【第二章67】罪を、人を
僕と中将様で俊什が口を開くのを待つこと数十分。黙っているだけの時間は時計の針が大きく響いて、何をすることも出来ずに非常に居心地が悪かった。何度早く喋ってくれと願ったか知らないが、中将様は一片の不快さすら見せずに時々足を組み替えながら待っていた。
ようやく俊什が口を開いたころには僕はすっかり待ちくたびれて、もう三度目になる欠伸を噛み殺していた所だった。
「今回オレがやったことはそこのガキを見殺しにした事だけだヨ、人が爆発して死んだ事はオレには関係ねエ。きっとそれは北鰐が関係してたんだろ、実際に北鰐は居たしな。オレはただそいつを殺せば、朴黎鳴にとっていい意趣返しになると思ったのサ。いくら血の冷たい奴と言えどきっと自分の息子の命は惜しいモンだろ?」
「なら、お前は爆破事件の方とは完全に無関係だと言いたいのか。とすれば随分と運が良いことだ」
「皮肉言ってンのか?別に構わねえけどヨ、オレは偶然起きた爆発事件の混乱に便乗しただけだし、北鰐が居たっつうのも事実だゼ。ガキが北鰐に撃たれて死にかけるところをオレはしかと見たからな。死ンでたら黎鳴にいい知らせが出来たっつうのにヨ、全く以て残念だゼ」
「人の瀕死に成る成らずを残念と言うか。久藍に対し、申し訳ないとは思わんのか」
「申し訳ない?ハ、全くないネ。むしろそいつが死んだら死んだらで、その死体を黎鳴に送りつけてやろうかとも思ったぐらいだ!ハハ、アハハハッ!そうだ今からでもその首絞めてやろうカ?」
せせら笑って反省など欠片もしていないその態度に中将様でさえ静かに顔を顰め、握り合わせた手に力がこもりすぎて皮手袋がぎちぎちと鳴っていた。しかし、静かに怒りが湧いている様子の中将様とは対照的に僕自身は怒りなどは特に感じなかった。どちらかと言えば呆れの感情が強かったと言えるだろうか?
例え僕が非業の死を遂げたところで、あの人間は悲しむどころか何とも思わないはずだ。だって僕が生まれてからは、それなりに帰っていた母さんがいる家にすら帰らなくなった人間だ、僕はあれに嫌われているとすら言えるだろう。思い当たる点などこれっぽっちもないが。
大体僕が一人でここに居る時点で察して欲しいものだ、本当に大切で死んだら悲しむ様な人間性があれにあれば、僕はもっと安全かつ権力がこう…何というべきか、振りかざせる所に居たように思える。それこそ、隊長かもしくは中尉にでもなっていたんじゃないか?…笑えない冗談だな。ぞっとする。
なんだか一周回って勘違いしたままの俊什が可哀そうに思えてならず、真実を教えてやった方が彼のためになるとすら思えてきた。僕は今まさに殺されかけた相手に憐憫の情を覚えているというのだ、まあ古之聴獄者 悪其意 不悪其躬ともいう。今回に限っては憎むべきだろうけれども。
「…残念ですが、僕を殺そうたって朴黎鳴は何とも思わないでしょうね。だってよく考えてみてください、本当に大切なら僕を中央に送るはずだ。中将様が居れども危険と隣合わせのここではなく、自分の近くに、それこそ中央勤務にするでしょうし、幼いころから軍に入るための訓練を受けさせるでしょう」
「ハァ…?何が言いたいんだヨ」
「だから、あなたが僕を殺そうとしても朴黎鳴にはなんの傷も与えられませんよ。下手すれば、僕のことなど勝手に居着いた同居人ぐらいにしか思っていないのが関の山の人間ですから。やるならもっと調べるべきでしたね」
しん、と静まり返った場が少々気まずく「やっぱり場違いな発言だったか?」などと思っていると、中将様が怪訝そうな顔で僕を見てきた。いや、困惑の方が近いだろうか?とにかく眉を寄せて困った顔をしている。俊什はというと彼は彼で今にも怒りそうな、しかし怒るべきか迷っているのか青筋を額に浮かべながらも金魚のように、口を開いたり閉じたりを繰り返している。
たっぷりと空白を開けて、予想通り中将様が先に口を開いて僕に尋ねた。
「…久藍、それは一体どういった意図かね」
「言葉の通りです。人一人を殺害未遂する重罪を犯そうっていうのに、下調べが少なすぎるとは思いませんか。思い付きとは言えどですよ、本当に僕が朴黎鳴という人間の弱点になりえるかどうかぐらい考えるべきでは」
「馬鹿にしてんのかテメェ…!」
「いやとんでもない、ただ可哀そうだなと」




