②(sideジーク)
3月24日
魔術師を魔法使いに変えました。
公爵家のお生まれのお嬢様の名は、ミシェイラ・エイブ・マクラーレン。
何処にでもある焦げ茶の髪だけど、クリッとした緑の瞳が可愛い。と、お嬢様を間近で見ている者は言う。瞳だけがという訳じゃ無いんだが、素直さや好奇心や優しさの全てが、表情の、とくに瞳に分かりやすく出るってだけだ。
素直に可愛いと言えないのは、お嬢様と同じ歳くらいの拗らせ男子くらいだ。「可愛くねぇ」って言えば、お嬢様の関心を引けると思っている馬鹿。そんな馬鹿は、護衛にケツでも蹴られてろって、皆で見てる。そもそも、平民でしかない俺等がお嬢様と親しく口が聞けるだけでもなのに、尚且つの暴言。ケツの痛さですんで良かったなっと、それを見聞きした領民誰もが思う事だ。
俺はこの三年領地を離れていたから、三年間のお嬢様は知らないが、相も変わらず可愛い。邪な気持ちは無い。お嬢様を知る領民が、お嬢様が好きで可愛いと思うのと一緒だ。
俺を含めて領民の敬愛は、お嬢様と、亡くなった奥様と、現公爵様に捧げられてる。感謝はお嬢様の伯父である子爵様にだが、それは割愛しておく。
いい歳をして爵位を譲られて無い時点で、公爵様の息子は領民からしたら論外。無し。だから長く長く公爵様には頑張って貰いたい。(領民一同)
そんなお嬢様。招かれてキエナ領トルエン辺境公爵邸に居る。
ここに来るまでと、ここに来てから。そのどちらも、お嬢様を見る者の目は、生温いほど温かいものだった。長い移動に文句は言わず、それどころか、始終楽しそうにしてるお嬢様。可愛かろう?
だが一つ。従者歴二ヶ月程度の俺では、判断から何からどうしたらいいのか…。兎に角、困った事がある。よりによって、お嬢様が人外に好かれたという事。犬猫ならまだしも、相手は竜だった。
竜の取り扱いは、流石に分からない。平民上がりの従者には知りえない生物。
お嬢様は、特に卵を抱えた母竜が気になってるらしくて、毎日一度は立ち寄って、母竜にすりすりと頬を寄せて卵の横に座り込む。
今日もそうだった。
何時もと違うのは、連日行動を一緒にしているルードルフ様が居ないというだけ。
居ない理由が魔獣討伐。
…お嬢様が、着いて行くと言い出さなくて良かった。
その代わりに、竜の所に居るという。
北嶺のドルレン様と、ぽつぽつと言葉を交わすお嬢様。
領民として、従者として、思うところはあった。お嬢様は、命に対して過敏になっている。
ただ黙ってお嬢様の様子を伺った。お嬢様の様子や変化を見逃さないように。今回俺が従者として同行してるのは、お嬢様の中で母君との思い出の接点が無いからだ。俺を通して母君を思い出さず、笑顔で過ごせるように。
公爵様の取り計らい。
重要過ぎて、重い。
なるべく離れないように、お嬢様を抱える竜の側にいた俺だが、お嬢様が寝入った事に気付く。
ドルレン様に声を掛けて、お嬢様を部屋に連れ帰ろうとした。声を掛けたのは、アレだ、勝手に竜に近寄っちゃ駄目だからな。
なのにだ。ドルレン様と二人でお嬢様を連れ出そうとしても、竜の鼻先で押し出されて近付けもしない。お嬢様に付けられた騎士まで太刀打ちできない。まぁ、騎士とは言っても、力でゴリ押しはしなかったけどな。
卵を抱えた動物はデリケート!
だがしかし、ここは屋根があっても外だ。風邪でもひかれたらと焦る俺の気持ちを理解してくれないだろうか? そう思っても相手は竜…。
毛布とクッションを抱えて、再び挑んだ。
あっさりと突破。
何故だ…。
卵には触らないようにしながらお嬢様を毛布で包む。苦しくないようにクッションを頭の下に。
そこで考えた。下手に動くと、お嬢様から引き離される、と。
こうなったら居直りだ。
役に立たないと従者を下ろされるよりまし。
無謀だと思うが、後悔はしない。
さっきの弾き出されて、近付けない方が問題だ。大問題だ!
