5. G8 サミット
反射的に閉じた目を開けるとそこにあったのは、見慣れた石造りの厨房じゃなかった。
大きな暖炉のような竈は、壁際にすっきりと収まり、その前には艶のある木目の長い食卓。白いクロスまで掛かっている。
さっきまで寸胴鍋が鎮座していた作業台は、ふかふかの椅子に囲まれた立派なダイニングテーブルへと進化していた。
しかも、その奥。
柔らかな絨毯が敷かれた空間には、深い緑色の大きなソファー。低いテーブル。壁には洒落た風景画。
完全に、応接間だった。
これはもう――
「LDKだ……」
思わず呟いた私に、みんなが「えるでぃーけー?」みたいな顔を向けてくる。
「マリンちゃん、すごいっ!」
「なに、大したことはしておらぬ」
模様替えならぬ、構造替えという奇跡を目の前で見せられ、この森に来て一番ときめいた。
ヴェルム様は、さっそくソファーにぽすんと座る。
「これでやっと落ち着いて話せるよ」
落ち着かないと思っていた人の馴染み方ではなかったけれども。
ラズリは隣の食堂を見回る。静かに椅子を引き、その数を確認して小さく首を傾げた。
「……八脚、ありますね」
「ん?」
つられて私も数える。
一、二、三、四、五、六、七、八。
本当だ。食卓の椅子、きっちり八脚。
そして応接スペースの方を見る。
大きな三人掛けソファーがひとつ。二人掛けがひとつ。一人用が三脚。
「……こっちも八人分だ」
「ヴェルムよ、妾の力に干渉するでないわ」
あ、また来るつもりだ、この人……
神棚か、小さな祠でも作ろうかと思っていたが必要なさそうだ。
私は焼きかけのデザートをオーブンに押し込み、ようやく腰を下ろして紅茶を飲んだ。
いつの間にか膝の上にはモフモフが乗っている。
「それで、オブ……いや、マリンちゃんっ……」
いちいち笑いを堪えるのをやめてほしい。
「マリンちゃん。外の様子を報告してくれる?」
ようやくヴェルム様が神様らしい顔をした。
――ここからが本題だろう。
私も居住まいを正す。
森を守るためとはいえ、異界への道をぶった切ってしまったのはまずいだろう。
だがマリンちゃんは、羽を揺らしてあっさりと言った。
「知らぬ。おぬしらが寝ておる間、あちこちから苦情がうるさくての。切っておいたわ」
え?
既視感がすごい。
「なんてことしたんだ!」
真っ先に叫んだのはやはりディアンだった。
「興奮するでないわ。ただ通信を切っただけじゃ。妾との繋がりを断てば世界が消えるのじゃぞ。そんなこと、先触れもなくするか」
いや、先触れがあればいいって話じゃないからね。
「って、今すごい爆弾発言しませんでした?」
世界が消える、って聞こえたような。
「なんだ、わかってやったのかと思っておったが、ラズリがうまく誘導したのか」
「まぁ結果的に、森は静かになっておる」
「コハル様の制御は完璧でしたので」
ラズリが満足顔で紅茶に蜂蜜を垂らす。
「ほう? 境界が閉じる寸前、森中の彷徨っていた魂が、風で冥界に押し込まれたようじゃの?」
全員の視線がラズリに刺さるが、本人はどこ吹く風だ。
「精霊の郷には粛清の通達が風で運ばれてきたそうじゃ」
もう、主犯はラズリでいいかな。いいよね。
……まあ、でも。
「ヴェルム様。申し訳ありません。私、この森をなんとかしたくて……」
「それで?」
その声だけで、空気が冷えた。
言葉が続かない。
この仕事を取り上げられたらどうしたらいいんだろう。
両手でカップを握りしめて俯く。
張り詰めた静寂。
「で?」
「え?」
「まんまとラズリに乗せられたのはどうかと思うけど、放っておいたら森も周りの奴らと共に消えてたからね。森を荒らす者を裁くのも君の仕事だよ」
軽く肩をすくめて笑った。
「いやぁ〜、スカッとしたよね!」
「自業自得だねー」
アハハハー! と、神様と風の精霊が笑いあっている……
この二人は怒らせないようにしよう、と愛想笑いを浮かべながらも、“裁く”という言葉が妙に耳に残った。




