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【第二章51】魔境に足を踏み入れる

 ドアを開けて僕が入るのを待つ橙恩の表情に少しの疑問が混じる。僕は自分が恐れているのを知られたくなくて、不自然でないようにさりげなく橙恩と目を合わせないようにして部屋の中に入った。

 物置にしていると本人が言うだけあって、机の上には山のように積み上げられた書類があり、床にも箱に入った様々なもの(中には少しおどろおどろしい様子の布にくるまれた…よくわからない何かがあった)や毛布が散乱していた。


「ふーむ改めて見るとなんと恥ずかしいこと。自分で言うのもどうかとは思うんだけどもね、わたしはこう見えて普段は掃除するたちなんだよ?でもあまり使わない部屋となると、どうにもやる気が出ないで困ってるんだ」


少し笑いながら橙恩は物を書き分け、退かしながらしてなんとか二脚のイスを掘り当てた。イスの座面にうっすらと埃を被っていたのを軽く払いのけて、橙恩は僕に座るように勧めた。


「さ、どうぞ。まあ少なくとも埃はちゃんと払い落したから、そんなに汚くはないかな…おやおや坊ちゃま、あまりにも汚くて言葉を失ってしまったのかな」

「や、いや別にそういう訳ではないですがね…」

「はっはは、別に構わないよ。どう思われようたってね。さあさ、わたしに聞きたいことがおありでしょう。時間は有限だよ」


僕はゆっくりと息を吐きながら橙恩が勧めたイスに座る。木製のこれは布が張られているわけでも無く、この時期に座れば布越しにでもひやりとした感触が肌に伝わった。

 彼が「時間は有限」だと言うように、恐らく橙恩に聞ける質問はそう多くは無いんだろう。彼も多くを話す気はあまりなさそうだ。二脚のイスを出して僕に座るように促したのにも関わらず自分は机に寄りかかっているのを見ると…質問する内容は慎重にするべきなんだろう。

 まあ、彼が質問の数を絞ろうたって僕の中では既に聞きたいことは決まっている。今更迷う理由なんてない。


「橙恩さんは俊什さんの上司ですよね?ならあの時、僕がこの傷を負うきっかけになったあの時俊什さんが僕を裏切ったのはあなたの差し金ですか」


僕が切り込むと橙恩は瞠目して首を振った。


「わたしが?俊什君に命令して坊ちゃまを危機に追いやったって?まさか、そんな恐ろしいことは誓ってしないとも」

「では誰が?僕は彼と初対面で恨まれるような事はなに一つだってしていない。違いますか?」


必死に食い下がって何とか事件の糸口を引っ張り出そうとしていると、橙恩が何とも哀れなものを見る目で、僕をちらりと見て目を伏せた。そして手首の裾のボタンを弄繰り回しながらため息交じりに口を開いた。


「朴の坊ちゃま、人は何かされてなくても無意味に人を憎めるんだよ。だけど、坊ちゃまが俊什君の後ろに誰かがいるという事については…わたしは否定しないよ。勿論肯定もしないけどもね」

「…どういうことです。誰かが彼と裏で繋がっていると匂わせたいのですか」

「いやだなぁ今日の坊ちゃまは随分と疑り深い。別にそうだとは言って無いからね、いい?そんな恐ろしいことを言わないでくれないかな坊ちゃま、わたしみたいな老人の心臓が止まってしまうよ」


口角をひきつらせて橙恩は僕に念を押すようにそう繰り返して、冷や汗を拭うようなぞぶりまで見せて彼はため息をついた。


「繰り返すけどね、わたしは決して、決してそうは言ってない。まったく、どうして若い子たちはこうも血気盛んなんだい?わたしはただ、俊什君と坊ちゃまの性格は合わなかったかもしれないねと言っただけだよ」

「それで、その話がどう繋がるんですか。僕の質問を躱してるだけではありませんか?なぜ俊什さんがあのようなことをしたのか橙恩さんは何も知らないのですか」


次第に暗くなっていく部屋の中で、幽かな光を反射する橙恩の制服の金属部分が辛うじて橙恩が目の前にいるのだと教えてくれる。暖房も何もつけてはいない、建物独自の保温性頼りの部屋の中で唯一、温かみを感じられる光すらもか細くなり、僕は寒さに盛大なくしゃみをした。

 僕のくしゃみに驚いたのか、橙恩は身じろぎし。その際に手をぶつけたのか鈍い音が部屋に響き「あいたたた」とどこか抜けたような小さな声が聞こえた。


「暗いし寒くなってきてしまったね。そこに毛布があるけど好きに使って構わないよ。あぁと

、見えるだろうか?いま明かりをつけよう」


橙恩は懐からマッチを取り出して石油灯に火をつけた。途端に明るくなり心持ち暖かくなった部屋で、ようやく彼は億劫そうにイスに腰を下ろし、自然な流れでゆったりと足を組む。そして息を深く吐いてドアの方を少し見た後ようやく口を開いた。

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