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「ひょわあ~っ! すっごい! ディ様、緑の海です!」
昨日から森の中の移動で、随分進んだ筈。なのに、竜の背に乗って飛び立ったその先にも針葉樹の緑。遠くに尖塔と壁に見える岩山。高い尾根の稜線。
興奮を隠す事無く、立って騎竜を操るディ様を仰ぎ見た。
「恐くはないか?」
「はい。全然!」
「お嬢様」
はしゃいだ私の体をしっかりと抱き抱えたジークが注意を促す。
「ミシェっ!」
隣を飛ぶ竜からルー様。指差す方には、湖なのか、青い色とキラキラと反射する光が見えた。
すごい! 見える景色もすごいけど、飛んでる事が一番すごい!
竜にされた事は置いといて、空の王者の飛翔する姿は綺麗だ。そして、初めての目線。山から領地を見下ろした事はある。それよりもすごい。足の下には何も無い。空を飛ぶ不思議は両側に広げられた翼にあるの? 鞍の下の竜の背に手を伸ばす。
「お嬢様。大人しくして下さい」
はぁーいと返事はしたけど、無理!
興奮も好奇心も抑えられないよ!
そもそも、仕方無く竜の背に乗ったのだけど、浮遊感や景色諸々で、私の頭はぶっ飛んでた。実質、体も飛んでるから尚更ね。
ルー様と私とジークは、ディ様とドルレンお兄さんの操る竜に乗せられて、一足先に、領館である城塞へと向かう事になった。
もちろん遠慮はしたけど、竜が何でだか愚図る。ルー様も男の子だからかな、わくわくと乗る気で私の手を掴んで離してくれなかったからね。…私の言い分は通らなかった。
すべては、私の胸にぶら下がっていた小さな袋が関係する、かもしれない。その話しを分かりやすく説明するのにと、竜の背に乗って移動をしているの。態々鞍付き竜で来たし、空から城塞都市と言われる領都全景を見るのも圧巻だと丸め込まれた。
ルー様も男の子だからかな、わくわくと乗る気で私の手を掴んで離してくれなかったからね。
遠慮と戸惑いは最初だけ。高さに恐怖は無かったから、直ぐに楽しくなった。
あのまま馬なら、夕刻くらいにつくと言われてた城塞都市。飛び立って直ぐに目の前に迫って見える。飛行速度? それとも、視界が開けてるから? 兎に角大興奮。
でっかい岩山って見てたのがお城。塀の中はお城だけじゃ無くて、街も広がっててすごい。尖塔は八方にあって、街と森を隔てる壁で結ばれてる。お城の中央前から東は居住区で、西は畑みたいのが広がってる。それを上から見てる事に感動だよ。
ぽかんと口を開けっ放しでいるのは、後ろの二人からは見えないだろうけど、見られたら、令嬢として恥ずかしいよ。
「美しいだろ?」
この街を誇らしく思ってるだろうディ様の声。
そしてお城に近い高台に竜は降り立った。岩をくり抜いた洞窟みたいな所に、何頭もの竜が居た。ディ様とドルレンお兄さんを見て、お世話の手を止めて「お帰りなさいませ」と皆が声を掛ける。
ディ様に竜から下ろされて、歩き出したら「ググゥル」と不服の声が聞こえた。
「ミシェに見てもらいたいのはこれだよ」
ディ様が指す先には、竜と三つの卵があった。
お母さん竜なのか、体で卵を潰さない様に、だけど温め守る様に翼で抱き抱えている。ほっこりと和む光景だ。
「真ん中の卵を見て、何か感じないか?」
感じるって、心が? それとも、何か気付くかって事?
じっと見ると、真ん中の卵の色が違う。それに、翼の影なのに、薄らと光ってる感じがする。薄茶の卵に挟まれた卵は、黄色の卵。
「色?」
「ミシェ。袋から出さなくてもいいが、服からは出してくれるかい?」
ディ様に手を繋がれて、ゆっくりと卵に近付く。
卵を抱えた竜は、警戒心が強くて攻撃的なんだって。なら、見るだけでいいよって思うけど、近くに行く事に、意味があるのかな。
気付いた親竜が首をもたげた。
「お母さんかな? 卵に触っていい?」
ディ様と、竜の鼻の頭に手を置いて、何となく話しかけてみた。
すんっと、胸の袋に鼻を近付けた後、少し翼を動かしてくれたみたいで、卵と翼の間に余裕が出来た。
「竜は二個から三個の卵を産むんだが、稀に、一つの卵に子供が二頭入ってる時がある。そういう卵は、ほぼ孵らない」
ディ様の言い方だと、その場合の卵は孵らないんだと思った。
「だが、例外がある」
「それがこの卵なの?」
一個ずつ卵に触ってみる。黄色の卵だけ手触りが違う。それに、二つよりも温かい。
「卵が生まれて暫くは同じ色の卵が並んでる。それがある日突然色が変わっていて孵ったら二頭の子竜だ。二頭とも、生まれは小さな個体ながらも元気に育つ。それが、さっきの二頭なんだが」
「双子ちゃん」
正確には、後一個か二個卵があるから、双子じゃ無いわ。
この卵も、そうだって言いたいの? そんな卵から孵った前例があるよって?
乗ってきた竜の体は冷たくて硬かった。触った卵は温かい。卵を守るお母さんは、と、お母さん竜のお腹に触ってみた。温かくは無いけど冷たくも無い。けど、柔らかい。お腹と背中の硬さってちがうのかな?
ぺたぺた触る私に、お母さん竜は顔を向けたけど、それだけだった。
調子に乗った私は、卵のあたるお腹に頬ずりした。鱗があるのに弾力があって気持ちいい。
「そうやって生まれるもの達は、精霊のゆりかごというものの恩恵じゃ無いかと、私達は考えているんだ」
真面目にそう言うディ様を、ぱちくりとした目で見た。
まだお話しが続いてたのね。それに言ってる事って、馬車での不思議好きディ様降臨?
「そう言う伝承が無ければ、物語りになどならないだろ?」
こてんっと首を傾げれば、「君の情操教育は何処かで間違ったんだな」と、ディ様が呆れ声で言った。
失礼な! 失礼です!
声を上げようと思ったけど、ごっくんと飲み込んだ。竜とはいえ、お母さんの側で騒ぐ事じゃ無いもん。
その代わり、ジト目でディ様を見る。
「取り敢えず、ミシェには絵本だな。それから話そう」
誤魔化す様に目を逸らしても、駄目ですよ。
お母さん竜に触らせてくれてありがとうと言って、直ぐに、領館というかお城に移動になった。
ディ様の奥様とお嬢様二人に紹介された後、お風呂に入ってゆっくりとと進められる。
手足を伸ばしてゆっくりとのお心遣い。
ほこほこになって、用意されたお部屋に入ったら、侍女さんがお茶を用意しようとしてるテーブルの上に、二冊の絵本が乗っていた。
今更絵本? そう思わなくも無いけど、私にその知識が無い事で、話しが進まないと困るので、目を通す事にした。
専門書じゃ無い。ただの絵本。読んで、何で「情操教育」って言葉が出るのか不思議になった。
絵本は絵本。始まりがあって終わりがある物語り。
今話も、お読み頂きありがとうございました。




