さくらドリーム(1)
インタールードの第2エピソード「さくらドリーム」が始まりました。
色々と様子がおかしくなります。
「お兄ちゃん、起きて! 朝だよっ! 起きて起きて起きてっ!」
目覚めかけの意識が、咲良のハキハキとした声で覚醒させられた。窓から刺す朝日と共に、すでに制服に着替えている咲良の姿を認める。
「おはよう、咲良。僕も着替えてから、下に降りるよ」
「はーい」
陽気に答えると、咲良は僕の部屋から出て行った。階段を降りる音が聞こえる。
伸びと大きな欠伸をしてから、僕はのそのそとベッドから這い出て、パジャマから制服に着替える。
下に降りると、ダイニングには父さんと咲良が席についていた。また、キッチンからは母さんが湯気が立ったマグカップを持ってくる。
「おはよう」
僕が挨拶すると、
「おはよう、お兄ちゃん。ちゃんと起きてきたね」
「おかげさまでな」
「おぅ、晴輝。毎朝咲良ちゃんに起こしてもらって、良いご身分だな」
「起きようと思えば、スマホのアラームで起きられるんだけどさ」
「ダメよ、お兄ちゃんを起こすのは私の仕事なんだから」
「おはよう、晴輝。コーヒー淹れたから、置いておくわね」
「ありがとう母さん。咲良はもう食べたのか?」
「ううん、私もこれからよ。お兄ちゃんを待ってたから」
「なんだ、別に先に食べててくれても良かったのに」
「おい晴輝。咲良ちゃんの健気さを汲みとれよ。そんなことじゃモテねーぞ」
「モテなくて良いわ」
「いや、咲良、僕より先に反応しないで。それに、モテるかモテないかで言ったらモテたい」
「洋くん、それを言うならあなただって、高校の時は私の好意を散々無下にしてくれたけれど」
「あん? そりゃあ、お前、アレだよ、高校時代の俺はツンデレのツンだったからな。大学に入ってからはデレ期に入ったから良いだろ」
「それが二十年以上も続いてるわね。……極端に」
いつもの朝食風景。慌ただしいけれど、賑やかで楽しい日常。咲良がここに加わることになって、もうすぐ五年になる。
葉山咲良は僕の一つ年下の幼馴染だ。昔から一緒に遊ぶことの多かった僕たちだったけれど、咲良が小学校を卒業するタイミングで咲良の両親が海外勤務で日本を離れることになってしまった。咲良が日本に残りたいという強い意志を持っていたため、古い友人である僕の両親が日本での咲良の保護者となり、ウチに引き取られた。それが大体五年前のこと。
咲良は昔から年上の僕のことを「お兄ちゃん」と呼び慕ってくれていて、ウチの家族となってからはもっと妹のように振る舞うようになったのだけれど。
「? どうしたの、お兄ちゃん。私の方をじっと見たりして」
「いや、なんでもない」
最近、咲良が可愛く思えてきてしょうがない。
妹以上に異性として。
昔から妹のように可愛がってきたけれど、女の子から女性へと成長していく彼女は家族として見るにはあまりに可愛くて美しくて、どうしようもなく異性として惹きつけられてしまう僕がいる。
でも、僕はそれを誰にも伝えるつもりはないし、叶えるつもりもない。
咲良は僕を家族として愛してくれている。
僕の両親も咲良を友人の娘以上に自分たちの娘のように可愛がっている。僕もそれは変わらない。
お兄ちゃんである僕が良いのなら、僕は喜んで受け入れる。お兄ちゃんなのだから。
支度を終えて、先に出かけて行った父さんの後に続き、僕と咲良は家を出る。
「「行ってきます」」
母さんに「行ってらっしゃい」と見送られて、並んで歩く僕と咲良。
誰の目から見ても兄妹のように映るに違いない。
「血の繋がらない美少女妹にそれだけ好かれていて手を出さないって、晴輝、お前それでもオスなの?」
「おはようもなしに、いきなり下世話な話を始めるな」
学年の違う咲良と別れて、教室に着いて早々に、友人に悪質な絡み方をされた。
「朝起こしてもらって、登下校も一緒。……勉強も一緒にやったりするの?」
「ああ、たまにな」
「やだーもう、ギャルゲー主人公じゃん。義妹ルート爆進中じゃん」
「だから、人聞きの悪いことを言うな。僕と咲良はそういうのじゃないよ」
「あんな可愛い娘に懐かれて、お前のオスは反応しないの?」
「家族に反応したら、オスである前に人間として問題だろ」
「家族であって家族じゃないでしょう、あの娘は」
「…………」
「ほほーう、本当は憎からず想ってるんじゃない。私にはお見通しよ、晴輝お兄ちゃん♪」
「ええぃ! 肩を組むな。男友達のような絡み方をするな」
………………あれ?
僕はクラスでも一番話すことの多い親しい友人を見ながら思う。
「あれ、井坂。お前って女だったっけ?」
「嫌ねぇ、私、井坂文香はオギャアと生まれた時から女よ。変なこと訊くなよな」
「あ、ああ、悪い」
変なことを訊いてしまった失礼を、僕は素直に謝った。
なんだか井坂という友人が男だったような気がしていたのだけれど、井坂が女だと言うのなら女なのだろう。変なことを聞いてしまった。
「話を戻すけど、晴輝は咲良ちゃんに恋しちゃってないのか?」
「ああ」
「この場では素直に認めない、と」
「あのなぁ……」
「じゃあ、咲良ちゃんは?」
「ん?」
「咲良ちゃんはお前に恋しちゃってないの?」
「は?」
こいつはいきなり何を言い出すんだ。
井坂はさらに僕に顔を近づけてきて、囁くように言う。
「ずっと側で優しくしてくれた異性に対して、親愛以外の愛情は抱かないのか? 本当に?」
「咲良が好いてくれてるとしても、きっとそれは兄としてだろ」
「……兄じゃなかった期間もあったのに?」
「…………。いや、一緒に暮らす前から妹のように接してたし」
「だから、それはお前の側だろ。咲良ちゃんがお前に恋してる可能性はゼロじゃない」
「ゼロじゃない……のか?」
「可能性がゼロじゃないのに、お前がそんなことでどうする。本当はお前の言う通り、咲良ちゃんはお前のことを兄として慕っているだけかもしれない。でも、真に彼女の立場になって考えることはどちらにしても必要なんじゃねーの。……おまえは意外と色々なものを見逃しがちなんだから、もっと彼女のことを見てやっても良いんじゃないか?」
井坂は俺から顔を離すと不敵な笑みを浮かべて、廊下の方を向いた。つられて僕も廊下の方を向いたが、特に変わった様子はない。
いや、何だか教室の入り口の方で騒がしい。
「近くで見たの初めてだけど、可愛いよなー」「目の保養だよね」「でも、なんでこの近くに来たんだろう。二年の教室に何か用事かな?」
情報が断片的過ぎて状況がよくわからない。誰か有名人でも来たのだろうか。
井坂がどうしてそちらに関心を寄せたのか。理由を尋ねようと、井坂の方へと向き直った。すると、彼女は逆に僕の顔色を伺うようにジッとこちらを覗いていた。
僕が井坂の真意を察する前に、僕の方が見透かされていたらしい。憐憫の眼差しを向けてきた。
「この鈍感主人公め」




