~過去編~
時は戻って、過去編です。暗いのでお気をつけください。
未来に選択肢がある人は、神様に選ばれた人間だけだと思って生きてきた。
だから――突然選択肢を与えられても、困る。
「ねぇ、決まった? いい加減決めてくれないと君、死んじゃうよ?」
「うーん……」
物心ついた頃には父はいなかった。母は私を産んですぐに亡くなったと聞いた。
山奥の小さな集落で祖父母に育てられたけれど、その祖父も山の事故で帰ってこなくなった。
残ったのは祖母と、古い家と、静かな山だけ。
朝はまだ暗いうちに起きて、祖母の体を起こす。
細くなった腕を支えて、ゆっくりと座らせる。
「コハルが作るごはんはいつも美味しいねぇ」と言われるたびに、胸の奥が少しだけ軽くなった。
それから山を下りて、旅館の厨房で働く。
油と湯気の中で、言われたことをこなすだけの毎日。
褒められることはなくても、怒鳴られなければそれでいい。
夕方にはまた山を登る。
祖母は同じことを何度も話して、それでも最後には必ず「ありがとう」と言った。
私が作ったごはんを美味しそうに食べてくれる。
それだけで、よかった。
祖母は祖父との思い出が詰まったこの家を離れようとしなかった。
不便でも、寒くても、ここがいいのだと笑っていた。
だから私は、ここで全部やればいいと思っていた。
――思っていたのに。
「もう少し早く帰っていれば」
「もう少し、ちゃんと見ていれば」
そんな言葉が、葬儀のあとも頭の中でずっと回っていた。
守れなかった。
雨が続いていた。
遺骨の入った箱をぼんやりと見つめながら、何も考えられなくなっていたときだった。
低い音が、地面の奥から響いてきた。
次の瞬間、床が傾いて、視界がひっくり返る。
――そこで、途切れた。
そして今に至る。
目を開けると、知らない天井……という、
いわゆる“あれ”だ。
「私、死にました?」
「最近の人間は妙に転生慣れしていて嫌だね」
目の前にいるのは、たぶん神様だ。
お姉さんにもお兄さんにも見える、不思議な美しさをしている。
「まだ生きてるよ」
「生きてるんですか?」
「土砂の下で瀕死だけど」
……生々しい。
けれど、実感はなかった。
「だからね、選ばせてあげる」
「はい?」
「土砂の下で救助を待つか、体ごと別の世界に行くか」
「そんな究極の選択、無理です。神様が決めてくださって構いません」
すると神様は、少しだけ目を細めた。
「だからボクが決めたんだよ」
「……え?」
「君に、選択肢を与えるってね」
「私が決める必要、ありますか」
「あるよ」
即答だった。
「どっちでもいいなら、決めるのは簡単だろ?」
「……」
言葉が出ない。
「君、今までそうやって生きてきたんじゃないの?」
「さあ、どうする?」
未来なんて、考えたこともなかった。
選ぶ理由も、選びたいものも、何もない。
「土砂崩れを無かったことにするとかは?」
「それはボクの仕事じゃない」
「――うーん」
「別の世界を選んだら私は何をしたらいいんですか」
「別に何もしなくていいよ」
「……うーん」
「せめて何か仕事でもあるなら良いのですが……」
「仕事が欲しいの? 珍しいね」
「何もしなくていい、というのが想像できなくて」
「へぇー。じゃあ今と同じことしてよ」
「旅館?」
「何それ? 違うよ。森の管理だ」
「え? そんなことしてた覚えはないのですが」
「ボクの社を管理してたの君だろ? 君のぬか漬け好きだよ?」
「あ? あぁ……」
確かに、神職がいない小さなお社を管理していた。お供えもしていた。でも――
集落は高齢者が多く、私がやらなければならない雰囲気で、断れなかっただけだ。
信仰心でやっていたわけではないのでバツが悪い。
「山の神様?」
「間違ってはいないけどちょっと違うよ。強いて言うなら大地の神様ってところかな。山も森もボクの管轄だよ」
あまり違いがよくわからないが、どちらにしても私は……
「あの……」
「そんなこと、どうでもいいんだよ。繋いでいたのは事実だ。未来への可能性だ」
「それはどういう……」
「それより早く決めてよ」
「……未来の可能性」
「私にもそんなものありますか」
「さあね?」
「……」
だったら。
「了解ー。じゃあボクのお気に入りの森を頼んだよ?」
そして、長らく管理人が不在だった異世界の森が私の職場となった。
「あの……危ないこととかあります?」
「あるよ?」
ですよね〜。
「せめて慣れるまでは、すぐ死なないようにして貰えませんか」
「そうだよね。じゃあ自分と森を守れる程度の力は与えるよ」
「君が選んだ新しい人生が幸多からんことを!」
一章終了です。
貴重なお時間、読んで頂き本当にありがとうございました。




