「こんばんは、平成最後の優雨ちゃんだよ〜」
平成最後の兄妹シリーズはやっぱり“彼女”に締めてもらいましょう。
「姉さん、ぼくの恋愛相談にのってください!」
ぼくがそう言うと、姉さんの表情が完全に消え失せた。しばらく目をパチクリさせてから、
「とりあえず、座ろうか」
姉さんに言われるままに、ぼくたちは座った。テーブルを挟んで、向かい合うようにして何故か二人とも正座している。
「ちゃんと相談にのれるかはわからないけど、まずは詳しい事情を話してくれるかな?」
ぼくは今朝ゆかりちゃんに告白されたこと、そして以前からの彼女との関係を話したーー思っていたよりも頭の中で整理できていたからか、滑らかに説明できた。
姉さんは口元に手を当てて三秒ほど目を閉じてから、再び目を開いて、
「なるほど、大体わかったよ。夕霧くんは、柏木ゆかりちゃんのことを恋愛的な意味で好きというほどではないけれど、もしフってしまって気まずくなった結果、疎遠になるのは嫌だ。そう思えるほどには彼女のことが好きなんだね?」
「う、うん、まあ」
その通りなのだけれど、好きかどうか直接問われると答えるのがどうしても恥ずかしくなる。
「そうだよね。そうなると、問題をわかりやすくするのは夕霧くんの意識だと思うよ」
「ぼくの意識?」
「そう。……そもそも、夕霧くん。君は恋愛についてどう思ってる?」
「どう、と言われても……」
「なら、かなり具体的に訊くよ。小学生同士が恋愛することに対して、君はどう思う?」
ぼくは少し考えてみて、やっぱり思ったままを答えた。
「早い、と思う」
「早い?」
「うん。だって、小学生の内から恋愛をしても、結婚できる訳じゃないだろう。中学、高校って進学すれば進路も分かれて、ずっと同じ関係じゃいられない。だったら、恋愛をする意味なんてないと思うんだ」
ぼくの考えていることを姉さんに伝えながら、ぼくの本心が自分でわかってきたような気がする。
理屈で固めた内の恥ずかしい願いが、わかる。
ぼくの考えを聞いた姉さんは、何故か身体を震わせて笑い始めた。ぼくはそんなにおかしなことを言ったのだろうか。
「ご、ごめんね。夕霧くんを馬鹿にしてる訳じゃないんだ。むしろ、君は私が思っていたよりも賢い子だと感じた。君は先のことをよく見ている」
「はぁ」
折角の姉さんの言葉だけど、褒められているような気がしない。
その印象は正しかったようで、
「確かに、夕霧くんは先のことをよく見ているけれど、今のことが見えてない。今なんだ。大事なのは、今、君が紫ちゃんのことをどう思っているかなんだよ」
「今、ぼくがどう思うか……」
姉さんの言う通り、ぼくが先ほど言ったことは全部将来どうなるかばかりで今のことについて全く触れていなかった。
「結婚できなければ恋愛をしちゃいけない訳じゃない。最後に結びつくことだけが恋愛の全てじゃない。瞬間瞬間の恋心、相手を大切に想う心が大事なんだ」
今、この瞬間、ぼくは柏木ゆかりちゃんのことをどう想うか。
笑顔が可愛い。勝気なところがカッコいい。
ぼくなんかのことを好きだと言ってくれた。
ぼくと一緒に登下校してくれた。
その時間がとても楽しくて、大切で、当たり前にあることがたまらなく幸せだ。
これが“好き”ということなんだろうか。
何のことはない。将来以前に、ぼくは恋愛感情の中身を知らなかったんだ。
「夕霧くん。ダメ押しに訊いてみるけど、もしも今の夕霧くんの紫ちゃんとの居場所を他の誰かに取られたらどう思う? 紫ちゃんが楽しそうならそれで良いと引き下がれる?」
「嫌だ」
ぼくは即答していた。考えるよりも先に言葉が、感情が前に出ていた。
