【第二章69】強いられた道
「規則に例外を作ればもっと大きな事に繋がる。すまん、儂にはどうしようも出来ない。せめて人道に則った扱いをされるか、何かしらの理由で処刑になるのを祈る」
「ちょ、処刑を祈るってあんまりでは…だって永久追放の道もあるんでしょう?」
「オレが天与礼者である限り永久追放なんざ出来るわけねえだろッ!中将様よォ!頼む、頼むからオレをここで殺してくれヨ…!コイツが関わらなければオレは別にここで働く事が嫌じゃなかったんだ…!ここなら人間として自分が付けた名前でみんな呼んでくれる、数字と記号の物体じゃ無くなるんだヨ!頼む、椿苑基地で死なせてくれ…」
中将様の服を皺が出来るほど握りしめて縋りつき、俊什は慟哭して僕の事なんかは眼中に無いほど彼は死を渇望していた。
『ここなら人間として自分が付けた名前でみんな呼んでくれる、数字と記号の物体じゃ無くなる』だなんて、彼にとっての幸せとはなんて…
ここだって、いつ襲撃があって命を落とすか分からない。怪我や病気をしてしまえば、完全な設備が揃っているとは言えないここじゃ生命の保証がされている訳ではない。だというのに、それでもここが良いと言うのか。
…ある意味、彼が道を踏み外したのは僕のせいなのだろう。彼の言う通り、僕が彼の前に居なければ彼はこんなことをしなかっただろうし、衝動に突き動かされるような真似はしないはずだ。いや、僕が悪いというより、「朴黎鳴」という人間を憎むあまりあれに連なる全てが憎いんだろう。
「中将様、この件を知っているのは僕と、中将様だけでしょう。なら、伏せておくことは出来ませんか」
「…出来ると思うか、人の生死に関わるのだぞ。それにこれは知っておる人間の数ではない、規律の問題だ。丈夫な布は細かく密に編まれておるが故に強靭だ、その網目に組み込まれた糸に解れが生ずれば例えたった一本であろうと脆弱になる。故に、儂は許してはならん、見逃してはならんのだ」
「組織全体を守る為にも」とその言葉の裏に隠されたのだろう言葉は、実態を持たないはずなのに深く突き刺さったように感じて服を握り締める。
僕自身、怪我を負った原因である俊什を許すことは到底出来ないし相応の罰を受ければ良いと思っている。だが彼の様子を見て、実態を聞いてしまえば「ざまぁみろ」だなんて到底言えない。僕はむしろ憐憫の情すら彼に抱き始めていた。
「中央行きの列車の手配と諸々の書類を作成する故、数日間猶予がある。その間は離れにある反省室にいるように。良いな」
中将様はそう言って俊什の肩を掴んで立ち上がらせると、少し何かを言いたげに口を開いたが悲し気に息を吐いて結局何も言わなかった。俊什も、静かに腕を掴まれるがまま項垂れて立ち上がり重い足取りで歩く。重力にしたがって垂れた髪の隙間から見えた彼の表情は酷く淀んでいて、顔の筋肉が一切動いていなかった。
俊什の爪先が床に転がった彼の帽子を小突き、ころりと転がっていく。先ほど床に手を叩きつけた時に落ちたんだろう、全く気が付かなかった。僕が知る限り、他の隊員はこのような帽子をかぶっていないし、彼の私物だと思う。
…もしかすれば、唯一の。
「し…俊什さん。帽子、持って行ってください」
僕は彼を待つ運命に対して何も変えられない。完全に無力だ。だからこそ、僕は彼がこれ以上何かを失うような様は見たくなかったし、もし出来るなら彼の手から零れたものを拾ってやりたいとすら思うのだが、今の僕じゃ帽子を拾うのが精一杯だった。
帽子を受け取った俊什は何も言わなかったが、微かに唇が震えたのが見えた。嘆息した中将は少し首を振り、顔を少し僕の方へ向けた。
「遅くまで拘束して悪かった、久藍も部屋に…いや、今は病棟か。とにかく、ゆっくり休んでくれ」
「…ありがとうございます。あの、中将様、本当に」
「久藍」
びくりと勝手に肩に力が入り、俯く。自分と俊什と中将様の三足の靴が目に入り、俊什の靴が一歩ドアへと進んだ。俯いたままでいると、頭上から中将様の静かな声が降ってきた。
「晩安、しっかり休んで回復してくれ」
「はい、中将様もご無理はされませんよう」
バタンと乾いた木の音を聞いてドアが閉まったのだと分かってもそのドアを見る勇気は到底僕には無くて、イスに崩れるように座り込み、握った拳を肘掛に向けて力任せに叩きつけた。
「クソ…」
滅多にしない舌打ちも微かに漏れた悪態も意味を成さず、虚しく響いて更に苦しかった。
今週の火曜日出すの忘れてました、申し訳ありません。




