【第二章35】血に噎せて、驚いて
僕がいきなりせき込んでしまったがばかりに白姐にはいらぬ心配をさせてしまったらしく、かなり慌てた様子で追加の布を持ってきてくれた。
「大丈夫ですか!?血が逆流しましたか?」
「はい…今喉の奥側で血の味が…いい気分じゃないですが、問題はありません。ご心配ありがとうございます」
「ああ、やっぱり…でもなにか、病だとかではなくて良かったです」
「僕は風邪を引きませんよ。あ、バカは風邪を引かない云々の話ではなく、引かない対策をちゃんとしていますからね。そういう話です」
「ふふふ、そういえば監査官さんはここに来る前、医療に関することをされていたのかしら。以前そのようなことを言ってらしたけれど…」
「そうですね、薬屋に就職予定でしたがまぁ…ご覧の通りですよ」
「それで医療に伝手があるとおっしゃったのですねぇ」
少しの微笑みを湛えて彼女はそう言うと、少し考え込むように手にした布をぎゅっとしわができるほどに握りしめて少し俯いた。さて、彼女は何を考えているのかは僕には到底知ることなぞできないが、少なくとも止まる気配のなかった僕の鼻血が止まるまでの時間、彼女はそうしていた。
あまりにも思い詰めているようだったから、どうも話しかけることすら憚れてしまって鼻血が止まったあとも手に血がついた布を持ってなんとなく黙って待っていた。
「監査員さん、もし私が頼んだら…一緒に中将様に怒られてくれる、なんてことはありませんか」
「中将様に怒られるですって?それはまた一体全体どうしたんです?」
なにか考え込んでいたと思えば、真面目と聞く彼女の口からまるで犯罪をともにする誘いとも受け取れる言葉を発したではないか。驚きを隠せず素っ頓狂な声を上げると白姐は気まずそうな顔で口元を引き絞った。
「では、私が話したことを中将様にはおっしゃらないでくださいね」
「もちろんです。それで…一体どのような企みをされているんです?」
「そんな企みと言う程のものじゃ、ないんですけれど…」
次第に尻すぼみになっていく彼女の言葉から、かなりの迷いが伺い知れた。短い期間の付き合いでしかないが、真面目だというのはよくわかった。そのうえで判断したが、きっと白姐は中将に逆らうようなことはしなかったんだろう。さしずめ、『初めての反抗期』と言ったところだろうか…
「以前、中将様は監査官さんの提案を断りましたが、私はやっぱり必要だと思うのです。今でさえ薬が少し心許ないのに、今よりもっと寒さが厳しくなる11月、12月になれば病人は…もっと、増えるかもしれません。歯がゆいことですが、私は怪我しか治せません。それも、表面に出ているものだけです。病に苦しんでも、内部の骨折で苦しんでいても、私は薬を与えて看病することしかできません。なのに薬の供給は需要に応えきれていないのです。だから」
白姐は僕の手から血の付いた布を取り僕の手を握った。
「密かに協力を願いたいのです、医薬品を取り扱う伝手がある監査員さんに。どうか、ここの隊員の皆さんが無事に冬を越せるだけの薬の供給をお願いしたいのです」
僕の手を握る消毒液で荒れた手は力こそ強いものの、少し震えていて白姐の迷いや決断がこの小さな手に全て詰まっているように感じられた。思うに、この時の彼女はただの看護師ではなく、この椿苑基地にいる隊員全員を守ろうとする一人の「隊員」として声を上げたんだろう。
「大丈夫ですよ白姐、安心してください。絶対に口外しませんし、僕はずっとそのつもりでしたから。昨日お願いした手紙は薬の補給をお願いした内容です。あくまで僕の親戚が来るという体ではありますが…遅くとも11月が来るまでには決着がつくでしょう。もし中将様がお叱りになるならその時は…ははは、一緒に怒られましょうか」
勝手なことをした自覚はあるし、僕がしたことは到底褒められることなどではないが、どうせ一年しかいないんだ。除隊されるのが少し早まるだけなんだったら傷は浅い、好き勝手させてもらおう。
僕の言葉を聞いた白姐は驚きと喜びを綯交ぜにしたような顔になり握った僕の手ごと上下に振った。
「本当ですか!?ああよかった!本当によかった!」
物腰柔らかそうな淑女然とした白姐の見た目からじゃ到底想像つかないほど大喜びする様子を見て、こんなに喜ぶならやぶさかでもないような、満更でもない心地がした。
おはようございます。現在投稿している時間は4/7の4時です。大変でございます。




