【第二章68】可哀そうな子供
「可哀そ、可哀そうだァ!?」
拳を肘置きに叩きつけ、俊什は立ち上がると僕に向かって一歩踏み出したが、中将様が手で制した為に舌打ちして立ち上がるに留まった。そんなに怒るかと眉を寄せたが、どう考えようと彼が怒る理由が分からない。普通は被害者に詰られたらもっとしおらしくするもんじゃないのか。まあ僕に彼を気遣ったりおどおどしたりする理由も無いのでこのまま行くが。
「ええ、可哀そうだと言いましたよ。どれだけあなたが朴黎鳴に恨みを果たそうと奔走しても、空回りしてるんじゃ意味がないでしょう。恨みは果たせない、仇も取れないんじゃ行動に意味がないじゃないですか」
朴黎鳴という人間を舐めるのも大概にして欲しいものだ。かつてはあれの気を引こうとあれこれ試してもなお、嫌がることなんて分かっていないのに、他人の俊什に何が分かるって言うんだ?
通常の親が嫌がるらしい事は全部やったと言うのに、父が怒った姿など見たことがないんだぞ。いつも家には帰ってこないし、たまに家に来たかと思えば母が僕の良い事悪い事話すときすら、どうでも良さそうに手紙を処理したり仕事をしていたんだ。あれはもう僕に対する興味が全く無いどころか、息子とすら思われていないに違いない。
「すまん久藍、話を戻させてくれ。此処で喧嘩へ発展させる心算は儂には無い」
「はい、畏まりました」
「うむ。俊什に対する処分についてだが、内部の不和や裏切りの主犯は本部に送られ、軍会議に掛けられる事になっておる。大抵は永久追放か、死人が出れば処刑。規則に則って俊什は本部に送ることになるだろう」
重々しい中将様の言葉に分かりやすく俊什は青ざめた。今更自分がしたことの重大さを思い知ったのかとも思ったが、どうも後悔しているような雰囲気ではない。あえて言うならば恐れているようだ。しかし…一体何を?
「まさか、本気じゃあねえよナ…?おい、違うんだろ…?脅し、脅してるだけだろ…?」
「俊什、お前は元孤児か、それとも最初から軍に生れた子か」
「元、元から、軍で生まれた…な、なァ本気かヨ、オレ、オレどうなるンだ」
中将様は鋭く息を吸い、隣から歯を噛みしめる音が聞こえた。俊什は顔を歪めながら中将様の言葉の続きを待っていて、緊張のあまり手汗を掻いたのかその握りしめた手を服に擦りつけた。
処刑の可能性があれども、永久追放の道もあるんだ。入れ墨が目立つにしても腕を捲らなければ見えない位置ではある、その上彼の性格なら十分上手く生きていけるだろう。そう考えれば考えるほど事の重大さも中将様の質問の意図も理解できず、声を出すのも躊躇われたが何とか声を絞り出した。
「出自で判決が左右される程大事なのですか?それに僕はこうして生きているのですから処刑はありえないでしょう?永久追放されることがそんなに恐れる事でしょうか」
「もし軍で生まれ育ったのならば…処刑は免れる」
「ああ、ほら。なら良かったじゃないですか」
「何が良いッて!?処刑の方がまだマシだ!お前罪を犯した天与礼者がどうなるか知らねえンだろ、だったら教えてやるよ!」
「止せ俊什、言わぬ方が良い」
「オレらの礼物がどっから来てンのか調べるために生きたまま解剖されンのサ!それを見せしめと称して部屋の、別の世代の墨有りどもがずらァッと並ばされた部屋のど真ン中で臓物やら脳みそン中解剖されんだヨ!一回だけじゃねえ、何度も糞みてえな実験に巻き込まれる地獄だ!それでも処刑を免れて良かっただなんて言えんのかよ!」
やけに具体的な内容はまさか、俊什が実際に見た光景なのか…?墨有りってまさか俊什や中将様のように入れ墨を入れられた天与礼者のことか?だとすればこの二人も見せしめで生きた人間が解剖される様を…?
僕の頭の中に殺風景な部屋に裸豆電球が煌々と部屋を照らし、壁際に立たせられた子供や青年の目線の先に縛られた人と言う構図が否応なく浮かんだ。そして縛られた人は傾斜のある手術台に乗っていて、数人の医者らしき人が矢鱈目っ鱈にその人を切り刻み、悲鳴に物ともせずに淡々とカルテに記載をしていくのだ。僕の貧相な想像力が勝手に働いて胃酸がせり上がる。恐らく、それは俊什も同じなのだろう。
彼は突如として口を押え、嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちたのだ。俊什の震える肩に手を置いた中将様は憐れむような、しかし避けられないことだと小さく呟いた。先ほどまで叱りつけていた中将ですら慰めの言葉を掛けるほど、俊什は恐れていた。




