【第二章23】窮地を脱する
と、言いたいところだがそんなことを言えるはずもなく。せめて一緒に食事をするのだけは避けるためにいろいろな言い訳が頭を駆け巡るものの、しっくりくる言い訳が出てこない。場をつなげるために「あー…」とか「まあその…」だとかよく分からない言葉がぽろぽろと出てくる。
それを見かねたのか、隣で頬杖をついて見ていた隊員が良然の背をバシッと叩いて制止してくれた。
「やめたれや、困っとるやんか」
「んだよ、誘ってるだけだろ?」
「せやかてやっこさんワイらと話したことないやん。そら、気まずくもなるわ。ほんま人の心とか分からへんの?」
「だからこそ誘ってんじゃんか。一週間も経ってるっつうのにまだ飯食うダチもいねぇのはさすがに俺も同情するぜ」
「それがやっこさんを困らせとるっちゅうねん。堪忍な、コイツのこと気にせぇへんでええねんから好きなとこ座り」
良然を押しのけながら片手で謝る仕草をする良然の同僚の一人に感謝し、一人で席に座る。そして僕の背の向こうから聞こえてくる楽し気な談笑に耳を傾けながら、心の中のどうしようもない後悔を慰める。
今度混ぜてもらおうかな…自分から少し話しかけてみるか。
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まだ日も登り切っていない暗い中、うっすらと付いているガス灯を頼りにグラウンドへ向かう。最近は隊員たちの朝練に参加するという日課が生まれ、雪かきから始まる新入隊員向けの体力育成班に参加している。幸い昨日の夜はあまり雪が降らなかったのか雪かきはしなくてもいいことになり、早々に準備運動を済ませたのちにグラウンドを10週走り始める。
運動不足で凝り固まった体にむちを打ってグラウンドを走っていると、まだ二周していないのにゼェハァと息が上がり、苦しいながらも呼吸ををすると冷たい空気が喉と鼻に突き刺さって痛いし肺と心臓も破裂しそうだし、何とかして酸素を取り込まなければ頭がぼぅとして直ぐに倒れてしまうだろう。
あーー…本当になんでこんなことしなきゃいけないんだ…あ、良然に煽られて…
『これからちゃんと朝練に参加しろよ。ま、お前のひょろひょろの体力からして三日と続かねぇだろうけどさ。塵も積もれば山になるってやつよ。小さな丘ぐらいにはなるといいな』
っだーー!あの舐め腐った表情を思い出すだけで腹が立つ!ひょろひょろとは言うがな、こう見えても多少は筋肉があるんだ!それをなんだ見た目だけで筋肉もないだろうと決めつけて自分の体格の良さを…!動けたって使える筋肉でなければウドの大木に過ぎないってことを教えてやる!
「おい新人!あんまり発破をかけすぎるなよ!一定の速さを保って走れ!」
…今に見てろ!いつかこの体力育成から抜け出してやるからな!
しかし悲しいかな、大見得を心の中とはいえ切ったにも関わらず、僕が10周を走り終わったのは数いる隊員の中でも一番遅く、太陽の光が雪に反射しているほどだった。
周りはとっくのとうに息も整えて朝食をとるか考えあぐねている中、僕はゆっくり歩いて呼吸を落ち着かせる間もなく、白姐との約束のために中央玄関へとヨタヨタ走った。
「おは、よう、ございます、白姐…お待たせして…すん、すみませ、ん」
ゼエハァと肩を上下させて寒さでかじかむ手で懐から手紙を出すのに苦労していると、白姐はそっと僕の手を抑えた。
「まずは落ち着いて、ね?私はそんなに急いでいないからまずは呼吸を整えましょう?」
「ええはい、すみませんさっきまで朝練で、ほんと、直ぐに来たもので、ちょっと見苦しかったらすみません」
「そんなことはまったくもってないから、ほら少し歩いて息を整えて」
言われた通り正面玄関の外ををぐるぐると歩き回っているうちに息が整い、落ち着いて話せるまでになった。
「お待たせしました。こちらの手紙を郵便局へお願いします。それと、こちら代金です。もし余ったらそのまま貰ってください」
実は余るように少し多めにお金は用意してある。もちろんただ働きさせる程僕は女子供に厳しいわけではないし、なによりあの良然が白姐を怒らせるなと言うのだ。気を損ねないためにも配慮に配慮を重ねるべきだろう。
「そんな、余ったらちゃんとお返ししますよ」
「いえいえ、白姐さんもお忙しいでしょうし態々持って来いだなんて言えません。僕も余ったお金を返してもらいに行くのは恥ずかしいです。どうか僕の顔を立てると思ってこのまま貰ってしまってください」
「そこまで言われてしまうと…分かりました、しっかりとお手紙は郵便局へと出しておきますから安心してくださいね」
「はい、お気をつけてくださいね」
「お気遣いありがとうございます」




