見ないですませたい事 ①
「あぁっ、もう信じられないっ! 何で今日もあんたと一緒なのよ!」
私だって、貴方と同室は嫌だわ。
目の端に、不満を隠そうともしない、不平を声高に叫ぶシェリルが居る。
「早く! 私は早く休みたいの、分かるでしょう?」
イライラと騒いで、侍女を急かして服を脱ぐ彼女を盗み見て呆れた。
フリルたっぷりの外出着の下は、コルセットを閉めていた。足元はヒールのある華奢な靴だった。お茶会にでも行くかの様な支度。決して、一日中馬車で移動するカッコじゃないよ。休憩でも馬車から出て来なかったけど、何のために着飾ったのか分からない。それにコルセット。十歳児の私等の何処にコルセットが必要なのかと聞きたくなる。好奇心だ。
私? 私は何時も通りよ。途中、馬に乗るかもしれないし、ズボンと膝までのブーツ。
自分で脱げるけど、ケリーがブーツを脱がせてくれた。
黙っていたって動いてくれるのだから、もう少し、静かにしたらいいと思う。
領地への移動、三日目の宿。
宿に着いて部屋に入る度のこれに、些かどころか嫌気がさす。
別にね、誰かと一緒が嫌なわけではないのよ。彼女だから嫌なだけ。あ、お父様でも嫌だわ。
部屋のお風呂は、一番でシェリルが入る気満々。騒ぎ立てて、優先権を主張するのも学習した。だけど、それに付き合う気は無い。相手をせずに、さっさと移動する。
「ちょっと待ちなさいよ!」
私は一緒でも構わない。問題は、彼女の主張に付き合うと、嫌がらせのように長湯をされてしまって、私の待ち時間が長くなり、入浴時間が短くなっちゃう事ね。
「のんびり出来ないのは、私も同じ。お祖父様をお待たせしたくないもの。それから、何度も同じ事を言うの、嫌だわ」
「あんたと違って、私は時間がかかるのよっ!」
だから何だと、無視して浴室に入った。
そもそも、シェリルの言う『時間がかかる』は、彼女が勝手に時間をかけているだけ。一々正装をして晩餐って、誰も言ってないじゃない。お父様だけは着飾ったシェリルを褒めるけど、ご自分はシャツにベストで、楽なお支度をしている。お祖父様もよ。シェリルだけが場違いな格好。一度、お祖父様が、シェリルの服装に対して一言仰ったけど…。彼女は、公爵令嬢として当たり前の事だって反論。
服装の好みと自由は、それが許されるならそれでいいとは思う。
私も好み優先だもの。
許せないのは、あくまでも自分優先ってところ。シェリルが公爵令嬢なら、私も公爵令嬢。同家だから貴族の序列は同等で、唯一の差は、私が数ヶ月年上くらい? それを押し付ける気は無いし、押し付けられたくもないけどね。
兎に角彼女は、言葉の勢いで上に立とうとする。うるさいだけで迷惑。
私だって、宿ではなく途中の領主邸にお世話になるならちゃんとする。でもね、大体は私達の歳を考えてくれていて、カッチカチの晩餐にはしない筈なの。少なくとも、私の知る他家ではそうだった。
最初の宿だけビーツ様が客分として一緒だった。お父様とシェリルの顔合わせの為に。それでも正装なんてしなかった。旅先の宿なんだよ、当たり前だよね。以後はやんわり同席をお断りされちゃってるけど。…あははは。
マクラーレン家の四人での晩餐。部屋で頂いて、食後は領地のお勉強会。書き物をするのに、正装って、本当馬鹿って思うよ。
お祖父様は食前酒を手にしてる。その隣には居なくていいお父様。そして私がテーブルに着いている。
お約束通り、シェリルが遅れて来た。
「お父様ぁ」
そう言って、お父様の前に立ってくるっと回る。
お待たせしましたでも無く、お祖父様じゃ無くてお父様。
お祖父様の眉間のしわが深くなった。
「よく似合っているよ、シェリル。父上も、そうは思いませんか?」
「どうです? お祖父様」
お祖父様は無言。言葉無くシェリルの侍女を見る。
何故だか急に寒くなった気がして、ぶるっとなった。
「先ずは食事に。シェリル。座りなさい」
「どうしてお祖父様は、褒めて下さらないのですか?」
「褒めるも何も、お前が何も考えてない事は分かった」
「ひ、酷い」
「父上?!」
焦った声を上げたお父様。
シェリルは、赤い顔でぶるぶると震えてる。
「席に着く気が無いなら、部屋に戻りなさい」
「どうしてお祖父様はそうなんですか? 私を褒めてくれないし、認めてくれないっ!」
「そう言うお前は、私を家長だと思っているのか? こうしなさいという事に耳を貸そうともしない。御託はいいから座る気があるなら座りなさい」
お祖父様に言い返そうとするシェリルを、お父様が立ち上がって座らせた。
