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【第二章42】冬の花蘇芳

 震える足を叱咤してようやく何とか前に進める状態で僕は建物の影からのっそりと出た。手は力を入れるたびにギュ、ギュ、と手袋が軋み、かつてないほどに力んでいるのではとすら思えた。その音が前方でまだ僕に気が付かない様子の二人組の耳に届いてしまうのではないかとありえない妄想ばかりが頭の中に駆け巡った。

 逃げたい、こんなの死にに行くのと何が違う?あいつらは僕たちが知らない何かであんな、生きたまま人を爆発させるような恐ろしいことができるのに、丸腰でどうしろというんだ?

 だが僕に注意を向けなければいけないのだから、どれだけ逃げたくても進まなければいけないのだ。例え弓矢を向けられようと、その結果矢が突き刺さろうとも逃げたらダメなんだ。

 さらに一歩、歩みを進めれば二人組の内の一人が僕に気が付き、もう一人に声を掛ける。


「お、おい!さっきの事件の犯人がお前たちだというのはわかっているんだ!早く降りて来い!逃げ道はないぞ!」


言葉が通じるかも分からないのに矢鱈めったらに情けない声で叫ぶ。たいして大きくもなく、迫力に欠ける震え声に二人はせせら笑った。


 まだか、まだなのか俊什…!頼む、早く来てくれ、もう目の前の二人はひるむ様子なんてこれっぽっちもない、それどころか矢をつがえはじめているんだ。もう完全に僕に意識が向けられているのだから、囮としての僕の仕事は終わりのはずだろう!?

 そう思って俊什の方を直接見ないようにして増援が来ないか確認するために一歩後ろに下がるが、雪に足を取られて雪の上に尻もちをついてしまった。ギリギリと弦が引き絞られる音が聞こえるはずがないのに幻聴のように耳朶にまとわりつく。

 ヒュン、と放たれた矢は地面についた僕の手の横に突き刺さった。僕の手の、すぐそこに深々と雪に刺さったその羽が付いた矢は(わざ)と外されたに違いない。


「あ、あ、あ...!!」


 僕が動けないでいるのをいいことに二本目の矢が飛んできて僕の肩に突き刺さる。一瞬の真の後に刺さったと認識した瞬間、火傷よりもっと酷く熱い痛みが襲って目の前が暗く点滅し始めた。その焼けているのかと勘違いするほどの痛みは、さっきの火柱をあげて燃える人を思い出させて、酷く酷く酷く恐ろしかった。

 これ以上は無理だと思って俊什の方を見て愕然とする。誰も、誰もいなかった。増援はおろか、俊什の姿すら見えない。何故、こんな話じゃ無かったはずだ、どうして誰もいない、なぜ、なぜ、


あ。裏切られたのか

最初から僕に標的を移すつもりだったのか、こうすれば奴らは逃げないだろうと踏んで。


次の矢が放たれる前に、無駄だと分かってはいたがどこかに身を隠すために必死に這いずる。もう増援は期待できないとわかった以上何がなんでも逃げなければ、死にたくない、死にたくないと、そればかりが手足を動かした。


 体を動かすたびに肩に刺さったままの矢が動いて、傷がより深く抉られて涙がとめどない。が、動かなければもっとひどい目に合うかもしれない。歯を食いしばってそう思うと余計に痛みがはっきりとして、恐怖で涙が勝手に流れ、そのせいで寒さ故か目がヒリつき瞬きもままならない。

 もともと視界は良くなかったのにそれは余計に悪くなってしまってもう前も見えない程なのに、ただ雪の上に落ちた自分の血の赤だけは目に痛いぐらいはっきりとしている。


 血液が持つ温度によって雪が解けわずかに凹んだ表面。矢を伝って同じところに何度も何度も何度も何度も血の雫が滴り落ちて、冷たい雪を溶かして代わりに血だまりを作っているその表面を、成す術もなくただ見下ろす。

 …もう、動く気力も消え失せてしまった。うつぶせに倒れないように体を支えるので精一杯だ。左肩に刺さった矢のせいで左腕が痛くて動かせない分、必然的に右腕に全ての負荷がかかっていて悲鳴を上げている。


 荒い息を吐きながら目の前で自分の血で、命で形成されていく血だまりを見つめることしかできない。顔を伝う汗や涙を拭うことも出来ずに見ていると、溶けた雪の中から拳大の石を見つけた。顔を上げた前方には窓が見える。距離にして約5メートル程、普段であれば腕力のない僕でも届きそうな距離だが、今は自身がない。

 だが、体を支える力と引き換えにこの石を窓に投げて、窓を割ったらもしかしたら助けが来てくれるかも知れない可能性を考えると…

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