1. ひとりになってしまいました
朝、目が覚めた。
――よく寝た。
視界に入るのは、未だに落ち着かない、やたらと広い寝室だった。高い天井、重たそうなカーテン、そして私が寝かされている天蓋付きの大きなベッド。
最初、この城に来たばかりの頃、使用人部屋を自室にしていた。
だって、こんな部屋、どう考えても私には不相応だったし、広すぎて逆に眠れなかったのだ。
けれど、パールに叱られた。
『この城の主にふさわしい部屋を使ってください』
珍しく有無を言わせない口調でそう言われて、そのまま半ば強引にこの部屋へ移されてしまった。
しかも、家具の配置から寝具の質まで、全部きっちり整えられて。
……結果、めちゃくちゃ寝心地が良かった。
もぞもぞと毛布の中で身じろぎしながら、ぼんやり天蓋を見上げる。
そろそろパールが朝の支度を手伝いに来る頃だ。
私は、誰かに髪を梳かれたり服を選ばれたりするのに慣れない。落ち着かないし、正直かなり恥ずかしい。
でも、パールは絶対に譲らないのだ。
『主なのですから』
その一言で全部押し切られる。
だから、今日もそろそろ扉が開くはず――
……なのに。
気配が、ない。
ぱちりと瞬きをした。
静かすぎる。
それに。
「……あれ?」
もぞ、と隣に手を伸ばして、そこで違和感に気づいた。
いない。
出会ってからずっと、当然みたいな顔をしてベッドに潜り込んでいた、あのモフモフ――マイトがいない。
夜になると勝手に入り込んできて、朝には布団を半分くらい占領しているのが常だったのに。
胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
なんだろう。
なんとなく。
城の中が、いつもと違う。
静かすぎる。
しん、としていて、生き物の気配が薄い。
「……っ」
急に、ざわざわと嫌な不安が胸いっぱいに広がった。
私は慌ててベッドを飛び出し、上着もろくに羽織らないまま部屋を飛び出した。
廊下を走る。
階段を駆け下りる。
エントランスへ。
「ラズリ!」
声を上げて、広いホールを見渡す。
けれど、誰もいない。
朝ならたいてい、ラズリがこの辺りを掃除している。きっちり隅まで綺麗にしてくれているのに。
今日は、その姿がなかった。
「うそ……」
ぞくり、と背筋が冷える。
そこで、はっとする。
図書室。
私は弾かれたようにまた走り出した。
重たい扉を押し開けて、中へ飛び込む。
「ディアン!」
天井を見上げる。
――けれど。
そこにも、いない。
不気味なくらい、静かだった。
「……みんなどこ?」
ぽつりと、情けない声が漏れた。
ひとりきり。
急に、世界から置いていかれたみたいな気分になる。
だめ、落ち着け。
深呼吸して、無理やり思考を引き戻す。
昨日。
昨日、私は何をした?
記憶をたどる。
森に出て――
そこで。
「あっ……」
思い出した。
「……世界、ぶった切っちゃったんだ……」
頭を抱えたくなった。
いや、うん、言葉にすると本当に意味がわからない。
でも事実だ。
私は昨日、色々あって――世界をぶった切ったらしい。
でも、その後。
みんなはちゃんといた。
マイトが『お腹空いた……』って、あの気の抜ける声で言っていて。
それで私は、ああ、ご飯作らなきゃって思って――
そこで。
「……そこから、思い出せない」
急に、ぷつりと記憶が途切れている。
眠かった。
ものすごく、抗えないくらいに。
たぶんそこで寝ちゃったんだ。
そして――誰もいない。
「……まさか」
喉がひゅっと鳴った。
私のせい?
森を切り離したから?
何か取り返しのつかないことをして、みんな呆れて、出ていってしまったんじゃ――
それならまだいい、万が一、私が森を切り離したことで精霊が――みんなが消えてしまったのだとしたら。
「どうしよう……」
声が震える。
「ひとりで、こんなの……」
無理だ。
私は、この城の主なんて言われても、実際は何もできない。
みんながいたから、頑張れる気がしてただけだ。
「私、何もできないのに……」
胸がぎゅうっと苦しくなる。
「私のせいで……」
静まり返った図書室の中で、その言葉だけが、やけに大きく響いた。




