【第二章27】腹をくくる
「はい…祝辞を務めさせていただきます…」
「ありがたい。それと悪いんだがその宴というのがな明々後日なんだ」
「はい、明々後日ですね」
この地域は雪が深くなりすぎる前に祝う習慣があるのだろうか。今はまだ10月だが…まあ夕崢でも今の時期に祭りをやっているから言えた身分では、
「明々後日!?」
「すまんなぁ…監査官殿に頼む前に少将に尋ねたりしたんだが案の定断られてしまってな。期間直前になってしもうた」
「いやっ、ちょっと、いくら何でも準備期間が…!」
「申し訳ない。緊急性のある書類はないから祝辞のほうに専念してもらって構わない。儂の方から紅慧には話をつけておくから」
中将は眉尻をたらして申し訳なさそうにする中将を慰めるかのように良然が手をひらひらと振って「大丈夫だって、何とかなるだろ」と言っている。失礼だが祝辞を行う当人は僕であって、全然これっぽっちも大丈夫ではないのにどうしてお前が答えるんだ?
「祝辞っつったって年の瀬まで地域に貢献した店の集まりだろ?テキトーに褒めときゃいいんだからさ」
「僕にその適当な誉め言葉を期待しています?やめてください僕は本当に向いていないんですよ。即興性に欠けるんです」
「そりゃわかんねぇぞ、意外とすらすら言えるかもしれねぇ。大体、そんな身構える必要はねぇだろ」
「ありまくりですが、すらすら言えませんが、祝辞やったことないんですが」
「見たことはあるだろ、親父の付き合いとかさ」
「ありませんよ!向こうは僕なんかに興味ないので誘いませんし、僕も嫌いですからわざわざ付いてくとかないですから!」
明々後日って明日と明後日の二日しか準備する機関がないじゃないか!何かの奇跡で一日で書けたとしても覚えるのに一日じゃ足りないに決まってる!
こうしてはいられない。一刻も早く台詞を準備しなければいけない、まずは紅慧だとかいう人のもとへいかなければ。
「僕ちょっと行ってきますね」
「本当にすまんな…」
「おーおー…よく走るな」
もう建物内を走ってはいけないとか言ってる場合じゃない、これは緊急性があるから仕方がないんだと誰に言い訳しているのかは分からないが、とにかく焦りながらごちゃごちゃと考えつつ階段を駆け降り情報管理部への廊下を走る。
「失礼します!ここに紅慧さんはいらっしゃいますか!?」
ドアをやや乱暴に開けてしまったからか中にいる人たちからは胡乱気な視線を向けられたがそれでも部屋の奥に向かって紅慧を呼んでくれた。
「はい、はい、おじさんに何かようかな」
奥からくたびれたシャツに緩んだネクタイをした40代前後の男性がメガネを胸ポケツトの中にしまいながら足早に歩いてきた。
「あな、あなたが紅慧さんですね?あの、過去の祝辞の資料ってありますか…!?」
「オジサンが紅慧であってるけれども…祝辞ってなんのことだい?慰労会用の祝辞と忘年会用と新年用があるんだけど…一旦呼吸整えようか」
「し、明々後日に行われる地域の宴の、ッやつはありますか!?」
肩で大きく息をしながらそう答えると彼は「ああ」と溢すとこめかみを抑えながら指をヒョイと降ると紅慧が来た方の部屋から一冊の資料をまとめたファイルが飛んできた。彼の天与礼物だろうか、周りが動じないあたり日常茶飯事なんだろう。
「その祝辞を行うということは、ははぁつまり君は監査官だったのか…っと、ン゛ン゛、こちらがお求めの資料では?」
紅慧は咳ばらいをしながら敬語に改めてファイルを渡してくれた。中身を確認すると過去十数年分の祝辞の台詞が書かれた紙が多く挟まっていた。
「これですこれです、ありがとうございます!敬語はなしで大丈夫ですので。できるだけ速やかに返却します」
「そんじゃお構いなく。基本的にオジサンはココにいるから使い終わったらいつでもおいで。別に急がなくてもいいからさ」
「本当にありがとうございます」
「祝辞がんばれよ」
紅慧の激励を受けながら情報管理部のドアを閉めて、祝辞の例を読み込んでいく。大抵は当たり障りない労わりの言葉や祝福する言葉。あとは来年の成功を祈る言葉がついていたりだった。しかし、どれもこれも詩やら歴史になぞらえて華美な修飾をしている。悲しいかな、教養として知ってはいるがどうも使いこなす才能が僕にはないのである。だが、僕に絶望している暇なんて残されていない。泣き言を吐こうがやるしかないのだ。そう、やるほか道はないんだ…




