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境界の森の管理人~森を守るため、世界を締め出しました~  作者: 久東芽蕗
第二章 森の管理人

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1. ひとりになってしまいました

 

 朝、目が覚めた。

 ――よく寝た。


 視界に入るのは、未だに落ち着かない、やたらと広い寝室だった。高い天井、重たそうなカーテン、そして私が寝かされている天蓋付きの大きなベッド。


 最初、この城に来たばかりの頃、使用人部屋を自室にしていた。

 だって、こんな部屋、どう考えても私には不相応だったし、広すぎて逆に眠れなかったのだ。


 けれど、パールに叱られた。


『この城の主にふさわしい部屋を使ってください』


 珍しく有無を言わせない口調でそう言われて、そのまま半ば強引にこの部屋へ移されてしまった。

 しかも、家具の配置から寝具の質まで、全部きっちり整えられて。


 ……結果、めちゃくちゃ寝心地が良かった。



 もぞもぞと毛布の中で身じろぎしながら、ぼんやり天蓋を見上げる。


 そろそろパールが朝の支度を手伝いに来る頃だ。


 私は、誰かに髪を梳かれたり服を選ばれたりするのに慣れない。落ち着かないし、正直かなり恥ずかしい。

 でも、パールは絶対に譲らないのだ。

『主なのですから』

 その一言で全部押し切られる。


 だから、今日もそろそろ扉が開くはず――

 ……なのに。


 気配が、ない。


 ぱちりと瞬きをした。


 静かすぎる。


 それに。

「……あれ?」

 もぞ、と隣に手を伸ばして、そこで違和感に気づいた。


 いない。


 出会ってからずっと、当然みたいな顔をしてベッドに潜り込んでいた、あのモフモフ――マイトがいない。

 夜になると勝手に入り込んできて、朝には布団を半分くらい占領しているのが常だったのに。


 胸の奥が、ひやりと冷たくなる。

 なんだろう。

 なんとなく。

 城の中が、いつもと違う。

 静かすぎる。

 しん、としていて、生き物の気配が薄い。


「……っ」


 急に、ざわざわと嫌な不安が胸いっぱいに広がった。


 私は慌ててベッドを飛び出し、上着もろくに羽織らないまま部屋を飛び出した。


 廊下を走る。

 階段を駆け下りる。

 エントランスへ。


「ラズリ!」


 声を上げて、広いホールを見渡す。

 けれど、誰もいない。

 朝ならたいてい、ラズリがこの辺りを掃除している。きっちり隅まで綺麗にしてくれているのに。

 今日は、その姿がなかった。


「うそ……」


 ぞくり、と背筋が冷える。

 そこで、はっとする。


 図書室。


 私は弾かれたようにまた走り出した。

 重たい扉を押し開けて、中へ飛び込む。


「ディアン!」


 天井を見上げる。


 ――けれど。

 そこにも、いない。

 不気味なくらい、静かだった。



「……みんなどこ?」


 ぽつりと、情けない声が漏れた。


 ひとりきり。


 急に、世界から置いていかれたみたいな気分になる。

 だめ、落ち着け。

 深呼吸して、無理やり思考を引き戻す。


 昨日。

 昨日、私は何をした?

 記憶をたどる。

 森に出て――

 そこで。


「あっ……」


 思い出した。


「……世界、ぶった切っちゃったんだ……」


 頭を抱えたくなった。

 いや、うん、言葉にすると本当に意味がわからない。

 でも事実だ。

 私は昨日、色々あって――世界をぶった切ったらしい。


 でも、その後。

 みんなはちゃんといた。

 マイトが『お腹空いた……』って、あの気の抜ける声で言っていて。

 それで私は、ああ、ご飯作らなきゃって思って――


 そこで。


「……そこから、思い出せない」


 急に、ぷつりと記憶が途切れている。

 眠かった。

 ものすごく、抗えないくらいに。

 たぶんそこで寝ちゃったんだ。


 そして――誰もいない。


「……まさか」


 喉がひゅっと鳴った。

 私のせい?

 森を切り離したから?

 何か取り返しのつかないことをして、みんな呆れて、出ていってしまったんじゃ――


 それならまだいい、万が一、私が森を切り離したことで精霊が――みんなが消えてしまったのだとしたら。


「どうしよう……」


 声が震える。


「ひとりで、こんなの……」


 無理だ。


 私は、この城の主なんて言われても、実際は何もできない。


 みんながいたから、頑張れる気がしてただけだ。


「私、何もできないのに……」


 胸がぎゅうっと苦しくなる。


「私のせいで……」


 静まり返った図書室の中で、その言葉だけが、やけに大きく響いた。




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