6、バス停
17時。あたりは夕暮れ色にそまっている。
午後からは比較的安全(あくまで「比較的に」である)と思われる地点で地雷探しをして時間を潰したマチルダは、待たせていたエコーを伴って、作業場近くのバス停にいた。
「今日の報酬、35000ブラック。今日はよく稼げたわ」
マチルダはホクホク顔で懐を触る。封筒に入れた現金と財布はスリ対策にしっかりと二重化された内ポケットに入っている。鞄やポケットになど、とてもではないが、怖くて入れられないのだ。
「……バス停」
「バス停がなにかおかしい?」
「いや、いつ来るのかと思って」
エコーは時刻表をぼんやりと眺めてた。
「……記憶喪失って事だけど、バスって概念はわかるのね」
「社会のルールはなんとなくわかる。……昔の事、俺自身の事、俺が何をすべきなのかが分からない。さっきも前いた難民キャンプ追い出されて、どこに行けば良いか分からないからあそこで空を眺めてた」
「……完全に赤ん坊状態ってわけじゃないのか」
マチルダは少し思案する。
最悪、金や仕事や法の概念から教えなければならないかと覚悟していたが、これならまだ救いがある。要はこいつは、居場所が無くて困っているわけだ。
「まあ、それならなんとかなるでしょ。戦争で心を病んだ人間なんて山ほどいるし、エコーも案外そのタイプかも。あまりにも酷い経験しすぎて記憶を自分で忘れたとかさ」
「……そう、なのかな?」
「元兵士であまりにも待遇悪くて逃げてきたとかさ。実際、反政府軍系の軍閥は酷い所ばっかだったらしいし。給料遅配、配給遅配は当たり前。半ば山賊同然だった所も多かったそうよ」
「元兵士だったのかな……? 俺」
「さあね。それなら、あんまり思い出さない方がかえって良いかも……」
そこまで言って、マチルダは口を閉じた。それを決めるのは彼自身だと思ったからだ。
「ま、本当に第3王女様が統一してくれてよかったわ」
「そんなに良い人なのかい?第3王女様とやらは」
「少なくとも山賊まがいの武装勢力よりはね。ハードルが地面までめり込んでるから、最低限の秩序と治安取り戻しただけでも高評価なのよ」
マチルダはそう言うと、金を入れた内ポケットとは別のポケットから懐中時計を取り出した。それはずいぶん使い込んであり、年季を感じられるものだった。彼女の誕生日に親からもらったものだ。
そして、これをプレゼントされた直後に彼女の家族はバラバラになった。
見る度に、かつての侯爵令嬢としての栄華と、現在の惨めさを比較してしまって、何度も売り払って生活費の足しにしてやろうかと思ったが、家族との唯一のつながりのある品なせいで、結局、今でも使い続けている。
「……あと、5分もすれば来るわね」
「運賃……持ってない」
「……そうだったわね。奢るわよ。ここから市内まで歩きだと小一時間はかかるから。それに暗くなると、良からぬ事をする連中も出てくる」
「ありがとう」
「貸しよ。そのうち返してもらうから」
そんなやり取りをしているうちにバスがついた。オンボロの、動いているのが奇跡みたいな車体だ。日本の有名メーカーのエンブレムだけが辛うじて輝いていた。
「……途中で止まらないかな?」
「大丈夫よ。日本車だから。日本の車は頑丈なのよ」
「日本車への信頼度、高すぎない?」
「内戦時代もこいつら走り回ってたし」
車内は郊外の仕事場から市内に向けて帰る人でごった返していた。マチルダ達は満員バスにもみくちゃにされながら、市内へと入っていった。




