帰りつけども ①
誤字報告、ありがとうございます。
えっ? 何それ。お父様達の婚姻証明を神殿で出して貰う為に、現金を寄進? はっきり言って賄賂でしょ? 不正じゃ無いの? 半年待てば良かっただけなのに?
出迎えてくれたセバスから聞いた事に、まずそう思ったよ。
お祖父様に会えるって喜んだ心もしぼんだよ。
あの人達が何しても構わないって思うけど、セバスがわざわざ言葉にして、屋敷で出迎えてくれたって事は、どうでもよくないって事になってるんだよね、きっと。
籍を入れるにあたって、離婚なら一年。死別で半年。正式な婚姻は、それだけ待てば問題無い筈です。
十歳の私がどうしてそんな事を知っているかというと、叔父様に、そうなるだろうからと教えられていたの。半年後には、戸籍上は義母となるだろうって。
お父様に遅れて王都に帰って来て、屋敷にお祖母様や異母妹とその母親が既に居たのはびっくりだったけど、お父様の再婚という手続きを取るのは分かっていたの。
「えっとぉ…、お祖父様?」
私はまずお祖父様にお尋ねします。
帰ってきてそのままセバスに案内されたお祖父様の執務室。居なくてもいいお父様を含んだ面々に分からなすぎて大困惑です。一応、挨拶をしても返答も無しです。
お祖父様とお話するのをとっても楽しみにしていたのにと、ぷんぷんして、甘える雰囲気じゃないのはびしびしと感じました。
取り敢えず寄進の件ですが、お祖父様は現家長です。何か考えがあってなら、それはそれでいいと私は思うのです。何にでも例外はあるだろうし、家督相続の何かでは特例があった筈。それは、養子縁組だったっけ? でもそれには寄進なんて必要無かったような? えっと、王家が認めたものだったっけ?
なら、この話は王家が認めたものじゃない。
必要無い事を通そうとお金を積むのはどうかと思うけど、融通を利かせるのに金品を受け取るのもどうかと思う。暗黙でやり取りされるこういう事は何だか嫌い。
あっ! 前の婚姻自体を無効にする為? それならば、お金を積むの分かるかも。多分…ん? 自分の事じゃ無いから分かんなぁーいっ! って、ぽいってしたい。
お隣に座ったお祖父様の顔を見上げれば、深い縦じわを刻んだお顔で、咎める視線でお父様を見てる。滅多に見ない、冷たい目。
「何時までもシェリルの母親を日陰の身にしては置けない以上、当たり前の事じゃないですか。それは、ミシェイラは関係ありません」
私の問いかけに対して? 私がこの場に居るのに対して? 私が邪魔だといわんばかりね。答えて欲しいのはお祖父様なんだけど、お父様が威圧中のお祖父様に向かって胸を張る。
シェリル? シェリル・エイブ・マクラーレン。あぁ、あの子、実子として認知して籍には入ってたらしいけど、母親はただの愛人だものね。
反対側のソファに座る面々の一人は彼女よ。
でも、後三ヶ月くらい待てば半年になる。待てなかったのと聞きたいわ。
お祖父様じゃ無くてお父様が答えたけど、それだけで、お父様が勝手にした事だと分かった。
「これから社交のシーズンですのに、公爵家の一員として母親と一緒に参加するのにも、今までの扱いのままではシェリルが可愛そうですわ」
と、お祖母様。一緒に暮らしてただけあって、仲良しですね。
そのお祖母様を、ぎろっとした目で睨んだお祖父様から、とっても冷たいものが溢れ出した気がする。ひょえぇ~って、お祖父様の隣の私はひえひえ。本当にひえひえ。
「母上の言う通りです。公爵家の娘として、シェリルのお披露目だって考えないといけない歳です。高位貴族としては、遅いくらいでは無いですか! 同伴する母親が公爵家を名乗れないでは、子が、シェリルが可愛そうです」
と、お父様が勢い込んで言い、シェリルが涙目でお祖父様を見てる。
ふ~ん。そうなの。確かに、夏の社交シーズンは目の前。でも十二歳までは、親しいお家くらいのお呼ばれ程度で、大手を振って何処にでも参加出来るものでも無かったような? お茶会やサロンのデビューの時期は学園入学頃で、夜会なんかが最終学年では無いの? それに、一応は喪にふくす期間が被るんだけど。お父様には関係ないのかな? 夫婦仲が良かったとは思わないけど、お父様の態度は面白くない。関係の無い事でなら何してくれてもいいけど、亡くなったからって、お母様の立場を蔑ろにしすぎてる。馬鹿にしてる。ムカつく。腹が立つ。
「公爵家の嫁として、娘シェリルと共に尽くしていきますわ」
お父様、シェリル、その母親と、仲良く並んだ三人が、手を重ね、肩を抱きしながらお祖父様に視線を送る。
愛人の、ちらりと向けられた視線に、愉悦的な色が浮かんでる。
この人達のこういう話なら、私必要無いよね。
お出掛けの間に終わらせておいてくれればよかったのになって、窓の外を見た。
お祖父様、ここに私必要ですか? そう…何度か出かかった言葉を、ごっくんと飲み込んだ。あくびが出そうだったからでは無い。確かに、少し疲れてるけどもね。
「同じ事は、この一月、何度も聞いた。急ぐ必要は無いと、何度も言った」
「父上。不遇であった二人を前にして、酷い事を口にしないで下さい」
「今更だが、お前のせいだろルファス。父親のだらしない話を、子供に聞かせたくは無いが…。これ以上、勝手にされては困るからな」
「私が何を勝手にしたと言うのですか!」
お父様の声にびくっとした私を、お祖父様は、肩を抱き寄せて頭を撫でてくれる。だが、お顔は苦虫を噛み潰したよう。
「今までイライザに対してだが、領地の事もだ」
イライザ…お母様の事?
