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境界の森の管理人~森を守るため、世界を締め出しました~  作者: 久東芽蕗
第一章 森と精霊

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13/22

~過去編~

時は戻って、過去編です。暗いのでお気をつけください。

 

 未来に選択肢がある人は、神様に選ばれた人間だけだと思って生きてきた。

 だから――突然選択肢を与えられても、困る。





「ねぇ、決まった? いい加減決めてくれないと君、死んじゃうよ?」

「うーん……」





 物心ついた頃には父はいなかった。母は私を産んですぐに亡くなったと聞いた。

 山奥の小さな集落で祖父母に育てられたけれど、その祖父も山の事故で帰ってこなくなった。

 残ったのは祖母と、古い家と、静かな山だけ。


 朝はまだ暗いうちに起きて、祖母の体を起こす。

 細くなった腕を支えて、ゆっくりと座らせる。

「コハルが作るごはんはいつも美味しいねぇ」と言われるたびに、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 それから山を下りて、旅館の厨房で働く。

 油と湯気の中で、言われたことをこなすだけの毎日。

 褒められることはなくても、怒鳴られなければそれでいい。

 夕方にはまた山を登る。

 祖母は同じことを何度も話して、それでも最後には必ず「ありがとう」と言った。

 私が作ったごはんを美味しそうに食べてくれる。

 それだけで、よかった。


 祖母は祖父との思い出が詰まったこの家を離れようとしなかった。

 不便でも、寒くても、ここがいいのだと笑っていた。

 だから私は、ここで全部やればいいと思っていた。


 ――思っていたのに。


「もう少し早く帰っていれば」

「もう少し、ちゃんと見ていれば」

 そんな言葉が、葬儀のあとも頭の中でずっと回っていた。

 守れなかった。


 雨が続いていた。

 遺骨の入った箱をぼんやりと見つめながら、何も考えられなくなっていたときだった。

 低い音が、地面の奥から響いてきた。

 次の瞬間、床が傾いて、視界がひっくり返る。


 ――そこで、途切れた。



 そして今に至る。


 目を開けると、知らない天井……という、

 いわゆる“あれ”だ。


「私、死にました?」

「最近の人間は妙に転生慣れしていて嫌だね」

 目の前にいるのは、たぶん神様だ。

 お姉さんにもお兄さんにも見える、不思議な美しさをしている。


「まだ生きてるよ」

「生きてるんですか?」

「土砂の下で瀕死だけど」


 ……生々しい。

 けれど、実感はなかった。


「だからね、選ばせてあげる」

「はい?」


「土砂の下で救助を待つか、体ごと別の世界に行くか」


「そんな究極の選択、無理です。神様が決めてくださって構いません」


 すると神様は、少しだけ目を細めた。


「だからボクが決めたんだよ」

「……え?」

「君に、選択肢を与えるってね」


「私が決める必要、ありますか」

「あるよ」


 即答だった。


「どっちでもいいなら、決めるのは簡単だろ?」

「……」


 言葉が出ない。


「君、今までそうやって生きてきたんじゃないの?」




「さあ、どうする?」



 未来なんて、考えたこともなかった。

 選ぶ理由も、選びたいものも、何もない。



「土砂崩れを無かったことにするとかは?」

「それはボクの仕事じゃない」

「――うーん」


「別の世界を選んだら私は何をしたらいいんですか」

「別に何もしなくていいよ」

「……うーん」


「せめて何か仕事でもあるなら良いのですが……」

「仕事が欲しいの? 珍しいね」

「何もしなくていい、というのが想像できなくて」

「へぇー。じゃあ今と同じことしてよ」

「旅館?」

「何それ? 違うよ。森の管理だ」

「え? そんなことしてた覚えはないのですが」

「ボクの社を管理してたの君だろ? 君のぬか漬け好きだよ?」

「あ? あぁ……」


 確かに、神職がいない小さなお社を管理していた。お供えもしていた。でも――

 集落は高齢者が多く、私がやらなければならない雰囲気で、断れなかっただけだ。

 信仰心でやっていたわけではないのでバツが悪い。


「山の神様?」

「間違ってはいないけどちょっと違うよ。強いて言うなら大地の神様ってところかな。山も森もボクの管轄だよ」


あまり違いがよくわからないが、どちらにしても私は……



「あの……」

「そんなこと、どうでもいいんだよ。繋いでいたのは事実だ。未来への可能性だ」

「それはどういう……」


「それより早く決めてよ」


「……未来の可能性」

「私にもそんなものありますか」

「さあね?」

「……」


 だったら。


「了解ー。じゃあボクのお気に入りの森を頼んだよ?」


 そして、長らく管理人が不在だった異世界の森が私の職場となった。


「あの……危ないこととかあります?」

「あるよ?」


 ですよね〜。

「せめて慣れるまでは、すぐ死なないようにして貰えませんか」

「そうだよね。じゃあ自分と森を守れる程度の力は与えるよ」


「君が選んだ新しい人生が幸多からんことを!」




一章終了です。

貴重なお時間、読んで頂き本当にありがとうございました。

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