優しさに包まれたなら
ホワイトデー記念に書きました。
相変わらず両親の話です。……寺井洋介くんが妻煩悩になってしまったきっかけの一つでもあるエピソードです笑
三月十四日はホワイトデー。
バレンタインデーのお返しを貰える日。
三年間慣れ親しんだ高校を卒業し、さらに受験した大学の合格発表からも一週間が経過した日でもある。
私、宮野茉衣子と、先日からお付き合いし始めた寺井洋介くんはふたりとも無事に合格することができた。学部は違うけれど、同じ大学、同じキャンパスに四年間通うことになる。
「ここでどちらかが落ちてたら悲惨だったよな」
冗談めかして言う彼だったけど、冗談じゃない。大学生と浪人生。物理的にも精神的にも距離が開いて、別れてしまう将来しか見えない。
「それか、授業や課外活動で生活時間帯が変わってきたり、案外別の相手を見つけちまったりしてな」
「さっきからやめてちょうだい。そんな怖いことを言うのは」
私は非難の目を向けたけれど、彼の顔付きからは冗談の気配がまるで感じられなかった。
「言ってて怖いのは俺もだよ。受験勉強の成果ではあるんだろうが、運良くこうなったっていう感じが拭いきれねーんだ。だからこそ、今ある幸運を十分に堪能したい。差し当たっては、ホワイトデーを楽しみにしとけ」
そう言って、迎えた今日がホワイトデー。
春からの新生活に向けて色々と準備を始めなければならない忙しい時期だけれど、今日は一日予定を空けておいた。なぜなら。
洋介くんがデートに誘ってくれたからだ。
優しいけれどぶっきら棒でやたらと私をイジってくる彼が、デートに誘ってくれたのだ。普段の彼を知る人からしたらとても驚くべきこと。親しい友だちの葉山くんと姫香ちゃんにこのことを伝えたら、二人揃って大口開けて呆然としていたくらい。
待ち合わせの場所は駅前の噴水。時間は十時。つい張り切って、三十分ほど早く来てしまった。服装は暖色系の色のワンピースに薄手のカーディガン。昨日から冬の気温が春のものへと変わり温かくなってきたから、春物の服を出してきた。天気も良く、程よい陽気が望めそう。
五分ほど待っていると、横断歩道の方からこちらへ駆けてくる足音がした。洋介くんが小走りで私に近づいてきた。白いTシャツに黒いジャケットを羽織り、その下にデニムパンツを履いている。
「悪い、待たせたか?」
「ううん、ちっとも。それに二人とも約束の時間よりもだいぶ早く着いちゃってるよ」
「はは、それもそうだな」
二人で笑いあっていると、突然彼から表情が消え失せた。首だけが動いていて、私の姿を上から下へじっと眺めている。
「どうしたの? 私の格好、何か変?」
そこまでまじまじと見つめられると不安になる。三月中旬とは言え、春の格好をするのはまだ早かったのかな。
何もできずにただオロオロとしていた私。急に彼が私の両手を持って、私と彼の胸の間に組ませた。「ひぁっ?」と思わず変な声を出してしまった私に、
「超可愛い。俺と結婚を前提に付き合ってください!」
熱のこもった口調と目つきで、彼はそう言ったのだった。…………。
言葉の意味を理解するのに数秒を要したけれど、彼にぐっと握られた手の熱い温度が腕を伝って頬にまで至ったところで、私は理解した
「え、ええっ⁉︎ つつつ付き合ってるんじゃないの、私たち?」
「当たり前だろ。俺が告白したんだから」
私の手から自身の手を離し、ヒラヒラ振りながら平然とした様子の洋介くん。
「あーでも、『結婚を前提に』とは今初めて言ったか。正直、俺の人生で茉衣子以上の女性に会えるとは思えねーんだ。プロポーズはもっと時間をかけた上で、自分がもっとちゃんとしたらするから待っててくれ」
ちょっと何を言ってるのかわからない。
いや、わかるけれども、それを言っている彼のことがわからない。
「……あなた、本当に洋介くんなの?」
「あん? そうに決まってんだろ。俺は一分の一スケールの洋介くんだぜ」
この物言いは本物だ。……いいえ、決して目の前の彼を偽物と思った訳ではないのだけれど、キャラとセリフがおかしい。
こんなに私への好意を前面に出してくる人じゃないはずなのに。
「この前言ったろ、今ある幸運を十分堪能したいってな。だから、茉衣子への好意を包み隠さず表に出すことにした。今までの俺がツンデレのツンだとしたら、今をもって俺はデレ期に入るぞ」
