7. 新たなミッション
広いLDKは甘い匂いに包まれている。
話しているうちに、デザートが焼き上がった。
本当はデコレーションケーキを作りたかったのだが、何しろ足りないものが多すぎた。
まず、スポンジを焼くための丸型がない。クリームを絞るための星口金もない。生クリームもないから、牛乳から作るとなると手間がかかるうえ、ホイップできるほどのものにはならないだろう。
もちろん――主役の苺もない。
ないない尽くしで、さすがに諦めた。
代わりに作ったのは、パウンドケーキだ。柑橘のドライフルーツを混ぜ込んで、甘すぎないようにしてある。
少々不格好だが、切り分けてしまえば問題ないだろう。
「マイトには、少し蜂蜜をかけてあげようか?」
「あっ、ボクも! ボクも蜂蜜かけて!」
……この神様、いつまで居座るつもりなのだろう。
大事な話は、もう終わったはずだ。 暇なのか?
「これはとても美味しいです! さすがコハル様です!」
なぜだろう。 あれ以来、ラズリの褒め言葉がまったく信用できない。
「紅茶にもよく合いますね」
パールの言葉は信用できる。
「ぬぅ……足りぬのじゃ」
「キュイッ!」
マリンちゃんとネルは……うん、かなり気に入ってくれたようなので、放っておこう。
ディアンは、こういう菓子はあまり好まなかっただろうか。
……いや、ケーキに顔ごと突っ込んで食べている。
本を汚される前に、ちゃんと口元を拭かせてから図書室へ戻ってもらおう。
「ところで、なんでデコレーションケーキは作れないの? ボク、甘いの大好きなんだけど」
やっぱりまた来るつもりか、この神!
「デコレーションケーキというのは、どのようなものなのですか?」
珍しくパールが興味を示した。
「フッ! お前たちは食べたことがないのか」
……この神様に世界を任せて、本当に大丈夫だろうか。
「甘くて、酸っぱくて、すごく綺麗なケーキだよ。でも、道具も材料も足りないの」
「どんな道具が必要かわかるの?」
「ええ、まあ一応……」
「そっか! じゃあ、道具を作ればいいんじゃない?」
――あ、この神、また変なこと言い出した。
「あっ、なるほど。結界ですか」
ラズリがポンっと手を打つ。
相変わらず私は盛大にハテナを飛ばして説明を待つ。
「牛を解体したコハル様の結界なら、逆も可能、ということですね」
なにが逆なの?
「さっそく、お前たちは素材や原料を集めておいで! デコレーションケーキが出来たらまた食べに来るよ。じゃあ詳しいことはラズリに聞いて。ボク本当に忙しいからまたね!」
嘘つけ。
「あっ、ちょっ……」
待って――
説明――
「キュイン!」
ヴェルム様が消え、何故かネルもプリプリとお尻を振りながら出ていく。
「ではワタクシたちも行ってまいります」
「どこに?」
ねぇ、どこに行ってくるの?
残ったのはモフモフとマリンちゃんだけだ。
「みんなデコレーションケーキとやらを食べたいのであろう。まあ、任せておけば良い。妾はコレをもう一切れ所望じゃ」
みんながどこに何をしに行ったのかわからないが、デコレーションケーキを作るミッションが勝手に始まったらしいことはわかった。
「私、また流されているなぁ……」
まあ、みんなに作ってあげたかったのは確かだし、城にある材料を確認しておくか。
パウンドケーキを口に入れたこのときの私は、まだ知らなかった。
泡立て器ひとつ作るのに、 あれほど心を折られることになるなんて。