離れない俺を気にする素振りはあったが、俺が卵に触らないようにしてる事が分かったのか、弾き出そうとはしなかった。代わりに、離れてた竜が近寄ってきて囲まれた。
この状況に焦る気持ちもあるが、後悔は…していない。
すよすよとお嬢様の寝息。
寒がって縮こまるでも無し。暑がって毛布を蹴飛ばすでも無し。昼にお嬢様を起こして飯にするかと聞かれたが、あんまりにもよく寝てるから寝かせておこうと昼飯を見送った。
水筒とビスケットが差し入れられたのは、ありがたく頂く。
暇で何度か寝落ちしそうになった。頑張れ俺。居眠りは職務怠慢だ。
はっとして目を開けた何度目か、起きようとして、わちゃわちゃと毛布と格闘してるお嬢様がいた。
「ドルレンさん! ドルレンさん! どうしよう。大変! ドルレンさん!」
「慌てるな。どうした?!」
「卵割れてる!」
「全部割れはじまってるのか?」
卵に手を伸ばそうとしてるので毛布を退けるのを手伝う。
「ううん。一つだけ」
「そうか、一つだけか。…一つだけでも孵ったんだな」
ほっと息を吐くドルレン様とお嬢様のやり取りに、少なからず自分も興奮してくる。
お嬢様は、割れ始めた卵より、割れない卵を気にしてる。「お願い、生きて」「お願い、出て来て」と、繰り返し呟いては卵に触れる。
そんなお嬢様の額に玉の汗がと気付いて声を掛けた。
だが、俺の声が聞こえて無いのか、呼び掛けに答えない。
視線も意識も卵に向いている。
そのうち、ぐらりぐらりと揺れだした体を咄嗟に支える。その体は、驚くほど、異様に冷たかった。
「お嬢様。体が冷えてます。お部屋に戻りましょう」
お嬢様の手を卵から離そうとすると、その手だけが異様に熱い。
急に体調を崩す事は無かった筈なのに。
その手が触れている二つの卵は、ぼんやりと光をまとっているように見える。
目を擦って確かめたい。ぞわぞわと背筋がして、血の気が引く。
何が起こってる?
このままじゃ駄目だと、立ち上がりお嬢様を抱き抱えた。
手が離れただろう瞬間。プツンっと何かが切れたように、お嬢様の頭が傾ぐ。仰け反った首。揺れる頭。抱き上げたお嬢様は、意識を失っていた。
竜の間を抜けて、騎士にお嬢様を預けた。
急に立ち上がったからか、兎に角ふらつく。頭がくらくらしてるから、まさに血の気が引いたんだろう。
自領の騎士じゃ無いのにお嬢様を預けるのは不本意。だけど、お嬢様を落ち着ける場所に連れて行くのが先だった。
霞んだ視界とふらふらとおぼつかない足にむかつく。
医者が呼ばれ、魔法使いも呼ばれた。
お嬢様は普通に病気と言われるものじゃ無く、極度の魔力欠乏と診断された。
お嬢様と共に居た俺も。
血の気が引いたと思った時。俺からも魔力が引き出されたのだろうと魔法使いが言った。
俺は魔法を使った覚えは無い。それに、日常使う生活魔法で目眩なんておこす訳が無い。使う度にふらふらするなら、火種を使って火起こしするし、困る事が無いように段取りをした方が利口だ。
ならば何故か?
あの場に居たドルレン様や帰ってきたディウォルト様にも、自分の分かる限り話はしたが、お嬢様が起きてみない事には調べようも無いと結論は先送りされた。
まずはお嬢様の目が覚めてくれないと。
青白い顔で、手足が冷たいのに汗をかいてる。これは、熱がこもってかく汗じゃ無いからと、湯たんぽなど、体を温める物が用意された。
魔力欠乏は体から魔力が抜けた状態。石ころにも魔力があるが、そもそも魔力って何だ? 人の体に至っては、命の力という説がある。それで言うと、貧血ならぬ貧魔力。失血で死ぬ事があるんだから、魔力を失っても死ぬ事がある。
説明に耳を傾けて、情けなさに泣きたくなった。公爵様に、何とお知らせすべきか…。こんな事はお知らせしたくない。
お嬢様。早く起きて下さい。お嬢様まで失うなんて、冗談じゃ無い。
その夜は、討伐から戻ったディウォルト様。明けた昼間には魔法使いとルードルフ様が、それぞれお嬢様に魔力譲渡をおこなってくれた。二晩目を過ごしたお嬢様は、冷たい体で汗をかく事はなくなっていた。その時点で魔力譲渡は取り止め。必要以上の行為は、自身の治癒力を損なうからだそうだ。
お嬢様が倒れて丸二日。
すよすよと眠るお嬢様。
安堵の息をつき始めた頃。ディウォルト様と魔法使いが、お嬢様とは別の事で慌ただしいみたいだ。
それよりも、これは一体何だ?
お嬢様の頭にぺっとりと張り付く物体。
取り除こうとすると、するするとその手をすり抜けて、一向に捕まえられない。
魔獣かと騒ぎになり、戦闘特化の魔法使いが、お嬢様のベッドを取り囲む。
事例の無い事で大騒ぎしてるんだから、早く起きて下さいお嬢様。
お読み頂きありがとうございました。




