2. 先住の方がいるようです
城の観音扉は全開になって止まった。
それを合図に、今度は城の中に音が増えていく。
風が玄関ホールで大きく弧を描き、
光も、壁際のランプがひとつずつ灯っていく。
一階から二階、二階から三――
三階には行かず、二階の途中で止まった。
「まぁ、何百年も放置されてたんだもんね」
真っ暗じゃないだけありがたい、と気を取り直して辺りを見回した。
「お邪魔します。お城って、初めて」
歩くたびに大理石の床から埃が舞い上がる。
顔の前で手をぱたぱた振って払い、ふと顔を上げた瞬間――
上層の、薄汚れたステンドグラスを、何かが静かに横切った。
「鳥? いや、コウモリでも住み着いてるのかなぁ」
一匹ならいいけど……
小さい頃、近所の洞窟で天井一面に張り付くコウモリを見て以来、どうも苦手だ。
地面一面のフンを思い出して、ぶるっと身震いする。
とりあえず中を見て回ろう。
風はずっとまとわりついてくる。
厨房はわかりやすく一階の奥にあった。
「やった、結構広い」
作業台に手をつき、少し背伸びして上の調理道具に手を伸ばす。
「うちにあったやつより全部立派」
苦笑しつつも、料理好きなので嬉しい。
沢山料理作ってあげられる。
あ……食べさせる人いないのか。
……まぁ、いいか。
いくつか手に取ってはしゃいだあと、ふと気づいた。
「ここは、ピカピカだな」
不思議といえば不思議だけど――
「異世界だしな」
食料あるかな、と物色を再開した、そのとき。
水場の影から、何かがするりと現れた。
「うわぁっ」
思わず足をばたばたと持ち上げる。踏みつけないように逃げると、
その“何か”も慌てたように私の足を避けて動く。
お互いに妙な小躍りがしばらく続き――
ぴょん、と私が作業台に飛び乗って、ようやく止まった。
下を覗き込むと。
そこにいたのは――虹色のヘビだった。
鱗は淡く光を含み、まるで濁った空気の中でそこだけ澄んでいるみたいに、静かに色を揺らしている。
ゆっくりと鎌首をもたげ、舌をひとつ、チロリと出した。
威嚇はしてこない。
宝石のような瞳でただじっとこちらを見ている。
「驚かせてすみません、今日からお世話になります」
上からで申し訳ないと思いつつ、三つ指をついて挨拶した。
――が。
言い終わる前に、ヘビは音もなく影の中へと消えてしまった。
先住のヘビを追い払ってしまったか、と少しだけ罪悪感がよぎる。
けれど次の瞬間、
「あれは絶対、毒ヘビだな」
きっぱりと言い切って、気を引き締めた。
「カラフルなやつは危ないって、ばあちゃん言ってたし」
うん、間違いない。
ヘビが出てきたあたりを見ると、蛇口があった。
細い水がチョロチョロと、しかしちゃんと一定に出てくる。
とても頼りない水量だが、水道が完備されているとは思っていなかったので有難い。
「直せるかなぁ……」
井戸を探して地下へ進むと食料庫も発見した。
中身を見て思わず目を丸くする。
小麦、豆、燻製肉に野菜、塩、砂糖、ビネガー。チーズやたまご、ドライフルーツや蜂蜜などの甘味もある。
時間停止魔法か、どれも新鮮だ。
でも残念ながら醤油や味噌、米などは備蓄されていなかった。
「糠床作れないかぁ……困ったな」
作るか探すか……これも追々考えよう。
頭の中のToDoリストがどんどん増えていく。
その後灯りの付いた一階と二階を一通り見学してる間もずっと何かの気配は感じる。
きっと幽霊もたくさん居るんだろうなぁ。
先住の方々さえ良ければ、私は同居大歓迎なんだけど。
水道と違ってコンロは普通に中火。
ちょっと弱めだけどこちらはこのまま使える。
「パンは諦めて、スープだけ作ろうかな」
今から薪をくべて調理するのはかえって面倒だし、別に食べられればなんでもいいんだよね。
「顆粒のコンソメとかないかなぁ……」
あるわけがない。
ないが、上等な燻製肉とたっぷりの野菜で出汁を取ったスープは、驚くほどいい出来だった。
「……完璧じゃない?」
味見して、ひとり頷く。
鍋いっぱいに作った。
明日の分もこれでいける。
満足して蓋を閉める。
そのとき。
ほんのわずかに、蓋が――ことり、と風で動いた気がした。
「……気のせいか」
静まり返った厨房に、湯気だけがゆらゆらと立ちのぼる。
やがて。
――こくん。
――ごく、ごく。
――……ぱたん。(蓋)
背後で何か音がした気がした。




