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【第二章31】良薬口に苦いが酒は酒

「…おい」

「何でしょう」

「これは…酒気あんだろうな」

「あります。度数は高かったはずです」

「まあ…薬用酒でも酒は酒か」


怒らない、だと?

 良然は残念そうなため息をついて瓶の封を開けて匂いを嗅いでいる。アルコホルの匂いにおぉと感嘆を漏らしていつの間に用意したかわからないコップにトクトクと注ぎ始めた。僕はあっけにとられてしまってずり落ちたメガネを上げ直した。


「えっと、怒らないんです?」

「はぁ?お前怒られるってわかっててやったのかよ、性格わりぃな。ま、ここじゃアルコホルがあるだけで希少だからな。なんかの会以外で飲めるなんて万々歳だ」


そう嬉々として一息に酒を煽ると、やはり苦かったのか顔を少し顰めた。しかしやはり酒は酒と彼自身言っていた通り満足したようだ。早速お代わりを並々と注いでいる。


「んで?お前の前任のいやーな武勇伝が聞きたいって?」

「そこまでは言っていませんが、概ねその認識で構いません」

「ケッ、いい酒のつまみじゃねぇか。数え上げれば百や二百出てくるぜ?仕事はさぼるが基本、自分で勝手に作った規律を朝令暮改、もし破ったら後ろ手他の奴に縛らせて殴る、自分だけ食事の内容を豪華にしろって言うが予算は全く渡さねぇ。その上顔がいけすかねぇ、海鼠(なまこ)みてぇなきったねぇ顔にでぇーっぷり肥え太った腹!近く通られただけでくせぇの何の!あと」

「待った、待った…うん、碌でもないというのは分かりました。ただ本当に軍人ですか彼は?その体形で?」


ぐっと二杯目を飲んだ良然は僕が頭を抱えているのを見てドォッと豪快に笑い始めた。


「だッはははッ!そりゃおめぇ、親族全員に馬鹿みてぇに甘やかされたボンボンのガキが軍に入ったって金がありゃ甘い汁だけ啜ることも出来るだろうよ!」


膝をバシバシと叩きながら散々笑って気が済んだのか、口元を軽く拭って顔を上げた良然は顔が赤くはなっていたが目はしっかりとしていた。

…馬鹿みたいに笑い始めたからてっきり酔っぱらっているのかと思ったがまだまだ素面(しらふ)じゃないか。余程前任が嫌いだったと見える。まさか僕を坊ちゃんと呼ぶのも当てつけだったのだろうか、地元では呼ばれ慣れていたから気づかなかった…


「だが俺は彼奴を軍人だとは認めねぇ。俺たちには誇りがある、どれだけ排斥されようが塵芥にまみれていようが、軍人であることに、誰かを守る為に戦うことに誇りを持ってんだ。それが頭に入ってねぇような奴を軍人だとは認めねぇ」


誰かを守る為に戦うことが頭に入ってない、か…耳が痛いな。もし誰かのために戦えと言われたら僕はその覚悟があるだろうか?恥ずかしい話だが、そのような気高い覚悟は僕にない。理由は何であれ彼らは僕とは違って自身の命を懸けて誰かのためにここにいるんだ。彼らに比べると僕の薄っぺらさが際立ってしまってどうも居心地が悪くなる。


「おいお前は飲まねぇのか。俺が全部飲んじまうぞ」

「僕ですか?いいえ、お構いなく。むしろどうぞ全て飲んでしまっていいですよ」


輝静さんには悪いけれども、輝静さんが作る薬用酒はどうも味が苦手で…誰かが飲んでくれると言うなら喜んであげるぐらいだ。僕が見る限り、良然が無理して飲んでいるような様子はないからこれはお互いに良い提案ではないだろうか。


「んじゃ遠慮なく。つかこれ瓶ごと貰っていいか」

「どうぞどうぞ。それが好きなら仕入れ先を紹介しましょうか」

「なんだ、店を紹介してくれるってのか。そりゃありがてぇが店によっちゃ紹介されても買えねぇぞ。規制かかるかもしれねぇからな」

「さぁ…規制がかかるかは分かりませんが、夕崢の五穀本草という店で買えますよ。試しに買ってみては?」

「夕崢だと?遠くねぇかそれは。お前の知り合いじゃねぇだろうな?」


知り合いどころか輝静さんは母方の分家の人だ、ざっくり言えばかなり遠い親戚である。しかし良然にそれを教える義理は無いだろう、別に悪徳な外交販売をしているわけではないし、むしろ僕には善意しかないのだから。


「そりゃあ僕の地元ですから顔見知りですよ。残念ですが僕はこれでも地元で顔が知られてる方なので仕方ないでしょう」

「親の七光りかよ」

「ドブ川の水面の方がましな光ですがね」

「おっ、その冗談は悪くねぇ。今更だが俺がお前のこと坊ちゃんって呼んでたことに一切気にする素振りが無かったのも親父の影響か」


にやっと笑った後、妙に納得したのか一人でうなずきながら落花生をつまんでポリポリと咀嚼している。

あっ僕の机に塩を溢すんじゃない。

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