妙な宣言をされてしまった。
というか、さっきからスルーしようと思っていたけれど、どうしてもできない。今日会ってから、彼は私のことをずっと呼び捨てにしている。
「嫌か? 嫌ならやめるが」
「ううん、嫌じゃない。嫌じゃないの。ただ、あなたのデレっぷりに私が追いつけてないだけで」
「茉衣子も俺の呼び方を変えてくれても良いんだぜ」
「良いんだぜって言われても……」
普段の呼び方も相当親しみを込めたものだと思うのだけど。……男の子を下の名前で呼ぶのは洋介くんが初めてだし。
勝手がわからないので、とりあえず彼に倣ってそのまま呼び捨てにしてみることにした。
「よう……すけ?」
「やっぱり良い、俺が悪かった、ごめんなさい、これまで通りの呼び方でお願いします」
速攻で謝られた上辞めるように言われてしまった。どうしてか、顔を私から背けながら。
あなたが言い出したことなのに。
憤然とした私だったけれど、ふと彼の珍しい反応が面白くなってきた。普段は彼にやられっぱなしなので、イニシアティブを取れる貴重な機会かもしれない。
「洋介。……よーうすけっ。ふふっ。よーうーすーけー」
「うぐっ、辞めろって言ったろ! 俺が悪かったから!」
私は積極的に彼の名を呼び続けることにした。表情が見えないけれど、何故か苦しむようなセリフを吐く洋介くん。イケナイことをしているようで、益々楽しくなってきちゃう。
私はすっかり調子に乗って、言っている間に思いついたことを口に出してみたら、
「洋くんっ♪」
キスで黙らされた。
背けていた彼がいつのまにか私に覆い被さるように、私の唇に口づけしていた。一瞬飛んだ私の意識が取り戻されて、キスをされたことに気がついた私の唇はまだそのまま彼の名前を呼ぼうと動く。でも、動くたびに彼の唇に触れてしまって、その感触で頭の中が沸騰してしまうようだった。
何秒経ったかわからない。彼がゆっくり顔を離すと、二人揃って重い息を吐いた。
「あんまり、可愛く、俺のことを呼ばないで、くれ。……色々と我慢できなくなるから……」
「……ごめんなさい」
「あ、でも慣れてきたら『洋くん』って呼んでくれ」
「考えておきます。…………ま、前向きに」
それからは特に印象深いことはあまりなかった。なぜなら、全く同じコースを一度洋介くんと訪れているのだから。
ブティック、ファストフード店、映画館に公園。葉山くんと姫香ちゃんが恋人同士になって初めてデートしたコースと全く同じ。そのデートプランを考えるのに洋介くんも一枚噛んでいたらしく、二人の跡をつけていた時に私と二人でまた行ってみたかったらしいのだ。……洋介くん自身がその時にデートだと感じてくれなかったことは不本意だったのだけど。
一度行ったところでも、付き合うようになってから行ってみると心境が変わったり変わらなかったり?
もうしないと言っていたけれど、あんな公共の場でキスするのはもう辞めて欲しい。…………場所さえ選んでもらえれば……。外でも手を繋ぐくらいだったら、喜んで受け入れるから。
ホワイトデーのお返しには帰り道の別れ際にマシュマロを貰った。
「手作りしやすいクッキーでも良かったんだけどな。でも、意味を込めるとどうしてもマシュマロが良くってな」
「意味? マシュマロにはどういう意味があるの?」
「……っ! 意味が知りたきゃネット見ろ。じゃあな! おやすみ!」
今日は様子のおかしい彼だったけれど、帰りの挨拶はいつも通りのぶっきら棒さだった。私に積極的に愛を囁いてくれる彼も、まあ、それはそれで嬉しいのだけど、いつもの彼もやっぱり私は好きだから。
家の近所まで彼に送ってもらったので、すぐに家に帰ることができた。
落ち着いたところで、買い換えたばかりのスマホでマシュマロの意味を調べてみる。
「これ、なのかな?」
あくまで一説ではあるけれど。
『チョコレートを僕の優しさで包みこむ』。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
洋介くんの優しさはマシュマロのようには柔らかくない。決して!
それでも、マシュマロに包まれるまでもなく、私はもうとっくに、彼の彼なりの優しさに包まれているのだから。
時々こんな風にカッコつけてしまう彼のことを思い出しながら、マシュマロの感触を楽しんでいたい。ずっと、いつまでも。