「そして、そこのジェニスに対して不遇と言うなら、それこそイライザの事だろう。ルファス。お前さえ当初の約束通り、白い結婚を貫けばよかっただけの事。二年の婚姻期間と一年。合わせて三年待ってジェニスを迎えればよかったのを、お前が約束を反故にした」
「それは、イライザが。私は何も…」
「領地の立て直しの権限を持たせる為の婚姻だと、イライザもジェニスも交えて話し合いもしたな」
対面に座っていたシェリルがきょとんとして、母親のジェニスはお父様を睨み、お父様は俯いた。
その様子は、お祖父様が言ってる事が本当だと伺えるもの。
何となく分かってたけど、私は要らない子供だったのね。要らないというか、産まれる事が本来では無かった子。お母様とお祖父様には、ちゃんと愛されてると分かってたけど、それは、産まれてきちゃったからなのねと卑屈になりそうになる。
「お前達が、シェリルに何と教えていたかは問わない。が、シェリル。傾いた領地を立て直すのに、私の妻と息子は当てにならず、お前の母親は力不足だった」
「嘘です。伯爵家から融資を受けてたって聞いてます。お金を受け取っても、お母様を無視して。それはお祖父様が、お母様が気に入らなかったからでしょう」
「シェリル。馬鹿でないならよく聞きなさい。伯爵家からの金品を、私は受け取っていない。それ等は、お前達が暮らすのに使われただけだ。それを受け取っていたとしても、領地の立て直しの足しにもならん。我が公爵家は、領地無き爵位持ちとは違うのだよ。立て直しの為の知識を、子爵家から借りる為の政略だった。そこの馬鹿のせいで、公爵家に縛り付ける事になってしまった。イライザにも子爵にも、申し訳が立たない…」
お祖父様の声が、少し小さくなった。
「この十数年。公爵家の為、領地の為にと尽くしたイライザに殉じろとは言わない。イライザ亡き後。シェリル。お前の母が公爵家に入るのも構わない。だが、何故待てなかったのかが問題だ」
「それは、何度も言っているではないですか!」
「お前達は、公爵家をどうするつもりなのだ?」
「そ、それは、きちんと社交の場に顔を出して…。こ、公爵家が持ち直したと知らしめるつもりです。イライザがしてこなかった貴族の付き合いも、ジェニスにまかせれば」
「だからお前は馬鹿だと言ってるのだ」
「なっ、父上!」
「夫人達のお茶会も、舞踏会、晩餐会の参加さえ無かったが、年に数度、王にも王妃にもイライザは会っていたぞ」
お祖母様が「馬鹿な」と呟いて、お父様は顔を強ばらせた。
私も、「えっ?!」って思いましたよ。
王都にいる時。何度か、お母様だけでお洒落して出掛けて行く時があった。まさか、あの時? お茶会参加の話は聞いた事無いもん。どう考えても、その時でしょう。
何時もは簡素なワンピース。時々、ズボンとブーツのお母様。そんなお母様が着飾ったのを見た時は、とてもはしゃいでお母様の周りを回ったものだ。お母様を見上げて「お姫様」と言えば、お母様はスカートを持ち上げ、ふわりと、踊るように私の周りを回る。両手を繋いでくるくる回った時もあった。お出掛け前はそんなお母様でも、帰ってきた時はぐったりとしていた。
「慣れない事は、するものでは無いわね」
そう言ったお母様は、物凄く疲れてらっしゃったんだと思う。
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