【第二章38】現場は混乱中
いやいや、幾ら貴重な学びの機会とは言えど僕は一応部外者である。そんな人間を処罰の現場に関わらせて良いものなのか?どんな血なまぐさいことがあるか想像もできない以上、積極的に関わりたいとは到底思えない。
何なら僕はあと一年もすればこことはおさらばだし、軍事とは全く関係のない界隈に身を置くことになるため、必要以上に軍内部の機密に触れるような真似はしたくない。僕が隠れてやっている医薬品の斡旋だってただの事業だ、内部にまで入り込むつもりはサラサラないぞ。それにしたって、なぜ良然は頑なに僕を巻き込もうとするのか…!
「残念ですが僕には仕事が残っていますので」
「それは急ぎじゃねぇんだろ、中将が言ってたのは忘れてねぇぜ」
っち!面倒なところでばかり本領を発揮する都合のいい脳ミソめが!悪いなら悪いでそのまま忘れていれば良かったものを!
僕はあまりの関わりたくなさに必死に目線だけで急ぎの仕事を探すが、中将の言う通り、急ぎのものは何一つとしてなかった。これ以上は引き止められない。がしかし、逃げる口実も見つからない。万事休す、とはよく言ったものだと思う。逃げ道のなさにむしろ笑ってしまいそうだ。
「ほら早く行くぞ」
「待ってください、僕はこれでも部外者扱いですよ。それに僕が行ってなんの意味があるんです、足手まといでしょう!?だから引っ張らないでもらえます!?」
「あるから連れてくんだろうが。民間人に俺等は手出しできねぇの、だからそん時は坊っちゃんがなんとかしろ」
「嫌ですよ!会話でなんとかしてください!」
僕が幾ら理屈を述べようとも良然は聞く耳を持たず、頼みの綱の中将は気まずそうに目をそらされた。そうして僕は襟首を掴まれたままずるずると引きずられるようにして現場へ向かうことになってしまったのである。
件の場所に到着すると既に何人かが並んで壁を作っていた。険悪そうな雰囲気はないが、それでもどこか緊張した空気を肌に感じた。
「あ、中将様!お待ちしておりました、こちらがえっと…」
「分かっている。どこまで聞いた」
壁を形成していた一人が中将の存在に気が付いてパッとこちらを向いた。そして言いにくそうに自分らが囲んでいる人物を目線で示した。中将は一つ頷くと自らその人物に近づいて行き輪に加わる。
「ヤァ、来てくれて助かったよ。こっちじゃどうにも出来なくてなァ、態々中将様に頼ンのも悪いとは思ったんだがヨ、やっぱむつかしいモンだぜ」
「気にすんなよ、これが俺の仕事だからな」
中将と入れ違いになるようにして、向こうから毛皮で作られた帽子を被った三つ編みの男が来たかと思えば、親し気に良然の肩を叩いて困ったように笑いかけて、良然も事もなさげに肩をすくめた。
「で、なんかわかったのか?」
「インヤ、まったくもってわからん。さっきお前さんに話したのが全てだ」
「はぁ?そんなに口を割らねぇことがあっかよ」
「あっから困ってンだろ?なんかヨ、口を割らないっつうか真面目に分かってねえみてえなンだよな。何聞いても首を傾げるばっかでヨ。困っちまうぜ全く」
口調は軽薄だがしかし。その目は厳しく顰められ、張り詰めた緊張を帯びた目線は揺らぐことなく前方へと、つまり容疑者の方へと向けられている。
「所で…そちらサンはどなた?見たことねえツラだけど」
「ああ、こいつは朴、朴久藍だ。歓迎会にいなかったっけか?」
「おうともサ。なんせ風邪を拗らせちまって寝込ンでたモンでね。そんでアンタが噂の変わった監査員サマか、よろしくな。オレァ、俊什っつうんだ。 孤児だから名字はねえけどヨ、しっかりとした莉国出身ってのはオレの礼物が証明してるゼ」
「よろしくお願いします、俊什さんでよろしかったですか」
「さん付けなンてしなくていいって、水臭えじゃねえか」
「水臭いも何もお前とこの坊ちゃんは関係性なんてこれっぽっちも無かっただろ」
折角の(恐らく)気遣いも良然によって一刀両断されてしまったが、俊什は意に解することなくケラケラとあっけらかんに笑った。




