋さんには来れそうになかった。ここが近所の駄菓子屋さんじゃなくて良かったよ、本当に。
そして、ぼくたちは来た道を引き返し、ゆかりちゃんの家の前に着く頃には、もう空が夕焼けに染まっていた。
「夕霧くん、今日はありがとう! とっても楽しかったよっ!」
「こちらこそ。ぼくも楽しかったよ」
「また明日ね!」
ぼくが手を振ろうとした時、ゆかりちゃんの顔が近づいてきて頬に小さく柔らかい感触があった。
すぐにゆかりちゃんの顔が離れて、彼女は人差し指で自身の唇を抑えながらウィンクを一つすると、瞬く間に玄関の中に吸い込まれて行った。
……なんかもう。
この夕焼けとぼくの頬、どちらの方が赤くなっているんだろうね。




