「暢気なラブコメは完全に破壊された」
お久しぶりです。また、ぼちぼち頑張ります。
仕切り直し。
別のアプローチから、姉さんに近づく方法を考えなければならない。ちょっぴり反則的な方法で姉さんの過去を知ることができたけれど、姉さんとの距離が一歩縮んだくらいだ。
ぼくはまだ知るべきことを知っていない気がする。
姉さんの寂しさにはまだ他にも理由がある。
ぼくは知りたい。そのためにも、姉さんともっと話しをしたい。
この二日間のおかげで、七海さんのおかげで姉さんと話せる機会が増えた。
進んだ一歩を止めることなく、歩み出そうと思う。
そういえば、あれから程なく七海さんの屋敷から帰ることになったけれど、それよりも前に姉さんと七海さんが連絡先を交換していた。
「香純おねーさん。あなたとはまた別件で相談したいことがあるのです」
「奇遇だね。私もだよ、七海。度を過ぎて勘が良い者同士、話し合わなければならないことがある。そういうことだね」
このやり取りの意味だけはよくわからなかった。
翌日、いつも通り、ぼくは目を覚ました。寒さで目が覚めてから五分ほど布団の中で粘ってから、何とかベッドから這い出て部屋を出た。
一階に降りる前に、隣の姉さんの部屋をノックする。「どうぞ」と部屋の中から返事が来たので、ぼくはそっと扉を開ける。
姉さんが椅子に座って何かの本を読んでいる。もう制服に着替えていて、鞄も足元に置いてあった。
「おはよう、姉さん」
「おはよう、夕霧くん」
挨拶するときは顔を上げてくれたけれど、すぐに姉さんの顔は本のページに向いてしまう。
……本当にいつも通りだ。
ぼくはそのまま姉さんの部屋を出て行き、一階に降りる。
母さんの作ってくれた朝食を取り、先に家を出る父さんを見送り、ぼくが家を出るよりも前にいつのまにか姉さんも家を出ている。
今日も、そんないつも通りな朝、いつも通りな日常が訪れると、ぼくは思い込んでいた。
ここ数日は色々なことがあったけど、その色々なことはまだ終わっていなかったなどと、この時のぼくには知る由もなかった。
家から出てしばらく歩き、家の裏の橋の方に女の子の姿を見つけた。彼女もぼくの姿を見つけたようで、大きく手を振ってくれる。
ふわふわな髪のショートカットに花の髪留め、クリッとした目に形の良い唇が開いている。
「夕霧くん、おーはよっ!」
「ゆかりちゃん、おーはよっ」
柏木ゆかりーーゆかりちゃんといつものように挨拶を交わす。ユカリちゃんとは家が近いので、一年生の頃からこうして待ち合わせて一緒に学校に行くことにしている(何故か久しぶりな気分なので、改めて紹介)。
登校する道すがら、ゆかりちゃんが口を開くーーこれもいつも通りでありながら、どことなく決意めいたものを感じさせる口調だった。
「夕霧くんって、ラブコメの漫画は読む?」
「ううん、あんまり。ジャンプで流し読みするくらいしか」
「わたし、お兄ちゃんの漫画を読ませてもらってるんだけど、ラブコメって基本的に引き伸ばしの傾向があるのよっ」
指を一本立てて、いかにも解説するかのような調子が可愛らしかった。
「引き伸ばしっていうと、例えば?」
「ヒロインが主人公の男の子を好きになるまでにエピソードをかけるのはわかる。ただ、その後、主人公の男の子は女の子からの好意になかなか気づかないの。鈍感なの。そうしてアタックしては外して、というやり取りで話数と単行本を重ねていくの。どうしてだと思う?」
漫画家からすれば、連載が長く続いた方が原稿料と印税を継続的に貰えて嬉しいから、なんて元も子もない答えを求められていないことくらいはわかる。
「それはね、ゆかりちゃん。男の子は男の子で、敏感過ぎるが故に鈍感になってしまってるからだと思うよ」
「敏感で、鈍感?」
「うん。男の子は女の子に優しくしてもらったらすぐに、この子ぼくのこと好きなんじゃない? と思ってしまいがちなんだ。その反面、そんなことがあるはずないし、勘違いで飛びついて痛い目を見るのは怖い、とも思っているんだ。だから、結果として、好意に上手く反応することができないんだよ」
「へぇー……」
感心されてしまった。二重の意味でどうしようもない男の性を語っただけなんだけど。
