【第二章46】食事のマナー
配膳された朝食の粥を啜っていると長昂阿がカーテンを避けつつ、二枚の封筒を手に持ちながら口を開いた。
「久藍さん、白姐さんから薬を預かっています。朝食後に食べてください」
「ではそこに」
「それとこちらは久藍さん宛の手紙です。差出人は華那穎と…お知り合いのようですね」
「…ええ。まあ」
長はちらりと目だけで僕を見ると、朝食を乗せたプレートの横にそっと置いた。淡い乳白色の透かしが入った上等な封筒は母さんの兄、現当主である彼が使う封筒である。
…僕は輝静さんに送ったはずなんだけれども、どうしてか叔叔さんにまで話が回ってしまったようだ。思えば一応五穀本草は輝静さんの個人店(華家が支援してはいるもののそのような形を取っている)なので輝静さんが好きに動くことも出来るが、叔叔さんの認可も必要になるのか。
「格式高そうな封筒ですね。なにがあったんです?」
「彼の趣味なのでお気になさらず。ただの挨拶でしょう」
僕の誤魔化しが効いたのかは知らないが、長はぐるりと目を回してどこかへ行ってしまった。彼がどこかへ行った瞬間を狙い、僕は粥が入った椀を置いて手紙に手を伸ばした。手紙の封を切り、中身を取り出して読もうとする。
「ああ、食事をしながら手紙を読むと手紙が汚れますよ。私が預かって差し上げます」
…長に取られてしまった。もっと面倒なことに長は椅子を引きずってきて寝台の傍に座り、そのままいくつかのカルテに記入を始めた。
「私のことはお気になさらず。そのお粥を食べ終わって、薬の服用を確認しましたらこの手紙を返しますから」
「…分かりました」
ため息を飲み込み、残り少ない冷めてしまった粥を一息にのみ込みこんで、神経薬を服用する。
薬を飲み込んでからグラスを置いて、満足かと問いたい気持ちで長を見る。すると彼は視線に気が付いたかカルテから顔を上げて、少し目を細めて僕の手元にある空の椀を見ると、薬袋と引き換えに手紙を置いた。
「もし返事が書きたければ医療病棟一階に事務室があるのでそちらに。ではお大事にどうぞ」
「ありがとうございます」
彼はカルテを挟んだフアイルを手に軽く挨拶をしてカーテンを捲って出て行った。簡素な返答を終えてようやく手紙にありつくことが出来き、急ぐことがないとは分かりつつも手に焦りがにじみ出た。
手紙を開いて全体を一瞥、叔叔の整った硬い字をなぞり読みしながら指先を滑らせる。
『輝静君から話は聞いたよ。あの地域へ手を伸ばすつもりは無かったが、君が初めて私たちの事業拡大に興味を持っているようだし、何より君は私の甥だ。今回は特別に輝静君をそちらに出張させよう。
ただし、彼は彼で五穀本草の経営も任せてある。なんせ彼は優秀だからいくら甥の頼みとはいえど長々と拘束させることはできない。それはわかるだろう。
だから期間を設ける。五か月、五か月にしよう。五か月後に輝静君には落火の蕾を土産に帰ってきてもらう。
それまでに頑張ってみなさい。私は君に期待しているよ。』
敬具と共に名前で終わっている短い手紙はその文量以上の嬉しい情報を僕に届けてくれた。
…と、以前ならそう思っただろう。まあ今も嬉しくない訳ではないのだが、やはりあんな疑い方をされた以上手放しにも喜べない。まあこれからの被害者が少しでも減るなら悪いことは無いし、白姐との約束も守ることが出来た。僕は欧陽と同じ目に合うのはごめんだ。
しかし、昨日の爆破で被害者がどうなったのかとか、怪我をした人がどれだけ居るかだとか聞けなかったな。まあ、あの被害者の方は残念ながら亡くなっているだろうが…それでもあの日運ばれてきた隊員たちの数はどれくらいだったんだろうか。医療品は足りているのだろうか。
僕には預かり知らぬ所ではあるが。
手紙を読んだからには早めに返事を書かねば僕のことだからズルズルと後回しにしてしまうことだろう。早めに事務室に行かなければ。ただ寝食を行う場としての機能しかないここでは手紙なんてとてもではないが書けたのもじゃない。
寝台を抜け出してカーテンで囲われた個室を出た。するとすると数歩も歩かずに示し合わせたかのように白姐とばったり。互いに何を言うでも無く、一瞬固まり無言に耐えきれなくなった僕が「おはようございます」と掠れて消えそうな声を絞り出せば白姐もニコリと笑って挨拶を返してくれた。
「奇遇ですね、どちらへ?」
「手紙の返事を書こうと…一階へ」
「あらあら。長さんは?それを知ってるんですか?」
「ええ、彼が勧めてくれましたので知っているかと」
「それならよかった。まだ傷は治りきっていませんからお気をつけてくださいね」




