【第二章71】押し問答の末
「静かに、中将様の目を盗んでここに来てるんですから…バレたら引きずられて戻されるかもしれ無いんですよ!」
「おうならもっと騒いでやるからさっさと帰れ!」
「ちょ、やめてください!」
わーわーと騒ぎ始めた俊什のその剣幕が本気だと感じ取り、僕は慌てて手をバタバタと振って制止しようとした。
「「あ」」
俊什の暴走を止めようと扉に体重を掛けると、ガタンと勢いよく扉が開いて外の寒気と共に僕は部屋の中に一歩、二歩と流れ込んだ。どうも…鍵が掛かっていなかったらしい、中将様は僕が待機しているのをとっくに知っていた上で鍵を開けたままにしたという事なのだろうか。
僕と俊什の間に気まずい沈黙が流れ、お互いに顔も見合わせずに俯いて黙った。僕は中将様にバレていたのだという気まずさから、俊什は…驚いているのだろうか。顔が見えない為何を考えているか、どんな感情なのか分からない。
「…騒いでも騒がねえでもバレてンじゃねえかよ」
先に口を開いたのは俊什だった。そろ…と顔を上げると笑いを堪えているような、もしくは神妙そうな顔で僕を見る俊什と目が合った。僕は辛うじて「そうですね」と返すのが精一杯で、言った後は再び俯いた。
「あンで来たンだヨ、自分から罵られに来たって?エ?」
「そんなわけないでしょう!助けに来たんですよ!」
とんでもない濡れ衣を着せられそうになり、流石に慌てて否定するために顔を上げて言い返すと、予想に反して俊什は顔を引き攣らせ目を険しくさせた。
「助ける、だァ…?」
「ええ、正直あなたを見捨てるような真似は僕にはできません。なんせ小心者なので、目の前で人が死ぬような経験もしたことないし。なので何とか助けられる方法を話し合いに来ました」
「帰れ」
「なぜ!?あなたも死にたくないんでしょう!だったら僕に対するわだかまりなんて、そうわだかまり、それも解消しに来たんですよ!ちょっと押さないでください帰りませんからね僕は」
「いンや、帰れ」
頑なに帰らせようと僕を押し出そうとする俊什の肩を何とかして掴み、寸での所で踏みとどまった。靴裏はザリと床を噛んで入り口に引っかかり、一瞬だけ止まったがなおも俊什は押し出そうとする手を止めようとはしない。このままでは追い出されかねないと焦り、僕は俊什ともみくちゃになりながら、気が付けば床の上に組み伏せられていた。
うつぶせで顔が床に擦りつけられメガネが浮き、後ろで手を拘束された。やはりというかきちんと訓練した軍人には勝てなかったし、僕はまるで罪人のような気分にさせられた。分かってはいたが、武侠小説のように上手くは行かないものだ…
「帰れっつってンだロ、馬鹿かテメエはヨ。このまま雪ン中放り投げてやろうか、ン?」
「ちょ、やめてください!話し合いましょう、あな、あなたがここに残れる方法を考えたんですよ!」
「…ハァ?」
呆れたような、もしくは馬鹿にするような素っ頓狂な声が上から降ってくるが、僕の腕を拘束する手の力はちっとも緩まない。手ごたえのない反応に交渉失敗の四文字が脳裏を掠めるが、そんなあっさり認めて堪るかと言葉を重ねた。
「僕へのあなたが行った裏切り行為、そして傷害行為の意図を悪意からではなく別の…大義名分とやらを付けるんです。良いですか、あなたが中央に送られて処刑だの処理だの物騒な事に成りかけているのは、偏にその裏切りという行為が軍ではご法度だからです。そうですね?」
反応は無い、しかしここで言葉に詰まってしまえば本当に雪の中に放り投げられてしまうだろう。彼のその容赦のなさを、ある意味僕は身をもって経験したのだ。
「だから!裏切りではなかったのだとこの数日間で僕とあなたで口裏を会わせて、何とか中央送りは回避しようと言っているんですよ!」
「さっきから聞いてりゃあテメエ、何を企ンでいやがンだ、オレはテメエを殺し損ねたんだ。テメエからすりゃオレは憎い存在だロ、何を企ンでいやがる」
…悔しいが彼が正しい。別に僕は完全なる親切心で彼を許そうだとか、助けなければいけないだなんてそんなことは毛頭考えていない、もっと人間らしいというか汚い感情で動いているのだ。それを悟られたのかは知らないが、ここで綺麗事の嘘八百を並びたてるとさっきの二の舞になりかねない。
どう言えば、嘘だと思われずに信用されるだろうか。ここで少しでも間違えればこの男は間違いなく戸を開けては呉れなくなるだろう。そうすれば中将様が下さった(と思いたい)機会が水の泡と化してしまう。




