②
「これかぁ!」
そう言って両脇に手を突っ込んで私を持ち上げたのは、黒髪のお兄さん。
見下ろせば、ぶらぶら揺れる私の足が間抜け。
子供と言っても、十歳児です。二年もすれば、昼の社交にデビューです。高い高いをされて、喜ぶ年は過ぎました。
竜も気になるが、このお兄さんだ。
背の高いお兄さんに持ち上げられた私は、ルー様を見下ろす。ディ様とほぼ同じ視点。
兎に角。目を逸らしたら負ける。そう思った私はじっとお兄さんを見詰める。ぽっとなりそうなお顔をしてるけど、重要なのは、そこでは無い。
乙女にこの様な振る舞い…。私は、報復の機会を伺う。
脳内シミュレーション。
頭突きは遠い。届かない。
腕を振り上げる。リーチが足りない。
蹴りを入れる。上手くすれば腹に一撃だが、それ程のダメージを与える事は難しそうだ。
その他、暴れるを脳内選択するも、びくともしなさそうな腕に負担をかける事は難しい…と、判断。
く、悔しい。どうしたら一矢報いる事が出来るのだろう。
「舅殿。この子供は何だ? 貰っていいだろうか?」
ゾワッと鳥肌が立つ。
「名前はなんて言うんだ?」
この人は、私を貰ってどうする気? 竜のご飯?
目の前で藍色の目が細められて、笑って口角が上がる。
私は、負けた。視線を逸らしてジークに助けを求める。
「お嬢様をお返し下さい」
「ドルレン。令嬢をそんな風に扱うな」
ディ様の手が伸びて、抱えられてから下ろされる。
良かった。
地に足がついて安心するも、まだ捕獲圏内。じりじりと後退しながら怪しい言動のお兄さんから距離をとる。
「駄目です。お嬢様っ!」
「ミシェっ!」
不覚であった。
ジークとルー様の声があがった時。外套のフードが引っ張られて、後ろにひっくり返ってた。
どんっと尻もちをつくかと思ったけど、お尻、痛くない。そもそも、地面まで倒れて無い。ひっくり返って見えた青空が、灰色に覆われた。竜? って、思ったら鼻先だろうか、顎だろうか、上から胸を押さえられていた。
「いったーいっ!」
叫んでじたばた。
噛まれた、訳じゃ無い。でも痛い。
「痛い! 痛いからっ!」
私のささやかな胸の上を、重くて硬い何かが擦ってる。ごりごりに。
「スーリャ、やめろ!」
「キファっ!」
ディ様とお兄さんが、叱りつける様に声をあげる。
私? 悪くないよぉ?
っと言っても、呼ばれたのは私じゃ無い。
ごりごりがすんすんになって、ぴとって胸の上に乗せてるだけになった。
「スーリャ」
お兄さんが呼んだら、顔の上の竜が退く。
青空…。私、生きてる。
大袈裟に感動してた。
「ミシェ。竜に背を向けない。走り出さない。ゆっくりだよ」
分かるかって、ディ様。
瞼をぱちぱちして、分かったって合図する。
「ジークも、皆も、いいな」
ディ様に抱き起こされると、私のお尻下にも竜がいた。
ディ様は、お尻の下の竜に触れて、「待て」をさせてるのかな? お兄さんも、竜から目を離さない。ドーウェルさんが近付いて来て、抱っこされた。あえてジークでないのは、どっしり抱えられないからだろう。私より大きくても十五歳。でも、直ぐそこに居る。
ジークの伸ばした手に…触れる事は出来なかった。ドーウェルさんが後ろに下がろうとしても、下がれなかった。…お尻の下の竜が、私の外套の裾を咥えているのです。
「キファ、離すんだ」
ディ様が竜に話し掛ける。目を見ながら。「駄目? 駄目なの?」「駄目だ! 離せ!」みたいなやり取りが行われてるのかしら?
静かにジークが近寄ってくれて、大丈夫ですと手を繋いでくれた。
「ググゥル」
スーリャと呼ばれた竜が唸る。
「ほら、舅殿。竜が落ち着かない何かだ」
お兄さんが私を指差す。
ディ様が、ため息をついた。
私のファーストタッチングは、お尻からだった。…悲しい。
今話も、お読み頂きありがとうございました。




