3. 引越しそばって私が貰うんじゃないよね?
スープで軽くお腹を満たした私は、二階の一室を寝室に決めた。
この城、とにかく広い。
ざっと見ただけでも……百部屋はありそう。
全部を使ってたら移動だけで一日が終わる。
必要なのは、水回りと寝る場所だけ。
そう結論づけて、厨房に近い部屋を選んだ。
「……使用人部屋、って感じ?」
ついでにクローゼットを開け、動きやすそうな一着を拝借した。
広すぎる部屋は掃除が面倒だし、服は機能性が第一。
うん、私にはこれくらいがちょうどいい。
窓の外に目をやると、森が静かに広がっていた。
――が。
「……怖いな、これ」
空に浮かぶ月が、異様に大きい。
大きい、なんてものじゃない。
手を伸ばせば届きそうな距離にある。
じっと見ていると、
わずかに――
「……近づいてきてない?」
思わず目を逸らした。
見てはいけない気がした。
――翌朝
ぼんやりとした意識の中で、「ここどこだっけ」と数秒ほど考える。
(あー……異世界の城、か)
思い出した瞬間、現実がじわじわと戻ってきた。
やらなきゃいけないこと色々あった気がするけど。
「森の管理人が私の仕事なんだから、先に森の見回りよね」
ぶつぶつと寝ぼけた独り言が続く。
優先順位を決めようとしているのに、思考があちこちに飛ぶ。
ぼけーっとしたままやっと起き上がろうとした時――
「ブモォー!」
「えっ、なに?」
外から複数の獣が争う鳴き声や、断末魔みたいのが聞こえて一気に目が覚めた。
この森、やっぱり魔物とかいる?
さすがに城の中までは入ってこないよね……
ちょっと挫けそうになった。
でもすぐに
「いや、なにか問題があるなら私がなんとかしなきゃ!」
と奮い立たせる。
身支度を整えて、とりあえず厨房へ向かう。
「顔もここで洗っちゃお」
蛇口をひねる。
――ザーッ!!
「うわっ!?」
勢いよく水があふれ出して、慌てて蛇口を閉めた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
ばしゃばしゃと跳ねた水を見ながら、昨日の記憶を引っ張り出す。
「たしか昨日は……チョロチョロしか出なかったような?」
しばらく考えて、ぽつり。
「……直った」
理由はわからないが、とにかく使えるなら問題ない。
助かったし、ヨシ!
棚からスープ皿とスプーンを取り出して、昨夜作り置いたスープの鍋へ手を伸ばす。
蓋を開ける。
――空っぽだ。
一回閉じる。
もう一度、ゆっくりと開けて中を覗き込む。
「……あれ?」
お玉で軽く掻き回す。
当然何もひっかからない。
昨日たしかに鍋いっぱいに作ったはずだ。
蓋も閉めた。
一食分は食べた記憶がある。
全部、食べた……?
いや、そんなはずは……
「……あ、ヘビ?」
ぽつりと呟いてから首を傾げる。
あのサイズであの量?
異世界だから?
いやいやいや、さすがに……
しばらく鍋を見つめて、ふっと息を吐いた。
「……まぁ、いいか」
――よくない気もするけど。
なんか気持ち悪いな。
「よし、朝ごはん作ろ」
***
まずは森を見ないと始まらない。
「よし――せっかくもらった仕事だ。森の管理人、ちゃんとやりますか!」
気合いを入れて拳を上げる。
その数分後。
「…………」
昨日と同じ場所で固まった。
「……牛?」
城門の前に、山。
牛みたいな何かが積まれている。しかもデカい。倍くらいある。
「なにこれ。嫌がらせ?」
恐る恐る近づいてみる。
当然動かないけど――
完全に死んでる感じもしない。
……なんかまだ新鮮。
「……引っ越し蕎麦?」
「いや違うわ」
誰が牛配るんだ。
ツッコミながらも視線を外せない。
なんでここにあるのか、何よりなんで私の城の前なの?
これ、どうやって片付けよう……
しばらく考えて結論。
「……後でいいか」
目を逸らして見なかったことにする。
「あ、でも結界張っておこう」
こういうの放置しておくと絶対悪いもの寄ってくるしね。
それにせっかくもらった力なのに、昨日うまくいかなかったからな。
ならば練習あるのみだ!
結界魔法、早くちゃんと使えるようにならなくては。
「誰か解体してくれないかなぁ……」
誰もいないけど。
切実な願いと共に、ぱんっと指を組んで印を結ぶ。
牛の山を囲う結界をイメージして。
「…………」
また何も起きない。
うぐっ、なぜ成功しない?
「キュィ?」
ふと足元を見ると、赤と黒の小さなトカゲが私を見上げていた。




