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【第二章36】患者は尽きない

「久藍です。失礼します、遅れてしまって申し訳ありません」

「良い良い、怪我をしたと聞いた。大事ないか」

「え、っとその…はい。問題ありません、お気遣いいただきありがとうございます」


中将は手を止めて、態々(わざわざ)顔を上げてまでして心配してくれた。聞いた、というのはきっと良然を通じてだろう。心配された嬉しさよりも、ただ不注意で転んだだけなのに白姐の礼物の力を借りてまでして治したことが知られて恥ずかしくなる。

 全然擦り傷だけで、鼻血も適当に放置していれば全然問題ないのに…!英壮が大変な心配のしようだったから甘んじて行ったけれど、あれは大きな失態だった。この年にもなって擦り傷ごときで大騒ぎしてると思われたくはない…!


「あの、走っているときに不注意で転んでしまい、軽い擦り傷だったので大した傷ではありません」

「そうか。それは何よりだ」

「本当にな。明後日には祝辞を言うために出席しなきゃなんねぇっつうのにケガなんざしてたら、うちでの坊ちゃんの扱いが疑われるだろ。坊ちゃんが鈍臭ぇだけなのによ」

「はぁ?」


棘のある言い方に思わず良然をじろりと見る。すると顔色が著しく悪く、ひっどい顔をして吐き気を抑える時のように口元を抑えながら気怠げに座っている良然と目が合った。

 間違いない、二日酔いだ。


「良然、」

「なんも言うな。…頼むからなんも言うんじゃねぇ…」

「何故かは敢えて問わないでおくが、今日はどうも体調が悪そうでな」


僕が物言いた気な表情で名前を呼んだ為か、良然は食い気味に黙らせてきた。むしろ俄然(がぜん)話す気が湧くのだが…

 気怠そうな良然の様子に、中将はため息をつきながらやれやれと首を振る。懐疑的な視線を向けられた良然は気まずそうに身を縮めて布張りの椅子に座り、顔を隠すように本を持ち直した。そしてついでとばかりに「お前のせいだぞ」とでも言いたげに僕を睨んだ。おい何故に睨む、飲む分量を見誤ったのはそっちだろう。


「監査員殿もくれぐれも気をつけるように。百薬の長も過ぎれば毒だ」

「き、肝に…しかと、命じておきます」


おおっとこれは…完全にお見通しといったところだろうか?なんとも、分かった上で言及されないというのも中々こう、本当に心臓に悪い。


「そういえば祝辞の方の準備の程はどうだね。まだ余裕があるにせよ、準備は過分な程が丁度良い時がある。さすればいざという時も心強かろうて」

「全く以て仰る通りです。良然や紅慧さん方のご指導のお陰で随分と捗りました。僕一人じゃ到底難しかったでしょうね」

「それを聞けてこそ安心できるというものだ。儂も歳故か、どうも段取りが悪くて敵わない。頼むのが遅れてしまって心苦しく思っておった所でもある」

「いやいや、無理もありません。中将様がお忙しいのは周知の事実でしょう。誰も(かしま)しく責め立てられませんよ」


実際中将の仕事量は見ていて血の気が引くほどだ。いやはや何とも恐ろしいのだが、これを隠居していても何ら不思議ではない歳の翁がこなしているのだ。(ねぎら)いこそ惜しまずすれども、新参者且つ中将の仕事ぶりに助けられている立場の僕に彼を責めたり恨んだりなどする資格は到底ないのである。


「お…中将、不審者を捕まえたから確認と報告に来るってよ」

「何?どこからだ」

「っは?なんですって?」


藪から棒に良然がそう言いだし、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げると良然は頭を痛そうに抑えて顔を顰めた。一方の中将と言えば、流石の一言で。僕が目を白黒させている間にも冷静に内容を深堀始めた。


「だから、不審者だっつうの。大声出すなよ、頭に響くだろクソ坊ちゃん。んで、なんだっけ?あーっと…思い出した、正門付近の巡回隊だってさ。市街地からじゃねぇの」

「市街地…おかしい、落火の人間が理由もなくここに入るはずがない。捕らえて手は出すなと言っておけ、儂もすぐに向かう」

「畏まりましたっと…つうか、わざわざ中将が出向く必要あるか?」


ペンを走らす速度を上げる中将を見て良然はいぶかし気に尋ねるが、中将はため息をついて諭すように口を開いた。


「どんな些細な事でも自身の目で判断せねば確信が持てない。落火地方の安全を背負う以上、心配は過度なくらいが丁度いい。今回は何事もなければよいが、本当は儂がいなくなってでも大丈夫になってもらわねば困るのだからな。多様な対処法を学んでもらわねば」

「うーん、そんなもんか?」

「いずれ分かる」

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