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腕が無ければ工夫で勝負ですよ ①

 立ち止まって「おはようございます」と声を掛けた先には、昨夜の料理長さんがいた。どうぞと招き入れられて、先ず手洗いを済ませる。ここに来るまでに石鹸で洗ってから来てるけど、食べ物を扱うのだから当たり前。髪の毛は三つ編みで、エプロンもしてるよ。

 すすいだ手から落ちる水滴は、ジークが拭いてくれる。

 一緒に来たロアナ様も手を洗い終わるのを待って、料理長さんを含めた料理人達に向き合う。

 何故、厨房へとやって来たのか。これから何をするのか。それは、夜が明ける前に湖へと出掛けて行った男性陣へのお弁当と、今後のロアナ様の調理へのご提案の為。

 うむっと偉そうに腕組みしたくなるけど、それは心の中でに留める。私が知ってる事はきっと、相手が必要を感じてなくて思ってもいなかった程度のだと思うよ?

 改めて見回す。

 ウッドフィッシュさんは何処?

 きょろきょろと見回せば、頭を落とされ三枚おろしになった魚が作業台に乗っかっていた。

 凄いよ! 本当だよ! 頭が切り落とされた後でも、私の背丈と同じくらいの長さの骨が乗っかってるよ! ぎょろりな目玉と私の頭をがぶりとできそうな口は、もちろん見ないふりをした。

 私は切り分けられた肉厚の身より、長い中骨と、貴婦人が広げた扇の様なそれに気持ちが高ぶる。


「お嬢様?」

「何? ジーク」


 呼ばれて顔を上げたら、皆の視線を集めてた。

 ぺらぺらと尾っぽを振っていたのが駄目だったかしら?


「失礼しました。それで、お願いしてあったのは?」


 こほんっと咳払いして聞くと、別の作業台にいくつものボールが乗っかっていた。

 しかし、私の背丈では中身が確認出来ないから、ジークに抱っこしてもらったよ。

 もちっとして見えるパン種。蒸したお芋に千切りした玉ねぎ、人参、ブロッコリー、スライスベーコン。

 パンとスープを作ると言っておいた分の材料。

 他のおかずの肉物はお任せしてある。


「骨から、身を取って」


 ぷりぷりの身は片付けて貰って、早速取り掛かるよ!

 スプーンで身を取りほぐしてもらう。その間にお芋を一センチの角切りと潰したのを半分半分。それに持参のミートソース。混ぜて具の一品が出来上がり。

 何故ミートソース持参なのか。それは、お外ご飯をするつもりだったから。このミートソースは味見をちゃんとしてもらって、料理長さんのお墨付きをもらったよ。美味しいでしょ!