「男の子側の貴重な意見を聞けた気がするけど、わたしの答えとは違うの。わたしとしては、ストレートに告白しない女の子が悪い!」
「お、おお……」
「ここで本当は男女は関係ないけど、いくら好意をチラつかせて反応を窺っておいても、ストレートに思いを伝えなきゃ、伝わらなくてもしょうがない。むしろ、告白もせずに相手の鈍感さにヤキモキしている方がおかしい」
ぼくの友達(小学五年生の女の子)は、多くのラブコメを敵に回そうとしている。
ゆかりちゃんの勝気は留まるところを知らない。
「でもさ、ゆかりちゃん。告白するのってどうしても勇気が要ると思うよ。振られたら怖いし、もし振られたらその後の関係も気まずくなるから、中々踏み出せないのもしょうがないよ」
「失敗した時のことばかり考えてたら、成功は掴めないわ! 成功は降ってこない。欲しいものがあるなら、降ってくる前に誰よりも早く自分で掴み取りに行かないといけないのよ!」
「かっこいい……」
あまりぼくが言えたことではないけれど、ゆかりちゃんは小学生離れした逞しさの持ち主だった。
「だからね、夕霧くん!」
強まった語気もそのままに、ゆかりちゃんは高らかに宣言した。
「わたしは夕霧くんが大好きよ! わたしと付き合って!」
ところで。
漫画やライトノベル(姉さんに少し教えてもらった)では、感情表現を大げさにするために傍線が語尾に長く使われたり、「!」や「?」などを連ねることがよくある。「ーーーー!!??」みたいに。ただし、洗練された文学作品でそのような大味な表現を用いるのはいささか抵抗がある。豊富な語彙の中から適した比喩を使って、読者の想像に委ねるのが、文学作品としてあるべき姿なんじゃないか。
ただまあ、それはそれとして。
「ええええええええーーーーーーーー!!!!????」
暢気なラブコメは完全に破壊された。
大いに驚愕しながらも、何とか「返事は……ちょっと待って……」とその場はやり過ごし、ぼくたちは学校に到着してクラスの違うゆかりちゃんと別れた。
自分の席に着くや否や、ぼくは机に突っ伏した。
朝っぱらから、ぼくは仲の良い女の子に告白された。
待って欲しい。感情が追いつかない。
在りし日のぼくこと夕霧くんは、「大方、仲のいい友だちが他の友だちと遊んでると意味もなくモヤモヤしてしまう、みたいなことだと思いますけど。小学生で恋愛とかちゃんちゃらおかしいですよ」とか言っていた気がする。
が、冗談じゃない。
ゆかりちゃんは本気だ。
返事を待ってもらって悩む時間を得たけれど、ぼくはどうすれば良いのだろう。
何となくゆかりちゃんからそういう好意を感じることは今までにもあった。ぼくが先ほど言ったように、好意を感じつつ勘違いなんじゃないかと思いながらも、全く無視できるものではなかったわけで。
ぼくなんかのことを好きになってくれて、とても嬉しい。それは本当だ。
けれど、今までそういう目で彼女のことを見てこなかったから、どう応えれば良いのかがわからない。
誰かに相談したいところだけれど、こういう時に限って相談できる相手が居ない。
まず、同級生はダメだ。絶対にからかわれる。小学生は恋愛について半端な知識を持ちながらも実際的な経験がなくて、結局囃し立てるしか能がない生き物だからな(ブーメラン)。一番親しいゆかりちゃんに相談できないのがかなりの痛手だ。
両親に相談するのもダメだ。囃し立てられることはないだろうけれど、……何だか気恥ずかしい。それに、ぼくの両親とゆかりちゃんの両親は仲が良いから、両親経由でゆかりちゃんまで伝わってしまう可能性も十分ある。それはまずい。
どうしよう。ぼくはどうすれば良いんだ。
一日、授業の内容も全く身に入らず、悩んだ結果。
ぼくは一人で答えを出すことはできなかったけれど、相談できそうな相手の心当たりを得た。
夕方、家に帰ってきたぼくは、姉さんが帰ってきて少し経ったタイミングで、姉さんの部屋を訪れた。
制服から部屋着に着替えた姉さんは問いたげにこちらを見つめる。
ぼくを囃し立てることなく、ゆかりちゃんに相談内容が伝わってしまうこともない上で、親身になって相談に乗ってくれそうな相手。
ぼくは必死の思いで、姉さんに頭を下げる。
「姉さん、ぼくの恋愛相談にのってください!」




