【第二章60】酔いが回る
「おぉっと、気を付けな。このイスは背凭れなんて無いんだから…何杯飲んだらそうなるんだ?」
「まだ一杯目です、一杯と半分ほど…」
「おお、頭ははっきりする質かい、良い酔っぱらいだ。しっかしこの酒を一杯と半分だけ飲んでその酔いたぁ随分下戸なんだな」
「普段飲まぬものでして、ふぅ…」
後ろにそのまま倒れかけた僕を寸でのところで止めてくれた彼に感謝し、腹を押さえながら息を吐く。度数が高すぎて、食道を焼き尽くしているのでは無いかという程の白酒は、散々食道や胃で大暴れしたあと急に静かになった。
…これは果たして僕が適応したのか、それとも胃の中で酒が薄まったのかは分からない。しかしただ言えるのは、これ以上飲むと僕は自分の足では帰れなくなることだけだ。
「そうか、なら是非とも楽しんで欲しかったんだがな…酒を好まない人間に強要したって酒が勿体ないだけだ」
「ええ本当に…話を戻しますね、ええと、どこまで話しましたか?僕は…」
「ああ、人間が爆発したそうじゃないか」
「人間…そうでした、爆発して…ええ、僕とほかの隊員で犯人を探そうと、中将とはべつべつに行動したんです」
「へえ!成るほどねぇ」
「それで…見つけたんですよ、犯人と思しき人物を。それで、ええと」
だめだ、酒のせいか口がまわらない上に頭もぼんやりとして記憶がはっきりしない。
机の上に行儀がわるいとはわかりつつも肘をついて、いつもよりだいぶ重く感じる頭を支えて記憶をさぐった。たしか、俊什と一緒に…
あれ、そもそもこの話はここまで他の人に話して良いんだったっけ?
「それで?犯人を見つけてどうしたんだ?」
「え、ああ思い出した、そうですそうです、囮を引き受けたら裏切られて、モガッ」
「ちょっとまった!…声が大きいって監査官さんよ、そんな大声じゃ勘違いされちまうよ」
ぽんと手を打ち言った直後にべしりと口をふさがれてしまった。勘違い、うん…一理ある。たしかに裏切りなんて話を聞かれたらまわりの人は驚いてしまうだろう。
「すみません、声を小さくしますね」
「うんにゃ…あんま変わっていないが…そうだ、せめて口元を隠しながら話してみたらどうだい」
口元を両手で覆うと、彼はおぉ、とよくわからないため息を吐いた。
「吃驚するほど素直だなあんたは、幾つだい」
「…?23です」
「そういうことじゃあ…まあいいか、で?裏切りがなんだって?」
「ええ、最初は僕が注意をひきつけて彼が捕まえるよていだったんですが、途中から彼が消えました。それでこことここに矢を受けたんですよ」
む、思い返してみると段々いらいらしてきた。その時のことだけじゃなくて、そのあとのことだ。いくら何でも僕を疑わなくてもいいじゃないか。
「はっ?あんた泣いてるのか?ちょっと飲みすぎたんじゃあ…」
「いえ、もっど飲みまず」
「鼻声じゃないか…」
よこに放置した酒を一息にあおって飲みほした。吐き気はつよまったし気分は最悪だ、なのに口だけは油を塗りたくったみたいに話をやめられなかった。
「だいたい僕はなんにもしてないんですよぉ、さされたっていうのに犯人扱いされて…」
「ははぁ、そりゃ酷いね」
「そうおもうでしょう?」
「で、誰があんたを疑ったんだい?」
「中将です…」
「へぇ…!あの残方中将が?」
急に弾んだ声でおうむ返しにそう言って、かれはイスを引いて少し近づいた。なぜそんなに嬉しそうにしているのかはわからない、もしかしたら、僕の視界が涙でゆがんでいるからそう見えるだけかもしれない。そもそもかれの名前をいまだに知らないのに、なぜかれは名乗らないんだろう?
もういちど手元を見ると椀のなかにある羹がゆらゆらとしていて、やっぱり涙でしかいが歪んでいるんだと思った。
「ほんとうに悲しくて…しかも悔しいし…」
「なあ本当に残方中将が疑ったのか?証拠もなしに疑うような人じゃないだろ?」
垂れてくる鼻水をすすって、誰にも言っていなかったことを呟いていると、突然かれは圧強めに僕の肩をつかんで畳みかけてきた。証拠もなしに疑うひとじゃない、そんなことは僕もわかってる。わかってるからこそ中将には僕を疑う材料がすこしでもあったことが悲しくてたまらない。
「わかってますよ、中将はそんなひとじゃないことぐらい…でも僕だってなんにもしてなかった…」
「そうか。そうだ、あんたもう随分と酔ってるみたいだし誰か呼んでくるよ。あの人とかはあんたと一緒に来た人なんだろう?呼んできてあげよう」




