8、カレー屋
「親父〜、やってる?」
「いらっしゃい。今、ちょうどこれから忙しくなる時間だ。運が良かったな。まだ席は空いてるよ」
マチルダがエコーを連れてやってきたのは、表通りから少し路地に入った場所にある一軒のカレー屋だった。店の中は狭い。そこにカレー独特の特徴的なスパイスの香りが充満している。
屋号は『日本風カレー 雪風屋』。店の中には三味線、尺八、太鼓で演奏された微妙にテンポを外した謎の和風曲が流れている。
「……日本風……カレー屋?」
エコーは若干困惑していた。カレーと言えばインド料理ではないのか? と、顔に書いてある。
「良いのよ、美味しければどこ風でも。ほら、座って」
マチルダは空いてるテーブル席にエコーを伴って座ると、メニューを開いた。
「お腹は?」
「……空いてる」
エコーは少しバツが悪そうに言う。
「……これも貸しだからね。親父〜、トーキョーカレー二つ」
「はいよ。水はセルフサービスね。ナンとライス、どっちにする?」
「二つともライスで」
マチルダが言うと、カレー屋の店主はいそいそと準備を始めた。
「日本風って言ってるけど、日本ってナン食べるの? 日本人ってライスが主食じゃなかった?」
「さあ? 私も日本行った事ないから分からない。まあ、親父が出してるって事は日によって変わるんじゃない?」
そんな若干怪しい自称日本風カレーを待ちつつ、エコーは興味深そうに店内を見回していた。
店内にはブラックバニアでは珍しい、日本式の神棚に十字架が祀られており、他にも謎の人形やらお面やお札やらが飾られている。
「不思議なものが沢山ある……」
それらを見ているエコーにマチルダは軽く笑みを浮かべた。
「ほら、ブラックバニア、かつて日本をモデルに近代化しようとしてたから、なんか親近感があるというか、妙に日本かぶれが多いのよ。あの親父もその口ね」
「ふーん……」
「昔の私の家にも日本風の庭と縁側があったなあ……もうとうに燃えちゃったけど」
ふと、内戦中の事を思い出す。忘れもしない、マチルダの家族が壊れた日。燃える街並み。怒号。泣き声。初めは両親と一緒に逃げていたが、いつの間にかはぐれて……それっきり。
彼らと会いたい。という気持ちはある。が、とうに死んでるだろうな……とも思う。根拠無き希望を持つには、彼女は少し現実に打ちのめされすぎていた。
「……あれは?」
「ん?」
エコーの声に現実に戻った。彼が指差した先にあったのは額に入れられ、壁にかけられた1枚の写真。旧ソ連製のT-72戦車の前で笑う三人の男達の写真だった。
「親父の昔の写真っぽいわね。前に軍にいたって言ってたから、その時の写真じゃない?」
「軍に? あの親父さん、元軍人なの?」
黙々とカレーを準備している親父を見る。改めて見ると、かなりガッシリした体型でかなり力も強そうだ。
「……あの親父、結構凄い人だよ」
すると、隣のテーブルに座っていた別の客が話しかけてきた。
客はマチルダより5、6歳くらい年上の女性だった。服装はスーツ。髪は青。瞳は翡翠色。仕事後に食事をしにきたという感じだった。
そして、胸元には6枚羽×3の紋章の社員証が輝いていた。




