【第二章26】良然という男について
「そういえば良然は?今朝見つけたのですが今はいないようで…」
「あぁ、儂の代わりに武器庫の点検に行っている」
「おや、良然も仕事をするんですね。いつもそこで本を読んでいるだけだと思っていました」
「ははは、そう言ってやるな。あれはあれで戦術を学んでいる途中なのだ。しかも普段ここにいるだけでも仕事になっとる」
「いるだけで、とは?」
僕がそう尋ねると中将は持っているペンをくるりと回して答えてくれた。
「良然は確かに礼者ではないが、他の礼者と相性が良くてな。礼物をかけて遠方でも良然と意思疎通ができるようになっている。だから礼者が巡回監視を行っている際に何か不審なことがあれば良然に伝え、直ぐに儂のもとへ情報が来るようになっている。だから居るだけで仕事していることになる」
「そんな事情が…良然が来る前はどうしていたんです?」
「警報を鳴らしたが…やはり駆けつけるのが遅くなってしまってな。今の方法が一番早く儂のもとに情報が来る」
いつも何もしていなさそうな良然でもちゃんと役割があったんだなぁと、なんだか感慨深さに近いものが湧き上げる。いつも腹が立つだけだったが、今なら少し尊敬できるかもしれない。
「今戻りましたよっと。中将、まえ報告されてた棚の不具合と銃の点検、あと備蓄されてる弾の数とかもろもろ確認してきたぞ。4本錆と刃こぼれしてる剣があったから今度整備してもらわねぇと」
「そうか、ご苦労。儂の方で依頼を出しておく」
「俺やるよ」
「お前に任せたら余計なものまで作りそうだからいい。儂がやる」
「ちぇ、変なことしねぇってのに心配性だな」
「ちょっと、良然今いいですか」
良然の背後を取って尋ねると首を回して面倒そうにじろりと睨まれた。
「なんかめんどくせぇことじゃねぇだろうな。俺は協力しねぇぞ」
「面倒かどうかは知りませんが、僕の前任の方の話を聞きたくてですね」
「面倒ごとじゃねぇか」
「…なら、酒を用意すると言ったら?」
良然は目だけを動かしてちらりと中将を伺い、首を横に振った。
「やなこった。大体、基地内での飲酒は規律違反だっつうのばーか」
くるりと踵を返してそういいながら良然は拳で僕の腕を強めにどついた。
だがその瞬間を僕は見逃さなかった。良然が声を出さずに口の形だけで「いいぞ」と返事をした瞬間を。はっ!全く、中将に向けては優等生ぶって規律違反だとか言うが、実際には酒に抗えないんじゃないか。
「余計なこと考えてねぇで坊ちゃんは大人しく仕事してろよ」
「ん?おおそうだ、それで思い出したんじゃが儂の代わりに町の宴の祝辞を務めてくれんか。御覧の通りこうも傷だらけだと祝いの場には似つかわしくない。今までも儂の代わりに歴代の監査員が祝辞を行っておったし、今更変えるのもな」
「僕がですが?しかし…僕は祝辞の経験は無くてですね…」
「なに、心配することはない。情報管理の紅慧に過去の祝辞がどんなものだったか聞いてくればいい。もしくは良然に教えてもらったらどうだ、基地内での乾杯の挨拶なんかは良然が一番上手い。儂なんかよりよっぽどだ」
中将がそう言うと良然は分かりやすく得意げな顔をして鼻の下を擦った。なぜとは言わないがどこか腹が立つ顔だ。
「まぁな、人の笑いを誘うなんざガキの頃からやってるんだから楽なもんだぜ。ま、坊ちゃんは根暗そうだから俺に任せときな」
「いや、結構…で、けっ…!…おねがいします…」
直ぐに断ろうとしたものの過去の祝辞を使いまわすのは悪いし、かといって自分で参考にしつつ書けるのかといわれると難しい。本当に癪で仕方がないが良然に頼らざるを得ない。まあ本当に祝辞をするならの話だが。
「でも、別に僕でなくともよいのでは?正確に言えば僕は正式な試験を受けた軍人ではないので祝辞を言えるほどなんて言うか、良い肩書はないので…やはり中将がいかれた方が喜ばれるかと」
「儂はここを離れるわけはいかんのでな。音沙汰がないとはいえ、いつ出陣せねばならんかわからない。悲惨な残例があるからこそ儂がここを空けるわけにはな」
「だ、たしかに…それじゃ、僕以外の人は」
「階級が高い軍人の方が祝いの席にゃふさわしかろう。監査員殿は儂より上じゃし少将もいるにはいるが、彼は…うむ、やめておいた方がいいじゃろう」
歯切れが悪いのは気になるが、できない理由があるのは仕方がない。人選が僕になったのも頷け…たく無いができる。