“好き”かどうかはやっぱりわからないけれど、誰にも渡したくないとは思っている。
「ふふ、ここまで来たら、私からもう言うことはないだろう。きちんとゆかりちゃんに返事をしておいで」
「うん、ありがとう! 姉さん!」
ぼくは慌ててゆかりちゃんに電話をかける。家が近くだから、都合さえ合えばすぐに会える。明日まで返事を待ってもらうのは申し訳ない、ぼくはすぐに返事をしたい。
「もしもし、ゆかりちゃん? ぼくだよ。今から少しだけ会える? 話したいことがあるんだ」
『もしもーし、香純ちゃん? こんばんは、平成最後の優雨ちゃんだよ〜』
「こんばんは、平成最後の優雨ちゃん。どうしたの?」
『平成最後にどうしても出番が欲しくて、電話した』
「平成最後にド級のメタネタを入れるのはやめてくれるかな」
『冗談だよ〜。……本当はね、何となく今日の香純ちゃんが元気ないなーって思って、気になって電話しちゃった。迷惑だった?』
「ううん、そんなことはないよ」
『で、どうしたの。この優雨ちゃんに話してみそ?』
「……うーん、ただ、優雨ちゃん。あまりに突拍子もない話をしなきゃいけないんだけど、信じてもらえる?」
『信じるよ。タイムトラベルできる知り合いも居るし』
「おいおい、それってまさか小学五年生の女の子じゃないだろうね」
『なに? 香純ちゃん、七海ちゃんのこと知ってるの?』
「はぁ……。世間って狭いね。それなら話は早い。実はーーーーーーーー」
『……。香純ちゃん、つらい?』
「つらい……というほど、つらくはないかな。宙ぶらりんな可能性を一つ潰せたのは良いけど、少しだけ気落ちした」
『本当に少しだけ? その割には疲れたような声してるよ』
「ああ、それはね、ちょっと義弟の相談に乗ってたんだよ」
『へえっ、どんな相談? 話せそうなやつ?』
「うん、まあ大丈夫かな。内容はーーーーーーーー」
『なるほどなるほどぉ。恋愛相談とは、最近の小学生もマセてますなぁ』
「なに、そのコメント。歳いくつ?」
『ピチピチの十六歳だよ。で、香純お姉ちゃんは相談に乗ってあげた訳だ』
「お姉ちゃんをあまり強調しないでくれ。それに、夕霧くんは本当は自分の本心を知っていたんだと思うよ」
『そうなの?』
「将来のことばかり考えるのは、その将来まで永く相手を想うことができる可能性を考慮できるからなんだ。本当にどうでもいい相手との将来なんて考えないだろう?」
『おー確かに』
「付け加えれば、今の恋心を大切にしているからこそ将来までその想いが続くかが不安になってしまうんだ」
『それはあるかも! いやー、流石は香純ちゃんだね。スーパー賢い!』
「スーパー賢くはないよ。少なくとも、その言葉の響きは賢くない」
『……じゃあ、立派にお姉ちゃんやってるね、って言えば良い?』
「…………そんなことはないよ」
『いいや、あるねっ! そうじゃなきゃ、義弟にそんなに優しくできないでしょ』
「私のはあの人の借り物だよ。借り物で偽物だ」
『ウチの兄さんは偽善を働けないよ。香純ちゃんもそう』
「…………」
『好きも嫌いも、香純ちゃんはもっと素直になって良いと思うよ。だって、香純ちゃんがどれだけ良い子かが他の人にも伝わらないなんて勿体ないもん。恋人だったらわからないけど、親友だからこそ、わたしは独り占めしたくない』
「……ふふっ、ありがとう。優雨ちゃんの言葉はいつも私に勇気をくれるね」
『そうでしょうそうでしょう。わたしは褒められて伸びる子だからね。もっと褒めて良いんだよ?』
「褒めて身長が伸びれば良いんだけどね」
『うるせぇやいっ!』
令和もよろしくお願いします。




