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【第二章70】二つの道

 いつまでも中将様の執務室に入りびたる訳にも行かないし、このまま消灯時間を大幅に過ぎた後に歩き回ればまたあること無い事言われるだろう。動く気力なんてさらさら存在しなかったが、何とか立ち上がり中将様の執務室から出た。


 長い廊下を歩いていると、止めどない考えばかりが浮かんでは消えて、今すぐにでも意識を失いたかった。俊什に対してもっと何かできなかったのかと考えるたびに、自惚れるなとも…お前は俊什が憎かったんだろとも同時に考えてしまう。

 同情するに値する彼を、同時に僕は妥当な処置だろとも思ってしまっている。さっきまで絶望していた俊什が目の前にいなくなった瞬間に、彼を悪く思い始める自分がいることに耐えきれない。自己嫌悪なんて易しいものじゃない、自分を心底軽蔑して俊什の代わりに僕が死ねばとすら思うほどに自分が唾棄すべき人間であるように思えてならない。


 こんな誰かと会って考えを誤魔化したい時に限って、廊下の向こうからは誰の姿も見えないし足音も聞こえやしない。誰か居やしないか、足音は聞こえないかと、四隅が暗く天井に備え付けられた電気だけが時々チカチカとする廊下を見ていると孤独をより強く感じ、ぞわりと背筋が冷えて粟立った。


 どうしてもそれ以上進む気にはなれなくて、本来ならば今すぐ病棟に戻り寝るべきなのに、その場に立ち止まって壁に手をついた。しかし考えてみれば、ここで戻ったところできっと僕は寝ることなど出来ないだろう。まだ俊什との間にある(僕が勝手に感じているだけかもしれない)わだかまりが消えてやしないし、彼を見捨てるには僕は臆病すぎた。

 病棟に繋がる薄暗い廊下をもう一度見て、唾を飲み踵を返した。


 勢いのままに建物から飛び出し、良然が入ったあの一度しか行ったことがない反省室の道筋を思い出しながら走った。中将様は確かに反省室に待機させると言ったはずだ、一度しか行っていないとはいえここ一週間ほどで僕は随分とここの地形を覚えているんだ、難なくたどり着ける。

 とは言え、とっくに酒は抜けていて酔った時特有の温かさなんかもうどこにも無くなったせいで、かなり厚手の上着を軍服の上から着ていても隙間隙間から冷気が入ってきて熱のときみたいな寒気がする。走れば走るほど肺が痛み始めるが、多少なりとも鍛えていたのが良かったのかまだまだ走れそうだった。


 しかし防ぎきれない寒さによる震えや鼻の痛みに耐えながら、およそ15分ほど走っていてようやく反省室が見えたが、どうも中に中将がいるようなのだ。ここで鉢合わせたら不味いし、少し待機しようと近くの影にしゃがみこんだ。僕のどこからこんな根性が出てきたのか僕でも知らないが、寒い中僕は雪の上にしゃがみこんで、中将様が去るのをその場でじっと待ち始めたのだ。


「ッ寒い寒い寒い!不味いぞ雪が本降りになってきた…!」


そうしていれば爪先が凍り始めるのも必然で、皮膚はつっぱるし、爪先の感覚は無くなるし、肩に雪は積もるしで散々だった。それにしても一体中将様は何をそんなに長く話しているんだろうか?こんな寒い中立ち話していたら風邪ひいてしまうぞ。


「ぅえっくしっ!」


そーれ言わんこっちゃない、僕みたいにくしゃみをし始めたら風邪なんて秒読みだ。

 ずびずびと鼻を啜りながら中将様の影が反省室の中から出てくるのを待つこと約10分、小刻みに体が震え始めた頃になってようやく中将様が反省室から出てきた。しかし僕も馬鹿ではない、しっかりと中将様の姿が見えなくなってから反省室に忍び込んだ。


 反省室は頑丈なドアの上部に小さな窓があり、それを横にズラすことで中の様子が見えるのだ。僕は一応最低限の礼儀としてノックをしてからその小窓を開けた。


「ハァ!?ンでお前がここに居ンだヨ!」

「しー!バレるでしょう!少し静かにしてください!」


物音で顔を上げて驚いた表情で叫んだ俊什をなんとか黙らせ落ち着かせると、俊什は舌打ちしながら背をそむけてだんまりを決め込み始めた。

 ここまで来て、今更僕がこんなので奴の思い通りになるとでも思ったのだとすれば、彼は間違いなく馬鹿だ。

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