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【第二章72】試される本心

 開いたまんまの扉から雪が混じった冷たい風が吹き込み、カチカチと歯の根が会わなくなり始めた。舌の根が凍てしまう前にと僕は急いで言葉を探した。


「…ええ、僕は今でもあなたを許してなんかいませんよ。当たり前でしょう、あんなことをされて相手を許せる人間なんてどこに居るって言うんです」

「だったらなンで」

「でも僕は!あなたから一度たりとも謝罪の言葉を聞いていません」


…それと、死ぬと分かっていてそれを肯定するような行為が出来るほど僕に残虐性は無い。その上それが出来ないと分かっている程度には、僕は僕の臆病さをわかっているつもりだ。ただ、俊什にそんなことを行っても信じてもらえないだろうことは想像できるから言わないが。

 途中で俊什が口を開いたがそれを遮り逆に言葉を被せ、目尻ぎりぎりまで動かした目の先で、俊什が口を噤んでいるのが微かに見えた。メガネの範囲外故にその表情は朧気で影になって分かりにくいが、口を閉ざしたことだけは分かる。


「僕はこうして生きています、あなたの爪が甘かった事と、たまたま通りかかった紅慧さんのお陰でね。殺人未遂は民間の間でも大罪だ、その残虐性によってはかなり罰が重くなることも在ります」


刑事や法律なんかは僕の専門では無いが、基本教養として学舎で学び幾つか実例を新聞で知っている。仮に僕の言葉が信じられなくても、殺人未遂が何処でも大罪であることぐらい説明しなくてもわかるだろう。だからだと思いたい、俊什の手の力が緩んだのは。

 僕は手ごたえがあると自分を騙すように励ましながら喋り続け、俊什が黙っている隙に好き放題捲し立てた。


「ですが、それでも僕はあなたに用意された罰は二つとも釣り合わないと考えています。まだ誠心誠意な謝罪の言葉も聞けていませんし、僕が感じた限りあなたは僕が居なければ道を外すことも無かったでしょう。更生の余地も十分にあるといえます、違いますか!」

「御講釈垂れてるとこ悪いが、出ていけ。オレはテメエのお情けなんざに縋るぐらいなら死んだほうがましだ」


拘束する手が離れたかと思いきや、僕が起き上がる間すら与えてくれず俊什は僕を蹴り飛ばし、僕は蹴られるがまま開け放した扉の向こうに転げた。直ぐに冷たい雪が顔中につき、妙に苦い雪が口の中に入ったのをぺっぺっと吐き出していると、バタンと扉が無情に閉まった音が聞こえてばっと顔を上げる。

 既に閉じられた扉の小窓すらぴしゃりと閉められ、ドンドンと叩こうが全力で押そうがびくともしない。鍵は掛かってないから俊什が向こうで押さえつけているんだろう、それにしたって少しも動かないのは納得いかない。


「俊什さん!俊什さん!?開けてく…ッ開けろ俊什!」


始めてこんなバンバンと戸を叩いて乱暴な言葉も吐いて見るが、俊什が戸を開ける様子は一切見られない。くっと歯を食いしばって固く閉ざされた鉄扉に拳をつき、その向こうに居るであろう俊什に向かって叫んだ。


「僕が諦めると思ったら大間違いだ…!僕はこんなところにまで来て人殺しの手助けをしに来たんじゃないッ!巫山戯るなよ俊什!この扉を開けて話を聞く態度を僕がこの目で直接見るまでは、絶対に毎日ここに来てやるからな!」



ガンッと一度怒りに任せて握りしめた拳を扉に叩きつけるが怒りが鎮まることは無く、散々叫んで息を切らしたせいで肩を上下させるほど荒ぶった息を鎮める。何の反応もない扉が恨めしい、物理的にも心理的にもこの数センチが破れないのが何よりも恨めしい。


 何のためにここまで来たんだ、何のために床に転がされてもなお叫んだんだ、僕のやったことなど全て俊什が蹴っ飛ばしたその一つの動作で消えるんじゃないか。

 扉に手をついてそんなことを考えていると、じわじわと目頭が熱くなり視界が歪み始めたがここで泣くのが信じられないほど腹立たしく、鉄の味がするほどに唇を噛みしめた。霜がこびりついて鋭い肌触りになった上着の袖で目元を拭い、きっと鉄扉を睨みつける。

 諦めるものか、決して。どんな手段を使ってでも、何が何でも俊什に僕の話を聞かせ、中央行きの列車に乗せる道など僕が潰してやる。


 帰りの道では中将様の部屋から出た時同様に誰も居らず暗い廊下が続いていたが、最初と比べて脳内の混雑さや、誰とも会わない事への不安感のようなものは無くなっていた。寧ろ腹の虫がおさまらないからこそ誰も会いたくない気持ちが今は強い。

 そのピリピリとした状況は寝台に潜り込んでも尚続いた。

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