【第二章59】酒を交えた難題
他の家々と比べても、この館は手が込んでいる造りだと素人目にもはっきりとわかる。朱で塗られた柱の装飾や外壁の頑丈さなど、どれを取ってもいい値段が付くだろう。
だからこそ生活が苦しくて軍に入る、といったような理由ではないのだろうと思ったのだ。僕がそう聞くと、彼は肩を竦めて部屋にいる人々を目線で示した。
「おうともさ、この町で軍に憧れない奴はいないほどだ。誰もが椿苑基地の中将を知ってて憧れを抱いてんだ。かく言う俺もでね、一度は志願したんだが…体が悪くてね」
落ちた理由については曖昧にはぐらかし、手に持っていた酒を一息に飲み干した。言葉は中央の人っぽくても体質はやはり北の人らしい。
しかし、見ている限り小さな酒杯に並々注いだ白酒を何杯も空にしている。ざっと数えて6杯だろうか?ここまで酒豪なのに、軍の応募に落ちるほど体が弱いとは妙な話だ。だが言葉や表情からは嘘をついている様子は感じ取れないし、病弱だとかそういう類なのかもしれない。
「そうでしたか、話しずらいことを聞いてしまい申し訳ありません」
「はははっ!良いってことよ、あんたが気にするこたぁねえさ。それで、なんか面白い話なんかは無いのかい?」
突然そんな無理難題を吹っ掛けられて困ってしまった。面白い話なんて用意していないし、何よりまだ二週間も経っていない。僕個人で面白いことがあっても基地全体でなにか面白いことがあったかなんて把握できるはずがない。
「面白い話しですか…例えばどんなものが聞きたいんでしょうか」
「そうさなぁ、昔聞いた話で忘れられねぇのはアレだ。北鰐との戦いで残方中将の活躍についてだな、ありゃあ心躍る話だったさ!なんせ初めて中将がこの場にいらっしゃった上、本人の口から戦いの様子を聞かせて貰えたんだ。あん時ゃまだ俺は10を過ぎたばかりだったが10年近く経った今でも忘れられないね!」
少し鎌を掛けるつもりで話を振り返してみると、水を得た魚のように急に饒舌になって当時の様子を詳細に話し始めた。話を振り返した手前恥ずかしいのだが僕も中将が戦う姿など、まだ見ていないのでかなり新鮮な気持ちでそれに聞き入ってしまった。
そこで初めて知ったのだが、中将は彼の二つ名の通り火を纏って戦うのだそうだ。何も自分に火をつける訳ではなく、礼物で火を出すのだとか…ただ聞いただけでは想像は全く像を結ばず、小さい頃に見た大道芸の火を噴く人間が頭の中に現れた。
ただ、彼の話を聞く限り火を口から吹くわけではなさそうだ。一体どうやって戦うんだろう?
「さあさあ、俺ばかり話しているのも詰まらないだろう。監査官さんも何か無いのかい?面白いたって何も笑い話じゃ無くていいさ。事件とか、興味深い発見とかでもいい。なんたって俺にとっては何方も聞いていて楽しい話だからね」
「事件ですか。ならちょうど先日あったことをお話ししましょうか」
「先日だって?丁度いい、ぜひ話してくれ。そうだ酒の追加は要らないかね?」
「いえ、結構です。まだ飲み終わっていませんから」
「ははは、矢ッ張り南の人だなあアンタは。まあいいさ、酒杯が空っぽじゃなけりゃいい」
まだ中途半端に残っている酒杯に酒を注ごうとするのを遠慮して、コホンと咳払いする。僕も酔い始めたのか胃がムカムカし始めた。久しぶりに酒なんて口にするから胃が荒れ始めたのかもしれない。酒の代わりに肉の羹を手元に引き寄せて、つい先日の事を話し始めた。
「つい先日、基地内に不審な人物を見つけましてね。彼の身元を割るために中将様と共に現場へ向かった事がありました。僕にとっては初めての軍人らしい仕事だったとも言えますね…しかし、その仕事を完遂させる前にその不審者は自爆し、火炎を上げて燃え尽きてしまいました」
「なんだって、人間が爆発?そんなことがあり得るのかい、まさか天与礼者だったんじゃないかな」
「仰る通り、普通の人間であれば爆発なんてしません。ですが彼は天与礼者ではないようでした。というのもしっかりとした身分を特定するより先に亡くなられましたから」
「それは酷い…ささ、口が乾いただろう。一杯どうかね、俺が思うにまだ話は残っているんじゃないかな?」
彼は硝子に入った飲み物を親切にも僕に渡してくれた。特に何も考えずにそれを一口に飲むと酒の匂いがして、気づいた時には全部口に入れてしまって吐くに吐けない状況だった。
仕方がなくそれを飲み込むとぐらりと頭が揺れ、一瞬周りの喧騒が遠くに聞こえてイスから転げ落ちかけた。