私が同席すると雰囲気悪い? 私の事を歯牙にもかけないお父様の、シェリルへの可愛がりは、シェリル同様に私に見せ付ける為っぽい。ぽいから、それに付き合うお祖父様も不機嫌増し増しになるのだろう。無駄な事は、誰だって好きじゃない。
嫌だわぁ。本当に、止めてくれないかな…。
私として不本意なのは、こういう時のお祖父様は、私も甘えさせてくれなくなった事。お父様もしくはシェリルに、何かを改めさせようとしてる事に対して、私を構う事で曖昧になる雰囲気を嫌ったからかしら? とてもお祖父様らしい。
テーブルの上に皿が並べられてく中。お水の入ったグラスを持って、ちびっと飲んだ。
鳥肉シチューと魚のフリット。かりかりのパンとふわふわのパン。豆と温野菜のサラダ。私達それぞれの前に並んだ。
お祖父様が食べ始めて、私もシチューにスプーンを運ぶ。
楽しく食べたいけど、お父様とシェリルがいる以上は無理なのね。お祖父様の眉間のしわは、この数日の標準装備。お祖父様は、気分で人に当たらない。出来ない事を強要しない。だから悪いのは、改善しない二人だわ。
きっとそうだと思いながら、お祖父様を見る。イライラしながら食べると体に悪いですよと、声にしたいくらい。
不貞腐れたシェリルと目が合えばめっちゃ睨まれる。
私、関係ないです。でも昼の馬車の中、ずっとこんな感じなのかな? お父様自身領地には無関心を貫いて来たんだから、領地に着く前に、頭に入れておかなければならない事あり過ぎと思うけど…。こんなんで、覚える事に集中出来るのかしら?
もきゅもきゅと食べ進めれば、何時かは食べ終わる。私もお祖父様もごちそうさまをした。お父様は、取り敢えず食べるのを止めた。
片付けるようにとお祖父様が合図をすれば、まだ食べ終えてない、そもそも座っただけで食べようともしていなかったシェリルの皿も片付けられた。
「ルファス。シェリルの服装を改める様に言ってあるが、何故助長する言動をする? お前達付の者達は、相応しい装いも分からない者達なのか?」
「父上こそ、着飾れば見てもらいたいという子供の心が分からないのですか?」
「やたらと着飾る意味は何だ? 微笑まいし理由からなら褒めもする。だがな、自分の優位性を誇示する為のものは好かん。何より、周りの見えない子供に、それを教える事は必要だろう。似合う似合わない以前の問題だと言ってるだけだ」
「どうしてお祖父様は分かってくれないのかしら? 伯爵のお祖父様は、身分に相応しい事が大切だって仰ってたわ!」
「シェリルは、目に見える事だけだな。それに、都合のいい言葉だけを拾う。公爵である祖父の言葉など、聞く気が無いのだな」
大きく息を吐いたお祖父様は、王都屋敷の執事長を手招いて、「指示通りに頼む」と言った。
お祖父様の腹心たる執事長が、何で一緒に領地に行くのかなって思ってたけど、お祖父様は色々お考えだったみたい。それが何かは分からないけど、静かに待つ。
「公爵家は、今は喪中だ」
お祖父様の言葉に、胸がつきんっとする。
「悲しくも無いのに悲しみを装えとは言わないが、対外的な姿勢をと言ったな」
喪服ではないけど、黒のシャツとズボンのお祖父様。思い起こせば、お出掛けの時や人と会う時には、喪服でなくても、黒のポケットチーフや腕章を身に付けていた。
お父様は…触れたくないな。
「領地に近くなる程、公爵家との付き合いのある領主の目に止まる。着飾って牽制出来る様なものでは無いと、何度も言っているのだがな…。シェリル。伯爵の考えが正しいと思うなら、お前に公爵家はやれない。領地にも行かなくていい。三年、待つ必要もないな、ルファス」
「シェリルは、交流の少なかった父上に気に入って貰いたいと、好きになって貰いたいとしているだけじゃないですか!」
「孫としてなら可愛いですむ。が、後継は、可愛いでは済まされない。後継にならんとするなら、自身より、家の利益不利益だ」
この後お祖父様は、シェリルに王都に戻れと言った。このまま領地に行っても、思いのまま立ち振る舞うのを改めないと判断したみたいだ。その理由も、シェリルに語った。お祖父様は帰れと言ったけど、言っている事が理解出来たなら、領地に来いとも言った。
なんとなく、お祖父様は最初からそのつもりだったんじゃないかと思った。お祖母様や母親からシェリルを離して向かい合いたかったんじゃないかと。言い聞かせる語調に、十分可愛いと思われてるじゃんって思ったよ。彼女には伝える気ないけど。焼きもち焼いたよ。当たり前じゃん。
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