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【第二章62】粉雪よ何を覆う

 僕らの後ろには橙恩がいて話が絶対に聞こえると言うのに、堂々と隠し事とも言えない隠し事をするなんて、僕は馬鹿なのか?いや、そもそもさっきの情報漏洩も全て聞こえてしまっているんじゃないだろうか?そのことに気が付くとざあっと足先が冷たくなり完全に酔いが覚めた。


「い、いえ…酔っぱらった醜態をわすれてくれと…そう頼んでいるだけです。橙恩さんも僕を坊ちゃまなどと呼ぶのはやめてください」


ああもう、もっと話さなければいけない事があったのに...どうして僕は逃げてしまったのか。

 そして僕の恐れを増長するように、橙恩は急にはっと息を飲み、少し深刻そうな顔をして顎に手を当てて言いづらそうに口をひらいた。


「...ごめんね、それを言うのってかなり今更な気がするんだ。やっぱりまだ酔いが残っているんじゃないかな」

「失礼な!僕はもうこれっぽっちだって酔っていませんよ」


いくらなんでも、と流石にむっとしてしまった。酔っていないことを証明するためにその場に立ち上がるが、長時間座っていたせいでふらついて、慌てて机に手をついて体を支えた。

 なんでだろう、聞こえていたかもしれないのに追及せずに知らないふりをしているのだろうか?しかし何のために?くそ、勧められても酒なんか飲むんじゃなかった、まだ頭が上手く回らなくて橙恩が何を考えているかなんて全く分からない。


「酔っているね、その台詞だと」

「酔ってませんってば。ねえ、って....あの人は?」

「あの人...ああ、先ほど話していた青年のことかな?彼なら町長に呼ばれて、ついさっき向こうに行ってしまったよ」


指さす先を見れば確かに別の、年配の人と話しているのが見えた。そのときに気が付いたのだけれども段々宴会はお開きの雰囲気を醸し出し始めていて、机の上にはすでにからになった大皿がいくつもあって、華やかに響いていた話し声は少しだけなりをひそめていた。


「橙恩さん、僕らもそろそろ帰りましょうか。どうやら祝宴もお開きのようです」

「え」


いっそ間抜けとも言える声が、まさかの橙恩の口から漏れた。僕はなんだか信じられないような気持ちで彼を見ると、彼も信じられないと言いたげな顔で僕を見た。

 僕らはお互いに驚きに固まりながらお互いを見つめ合うという奇妙な数十秒を過ごした。そして先に口を開いたのは意外にも橙恩だった。


「遊ばないのかい…?」

「遊びませんが?仕事は終わりましたし」

「ああ何というか…真面目なんだね、坊ちゃまは…」


何とも微妙な顔だ、褒めているようには少々聞こえないその表情は何処か初めて見る生物をみる人のようにも見えた。


「それに今日中将様と約束があるので、出来れば早めに済ませたいです」

「ほほう、約束。早く済ませたいっていうのはこの祝宴?それとも残方中将との約束かい」


直ぐには…答えられなかった。祝宴は華やかでいろんな人の噂や嘘が飛び交うから、昔から好きでは無かった。中将との約束にも行きたくはない。しかし仕事である以上、割り切らなけばいけない所がある。強いて言うなら、どちらも早く済ませたい。


「祝宴ですかね。このまま居続けたら酔い潰れてしまいますのでね」

「もう遅いけどねぇ」

「い、良いんですよ。まだ手遅れな程酔ってるわけじゃないので…」


僕の代わりに他の人々に挨拶をしてくれた橙恩の後ろを着いて行き、椿苑基地へとぽそぽそと粉雪が降る中を歩き始めた。

 足首より少し高いところまで積もった雪の上を歩きながら、橙恩は僕を呼んだ。その低めの声はともすれば雪に吸い込まれて聞こえなくなりそうだった。


「朴の坊ちゃまは残方中将が嫌いか、好きかで言ったらどっちだい?」

「…はい?」

「坊ちゃまは無実で疑われ、怒っていたじゃないか。嫌いにはならないのかと思ってね」


恐ろしい問いだった。もし「憎い」なんて言ってしまえば形になる。形になればそれはもう無視できなくなってしまう、僕が中将を…

 まて、僕が中将をどう思っているかだと?僕は中将を、「憎い」と思っているとでも言いたいのか、僕は。そんな訳はない、中将は中将の仕事をしただけ、責任を果たしただけ。なにを恨むことが?

まさかまさかまさか、半分しか読んでいないとは言え僕もあの本の影響を受けているとでも?

 分からない、自分がどう思っているかすらも分からない。僕は僕の感情に従っているのか?それとも父親が意図した感情に振り回されているのか?

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