 他の瓶詰めもジークにお願いして別の台に並べておく。使っても使わなくてもね。

 中身が気になるのか、料理長さんが反応してた。


「ロアナ様。これをパン種で包んで」

「これを? 包むのはいいけれど、ミートパイとかにはしないの?」


 ロアナ様の問に、頷いて返す。

 何故ミートパイで無いのか、サンドイッチでも無いのかは後で。だってほら、お昼に間に合わなくなっちゃう。

 丸く平たくした生地に具を乗せて、さぁ、包んで下さい。

 ほぐし身も程よい量の用意が出来たので、もう一品に取り掛かってもらわなきゃです。


「ほぐした身と、玉ねぎと一緒に炒めて。あっ! 人参千切りしたのとこれも」


 別の台に乗ってたほうれん草もお願いして、味付けはお任せです。

 塩胡椒に乾燥ハーブ。白ワインが投入されました。汁気が無くなったら、もう一品の出来上がり。味見をさせてもらってチーズ追加でパン種で包んでもらいましょう。

 これもお願いします。ロアナ様。

 コツを教わりながら具を包むロアナ様。何個目かは知らないけど、慣れてきたみたいです。上手です。

 残った骨はお鍋に投入。良いお出汁になってもらいます。

 お次はスープだね。ブロッコリー。葉っぱを株から切り離したものを使います。


「頭の方は要らないです」


 そう言ったらギョッとされた。

 もこもこしてるお花の方。今回は使わないだけですよ。後で、綺麗にお皿に盛り付けるお料理に使って下さい。


「葉っぱはざく切りで、茎の所は薄く切って!」

「これを、どうするんですか?」

「スープに入れます」

「何も…この様な場所を使わなくても…」


 ブロッコリーを手にした料理人さんは、それでいいのかと料理長さんへと視線を向ける。

 茎の所。固かったりするから、早く火を通したいんだけどな…。


「ジーク。お願いします」


 目の前に来た料理長さんをひとまず無視してジークに頼み、ロアナ様に確認をする。


「ロアナ様が目指しているのは、公爵家や貴族の料理人ですか?」


 手を止めたロアナ様は首を横に振った。


「私が成りたいのはドルレンの妻よ」


 そう言いながら、ロアナ様も私の側まで来た。何が問題なのかと料理長さんを促せば、繊維も固く食すには適さない場所だと説明する。

 そうだよね。御屋敷の食事では出さないよね。だけど、人が絶対食べない訳じゃない。私は昨夜の話の中で、里の暮らしは私の知る村に近いんじゃないかと思ったの。そしてそうかもしれない場所に、侍女も連れずにお嫁様に行くだろうロアナ様。七日から十日に一度は、此処から食料が運ばれるといっても、ロアナ様が食材を一からなんて無理なんじゃないかなと思った。使わなければ捨てちゃうのは勿体ないし、そういう食材も、無駄なく使う事の方が大切なんじゃないかなと考えた。それからお手軽保存食の活用。ロアナ様のお手並みは分からないけど、一日中料理だけって訳にはいかないだろうしさ。洗濯だって、良く落ちる石鹸があったとしても、やるのはロアナ様だよ。


「私は、美味しいお料理を作るのは、料理人である人に叶わないと分かってるよ」


 そう。ちゃんと分かってる。現に、これをして下さいとお願いをしても、私は何一つ調理に手を出してはいない。エプロンしてるのに…。今回はお弁当という事もあるから、自分が領地で作ってもらっていたものを再現してるだけだ。


「パイ生地じゃなくてパン種なのには理由がちゃんとあるし、これからお一人でお台所に立つロアナ様には、何処まで使えるのか知ってもらうのが大切だと思うの」


 ロアナ様が私に背を向けた。

 貴族が食べないものをって思われた? 怒らせた? 教えてと言われて調子にのっちゃったのが駄目だったのかと俯く。

 貴族令嬢への対応は丸っと初心者。勝手の違う他家というのも失念しすぎてたのかもしれない。打ち解けたつもりのディ様、ルー様ではなかったんだと自己嫌悪…。

 耳が、手を洗う水音を拾う。

 そしてロアナ様だろう足音が、私の前の作業台へと近づいた。


「…本当に薄く切っているのね」


 声に顔を上げたら、ロアナ様がジークの手元を覗き込んでいた。


「教えてと言ったのは私よ。だからね、ミシェイラ様。きちんと教えてね。私、お弁当楽しみにしていてって、言ってしまってるのだもの」


 ジークの隣に立ってロアナ様が包丁を持つ。トン、トン、トンとゆっくりながら薄く切ってる。

 料理は始めたばかりだというから手馴れてないけど、危なげは無い。

練習…。確かにしてらっしゃいますね。


「ミシェイラお嬢様」

「はい。何でしょう」

「パン種で包む理由を教えて下さいますか?」


 難しい顔の料理長さん。私は真面目に答える。


「パイ生地は、バターが沢山必要だから」


 それを聞いた料理長さんが唸る。そして、私をじっと見る。

 私は、バターをケチってそう言った訳じゃない。後、パン種をこねるのは大変だけど、パイ生地の扱いだって大変。毎日のご飯って考えたら、パンの方が重要でしょ? 慣れてから次の難易度に進むのがいいと思う。そういう事も考えてるし、オーブンが無かったとしても、フライパンに並べて焼けるよって説明をした。

 十分な材料が無くても、設備が不十分でも、ロアナ様はやらなくてはならないと思う。昨夜の食事の席で、私はそう思ったの。

 お客様の私はそのうち帰る。教えるだなんて偉そうだけど、本当にロアナ様に必要なのは、ロアナ様をちゃんと助けてくれる人。この人達がなってくれるのが一番なんだけどなって思って、一生懸命に説明をした。


「ロアナ様。そこは薄く切っても繊維が口に残る事があります。手をかける余裕があるなら、薄く皮を剥く事をお勧めします」


 譲歩というか、料理長さんのアドバイスの言葉に思わず力が抜けた。

 通じたのかな? 分かってもらえたなら、良かった。


 


 

お読み頂きありがとうございました。

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