1. 異世界の家は城でした
神様にもらった“家”の前で、ぽかんと口を開けて立ち尽くしている。
……いや、だって。
「これ、どう見ても“家”じゃないよね」
森の管理人として住むはずだったその場所は――どう見ても王が住まう宮殿だ。
こぢんまりとしたログハウスを想像していたのに、目を開けたら空を突き刺すように聳え立つ石の塊。
しかも――数百年放置されていたという。
「この城をどうしろっていうの?」
元の世界の家はもう無い。
生まれて初めて、自分で未来を選んだ。
だけど……
さすがに城の修理は無理でしょ!
同じく数百年放置された森は確かに原生林っぽい。
巨木が乱立して薄暗い。
でも何かちょっと引っかかる。
「……これ、ほんとに放置されてた?」
呟きながら城門を押した。
ぎぃ、と重い音がして開いた隙間に体を滑り込ませる。
貧しい環境で育ったせいか19歳にしては小柄で痩せた体格が役にたった。
中に入り足を止める。
「……うーん?」
まるでつい最近まで手入れされていたような整えられた植え込みの隣で石垣が崩れたまま放置されている。
手入れされているのかされていないのか判断がつかない、ちぐはぐな庭が広がっていた。
――この場所、安全なの?
「あっ!そういえば」
今更ながら重大な事実に気づいた。
「魔法の使い方教えてもらうの忘れた」
神様から与えられた力は、森と自己を守る最低限の力。
“結界魔法”
せっかくもらった力はすぐ使ってみたいし、なにより異世界での安全確保は最優先事項だと思う。
とりあえず自分と、この新居は守らないと。ここはもう私の場所なんだから。
でも――魔法の発動方法がわからない。
――それっぽい詠唱?
「……うーん」
少し考えて、ぱっと顔を上げる。
「そうだ。印、結んでみよう」
生まれ育った山間の集落には山岳信仰があり、誰もが見よう見まねで印を結ぶくらいできる。
特に熱心な信徒ではないが、否定する理由もなかった。
――集中力と想像力。そして、信じる心。
ばあちゃんがいつも言っていた。
目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。
自分の内側に沈み込むように、意識を落とす。
自分と、この城を包み込む“何か”を思い描く。
外界を拒む膜。
侵入を、許さない境界。
指を折り曲げ、組み合わせる。
見よう見まねの、不格好な印。
――それでも。
ぱん、と小さく音を立てて、結んだ。
次の瞬間。
風が、消えた。
ざわめいていた枝葉の音が、唐突に途切れる。
空気そのものが、止まったような。
肌に触れていたはずの気配が、すっと遠のく。
「……あれ?」
目を開ける。
木々は揺れている。
葉も、確かに動いている。
なのに――音が、しない。
いや。
正確には、“遠い”。
ひどく遠くで鳴っているものを、無理やり聞かされているような、そんな歪な静けさ。
「……気のせい、かな」
肩の力を抜き、指をほどいた。
その瞬間。
静寂が、音を立てて崩れた。
風が戻る。
葉擦れが、世界に満ちる。
何事もなかったかのように。
「やっぱり、そんなに簡単にうまくいくものじゃないよね」
苦笑して、軽く手を振る。
なんかこう、金色のぴかーん! きらきら! みたいの出来るのかと思ったけど。
城の扉に神様から渡された石の鍵を差し込む。
カチリ。
その瞬間。
鍵が、微かに熱を帯びた。
鍵を引き抜く。
――その時だった。
「くゎぁ……よく寝たのう」
「え、なに?」
頭の奥で、声がした。
やけに澄んだ、綺麗な声。
なのに言っていることは、妙に気が抜けている。
「わらわを起こしたのは、そなたか」
「……誰?」
思わず口に出すと、
「ふむ……少し目を離しておった間に、森が荒れておるな」
勝手に話が進んでいく。
「――よい。他の者も起こしておこう」
「は?」
「面倒は分けるに限るからの。では任せたぞ」
「いや、何を!?」
思わず声を上げる。
けれど、
――ぷつり。
それきり、気配は途切れた。
しん、と静まり返る。
「……え?」
しばらく待ってみても、その声は戻ってこない。
風の音だけが、やけに遠く響いていた。
「……今の、なに?」
返事はない。
代わりに重い扉がひとりでに動き出す。
意志を持ったようにゆっくりと開く音だけが静まり返った森に響いた。
ぎゅっと、鍵を強く握りしめて
暗い城の中に、一歩足を踏み入れる。
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